体育館のユーレイバスケ

文字数 3,340文字

 俺の名前は、今井雄大。小学校の、6年生。
 夜も更けたまっくらな体育館にかくれて、カメラをかまえているところ。

 なんでそんなことしてるかって?
 新聞記事のためだ。
 俺はクラスの新聞委員。小学校で毎月貼りだされる壁新聞に、記事を書くのが俺の仕事だ。

 新聞で取りあげる話題はさまざまだ。
 体制の腐敗を批判したり(職員室だけエアコンがついているのはおかしい!)、労働者目線での問題提起を行ったり(休み時間はもっと長くするべきだ!)、守備範囲は広い。

 来月のテーマは、夏の鉄板――怪談ネタでいくことにした。
 だれもいないはずの体育館から、夜な夜なボールを突く音が聞こえてくるっていう、怪談話を取材するのだ。
 ありきたりすぎるって? 定番記事でしっかり紙面をつくってこそ、プロの仕事っていうもんだ。

 読者が思わずチビっちまうような、オソロシイ怪談記事にしてやるぜ!
 そう思って、俺は夜の体育館に忍びこんだんだ。


 トン、トン、トン……


 体育館にボールの音が響きはじめて、俺は、しめた、と、カメラのシャッターを切る。

 ユーレイだ。どこから湧いてきたのか、足の透けた子供たちが、バスケットボールを突いて走りまわっているのだ。
 これはスクープだぜ。
 シャッターを切り、撮れた写真を確認していると、

「……よく撮れた?」
 と、声をかけられた。

 びっくりして見上げると、ユーレイたちがぐるりと俺を取り囲み、クスクスと笑っている。

「……カメラは渡さないぞ」

 俺は、ユーレイたちをにらみつけた。

「新聞委員になったときから、いざというときの覚悟はできてるんだ。……やるなら、やれよ!」

「……使命感が強いよ」
 ユーレイたちが、あきれ顔をした。
 それより、と俺の左肩を指さす。『新聞委員』と縫い取りがされた腕章は、俺の魂だ。
「壁新聞の取材だよね? なんでも訊いてよ」
 ユーレイが、ニコニコと笑って言った。
「生きてる子供と交流を持つ機会、なかなかないもんね」
「いっしょに写真でも撮る? ナマ心霊写真だよ」
 ほかのやつらも、ニコニコとつづく。
 みょうにフレンドリーなユーレイだ。

 取材をすると、ユーレイたちは全員、うちの学校の昔の生徒だった。
 事故や自殺で死んでしまったが、未練があって成仏できず、いつのころからか夜な夜な体育館に集まるようになったらしい。
 はじめはみんなユーレイが怖くて(自分もユーレイのくせに)、距離をはかりかねていたけれど、ためしにみんなでバスケをやってみたところ、これがとってもオモシロイ。
 それで、毎晩みんなで集合しては、ユーレイバスケをやっているそうだ。

「で、この世には、いったいどういう未練が?」
 俺はメモ帳にペンを走らせながら、ユーレイたちに質問する。
「自殺の理由は? やり残したことは? 恨んでる相手のこととか、訊かせてくれ」

 知っておきたい豆知識。
 怖い話を書くために、必要なのは“リアリティ”なんだ。
 そして、リアリティを出すためには、くわしい情報( ディテール)ってやつが必要なのさ。

「あ、いや。死んだ直後は、未練あったんだけどさ」
 ユーレイたちが首をひねった。
「このごろは、どうでもよくなっちゃったっていうか」
「わかる。みんなとバスケしてたら、未練とか忘れちゃったよね」
「せっかくこうして仲間ができたから、成仏する前にもうちょっとみんなとバスケしたいなって。それだけだよね」
「もう、これが生きる張り合いみたいなところ、あるよね」
「まあ、死んでるんだけどね」
「おあとがよろしいようで」

