第1話

文字数 1,892文字

「あ、ミカさん、おはようございま〜す今日も暑いですね〜、あ、駐車場いつものとこ空いてました〜?」
清水さんは大好きな派遣の先輩のミカさんと朝から会えて嬉しそうだ。タタタッとミカさんが歩いているところまで駆け足で走ってきた。
ミカさんは清水さんの7つ年上だったが見た目はオフィスカジュアルの落ち着いた控えめな服を好みショートカットで化粧は年相応の典型的な日本人の顔立ちに合うメイクで、つまりはどこにでもいるキャリアウーマンだ。しかし中身は気さくで結構天然なところもあり付き合いやすい先輩。その天然を発揮してミカさんが仕事で軽いミスをやると年下の清水さんが言う、
「あらミカさ〜ん、もぅダメじゃないの〜」
と抑揚のあるクセ強めな言い回しで叶姉妹のきょうこさんのモノマネで突っ込む。突っ込まれたミカさんも「お姉様ごめんなさい…」と叶姉妹の美華さんのモノマネで返す。
ここは大手半導体メーカーの地方工場である。社員と派遣の割合は3:7で派遣や請負社員が多数の総勢1000人が働く工場だ。
派遣の清水さんとミカさんが籍を置く部署は事務棟といわれる場所にある。
社員と派遣さんの仲もよく和気あいあいと働いていた。
「清水さんこれ出張分のまとめたやつです。ご精算お願いしまっす」
田下くんが出張の領収書を清水さんに渡す。
「あとこれお土産っす。みなさんでどうぞ」
田下くんは部内で可愛がられている後輩でよくも悪くも薄っぺらい付箋紙のような男の子である。
「いつもありがとうね。さっそくみんなでいただこうかな」
清水さんはいそいそとお茶の準備にかかった。ミカさんも後に続いた。
「あーこれあれですよミカさん!いま流行ってるトゥンカロンだ!テレビでみてめっちゃ食べたいって言ってたやつですよ!やるじゃん田下君でかした!」
清水さんは給湯室で足早にお茶を注ぎお盆に置いた。ミカさんはトゥンカロンの入った菓子箱を持った。
「行くわよ〜ミカさ〜ん」
清水さんはいつものモノマネをする。
「お姉様、あたくしいつでもよくってよ〜」
ミカさんもノリノリである。
「大久保室長〜お茶いかがですか?田下くんの出張お土産もあります〜」
ミカさんの声にパソコンと睨めっこしていた室長が顔をあげる。
「おっ、いいですなぁ、どれひとついただきましょうか。ん?ミカくんこれは…なんでしょうか?初めて見ましたよ 
う〜ん悩ましいフォルム ふむふむ」
大久保室長はメガネを外したり離したりしてトゥンカロンを眺めている。
「さぁさぁ眺めてないでおひとつどうぞ」
清水さん達は全員配り終えて自分のデスクに座った。
「さぁ清水さん…いざ実食と行くわよ」
「はい…おねぇさま いっちゃいましょう!」
いつしかモノマネが入れ替わっているがそんなことはさておき、目の前のトゥンカロンのいかに魅惑的なことか…

カシャ カシャ
後ろでスマホのシャッターがきられる音がする。清水さんが振り向くと大久保室長がトゥンカロンと自撮りをしていた。
室長も自撮りとかするんだぁとミカさんは目を大きく開いて清水さんに目で語る。清水さんも笑いを堪えながら小さくうなずいた。
清水さんがトゥンカロンを一口ほおばると口いっぱいに塩気の効いたクリームとほんのり甘いメレンゲのサクサクした食感が広がった。田下君が話しかける。
「すいません、清水さんに渡した領収書に間違えて違うレシートも入れちゃってましたっていうか、え?ちょっと口の周りすごいっすよ先輩達…」
んん?とミカさんに顔を向けるとミカさんの口もクリームがついている。
「こぉれふごくおいひぃれすねミカふぁん!」
「うん!ふごくおぃひぃねひみずふぁん」
ふたりでふごふご言っていたら田下くんが言う、
「美味しいならよかったっす。うちの部署みんな甘いのすぎだから…買ってきて良かったっす」と耳を少し赤らめて席に戻って行った。
幸せな午後のひととき
清水さんは願った
この陽だまりのような日々がずっと続きますように…

その2ヶ月後、世間を騒がせたリーマンショックが起こり、その余波は清水さん達のいる地方工場にも大打撃を与えた。
世の中を騒がせた派遣切りが清水さんの部署にも襲いかかった。

清水さんは今でもあの家族のような陽だまりの部内を、一緒に働いた仲間の顔を思い出す。

みなさんお元気ですか?私は色々ありますが元気です。みんなで食べたお土産のトゥンカロンはとっくにもう流行りは終わって、あれからマトリッツォとか流行りのお菓子は出ましたが私はトゥンカロンが食べたいです。もうどこにも売ってないからこそ食べたいのでしょうか…

派遣の清水さんは今日も生きていく。
甘くてちょっとしょっぱいお菓子のことを思い出しながら。




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