 ユーレイたちは、クスクスと笑っている。
 俺は腕組みし、うーんとうなった。

「もうちょっと、おどろおどろしい感じがほしいんだけどな。怪談記事なんだからさ」
 ニコニコしてるユーレイたちに、ペン先を向けて、
「読んだやつが、ぞぞ~っとするような記事にしたいんだ。生きてる人間に対する、恨み、つらみとかさ。そういう話を聞きたいんだよ」
「あ、そっち系かあ。むずかしいなあ……」
「怪談記事を読むやつは、『こわがらせてほしい! ぞっとさせてほしい!』って、期待に胸をふくらませて読むはずなんだ。俺は新聞委員として、その期待にこたえる義務がある。それができなければ、生きてる意味があるのかとすら思う」
「使命感が強いよ」
「俺は俺の書いた記事で、読者の心を動かしたいんだ。そうして世界中の人の心を動かす記者になるのが、俺の夢なんだ!」

 メラメラと燃える俺をしげしげと見やって、ユーレイたちが顔を見合わせる。

「なんだかわからないけど……」
「熱意にほだされた」
「きみに協力するよ。生きてる人間に対する恨み、つらみ、燃やしてみるよ」
「よし、がんばろう、みんな! 燃やすぞ、恨み、つらみ!」
「いくぞ! 声だしてこう! うらめしやあああ!」
「「「うらめしやああああ!」」」
「生きてる人間なんて、」
「「「だいっきらいだああああっ!」」」
「ストップ! ストーップ! なんか青春の一ページみたいになっちゃってる!」

 俺はあわててユーレイたちを止めた。

「もっとこう、じわじわっ~と燃やしてほしいんだよ! せっかくの恨みつらみなんだからさ!」
「具体的にどうすればいいの?」
「たとえば血まみれになってみたり、バスケットボールじゃなくて生首を突いてみたり?」
「なるほどね。じゃあ、血糊多めでやってみるよ!」
「血糊多めはいりまーす!」
「はい、よろこんでー!」

 やっぱりちょっとノリがおかしいけど、まあいいだろう。
 俺はうなずき、カメラをかまえた。

 ……と、駆けだすユーレイのつぶやきが耳に入った。

「そうだよね。ぼくら、ユーレイだもの。怖い方がいいよね」

 なんだかさびしそうな声だった。

「友達と遊ぶ楽しさ、伝えたかったんだけどなあ……」


 ……俺は、ハッとした。


(俺は、なにをしているんだ……)

 たしかに怖い記事を書けば、読者はよろこぶだろう。
 でも今こいつらが伝えたいのは、怖さじゃない。楽しさなんだ。

 目先の人気取りのために、目の前にいる相手の気持ちを、ムシしてしまっていいのか?
 自分の意に沿った言葉を引き出すことが、マスコミの仕事なのか……?

「すまん! 俺がまちがってた!」
 俺はユーレイたちに頭を下げた。
「大切なのは、ハートなんだ! 気持ちをムシした記事を、俺は書けねえ! 俺が新聞委員になったのは、人々へ――明日への夢と希望を届けるためなんだからな!」
「だから、使命感が強いよ」
「心臓は止まってるだろうけど、おまえらにはハートがある! おまえらのその想いを、読者に届けるのが俺の仕事だ! そうと決まれば……いっしょにバスケしようぜえっ!」
「オッケーうらめしやああああ!」
「うっらめっしやああああああ!」

 己の目と耳と心で取材したものを書いてこそ、真のジャーナリストっていうもんだ。
 その夜、俺はユーレイたちといっしょに、熱くバスケットボールをプレイした。

 当初の路線からズレはしたけど……これはいい記事になりそうだぜ。


 * * *


 翌月。

 小学校の廊下に壁新聞が貼りだされると、子供たちがわいわい集まってきた。
 一面記事のタイトルは――


『ユーレイバスケ体験記。死んだあとでも芽生える友情!』


「まーた雄大のトンデモ記事か……」
「毎回毎回、よくこんなん考えつくよな、あいつも……」
「ほんとになあ……」

 わいわい語る子供たちは、だれも本気になんてしていない。
 それでもついつい足を止め、記事を読んでしまう。
 そして、こうつぶやいてしまう。

「来月も、楽しみだなあ……」


 たかが壁新聞。
 されど壁新聞。
 ハートのこもったその記事には、心を動かす力があった。


「来月はまた特ダネだ! みんな、まってろよおっ!」

 新聞委員、今井雄大。
 特ダネのために、今日も、走る。


(児童文芸2018年8/9月号掲載)
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