理由を伺って宜しいですか?

文字数 2,430文字

「次は貴殿の番です」

 <死後の審判の場>の案内役の<天上使>が、私に耳打ちした。

「廷内に入ったら、白線の位置までお進み下さい」

「承知した」

「決まりですので審判は受けて頂きますが、貴殿が<天上界>に入るのは自明の理。何せ貴殿は、<至高の存在>の教えを広める事に尽力した、偉大なる聖職者ですから」

 内向きに開かれた大扉の先から、重々しい声が響く。

「─ 次の者を、入廷させよ」

 先に見える法壇に向かって、私は歩を進めた。。。

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「布教に貢献多き貴公に、こう告げざるを得ない事は 誠に遺憾なのだが…」

 室内に、<大天上使>の声が低く響く。

「<天上界>は、貴公を 迎え入れない」

 法壇に駆け寄りそうになる衝動を、私は懸命に抑える。

「─ 理由を伺って 宜しいですか?」

 壇上の<大天上使>は、書見台に落とした目を上げようとしない。

「人命を救った罪だ」

「罪?! <至高の存在>の教えを守った事が!?

「貴公が救命した者が、問題なのだ──」

 ようやく顔を上げる、<大天上使>。

「ドハママンを承知しておるであろう」

「…<至高の存在>の教えを否定する者たちの首領ですな」

「その 許すべからず輩の命を、貴公は命を救っておるのだ。幼い頃に──」

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「─ 関知せず、極悪人を助命していた訳ですか」

 いつの間にか私は、右手を握りしめていた。

「<至高の存在>の名に於いて施される慈悲は…万人に対して公平に行われるべきものです……」

 無意識に、拳に力が入る。

「結果がどうであろうと、行いが教義に従った正しいものであれば、それは尊ばれるべきものだと愚考する次第ですが、違うのでしょうか?」

 法壇を見上げる私から、<大天上使>が視線を逸らす。

「しかしながら…<至高の存在>を冒涜する教えの種を摘まなかった事実を、見過ごす訳にはいかない。」

 どうやら私は 正しい行いをした咎で、<天上界>に迎い入れられないらしい。。。

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「で…私は、どう遇されるのですか?」

 漏れそうになる失笑を、どうにか抑える。

「教えを忠実に行った罪で、<地下界>に堕ちるので??

「貴公の…<至高の存在>への多大なる貢献は、疑うべきもない」

 <大天上使>は再び、法壇の書見台に目を落とす。

「それを鑑み 罪一等を減ずる。然るべき場所で、身を慎んでもらいたい」

「謹慎すれば…<至高の存在>の慈悲により いずれは<天上界>に入る許可が得られる日が来ると?」、

「─ 本職ごときに、<至高の存在>の御心は 伺い知れない」

 さらに問いただそうとした私を、<大天上使>は遮った。

「<至高の存在>の名の下に、既に裁きはなされた。それに従うように。」

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「この先に…」

 私が立った大廊下は、はるか先まで続いていた。

「─ <中間界>へ続く門があるのか」

 <天上界>に入れず <地下界>にも堕ちない死者が、唯一身を置く事ができる場所。それが <中間界>だ。

 不本意ながら私も、そこに赴くしかない。

「お待ちしておりました。」

 意を決して歩き始めようとした刹那、背後に気配がした。

「貴公は、かの高名なシトペモロン殿で御座いますな?」

 振り返った私に、小柄な男が微笑む。

「委細は承知しております。小生は、<冥忌士>で御座いますれば」

 <冥忌士>とは、人を<地下界>へと堕とす存在だ。

「…どんな誘惑をされても、私は堕落しない。」

「誘惑などいたしませんし、堕落されても困ります」

 一礼する<冥忌士>。

「何せ小生は、貴公を勧誘に参ったのですから」

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「亡者は、<天上界>か<地下界>に受け入れられないと、転生は出来ません」

 立てた右手の人差し指を、<冥忌士>が唇に当てる。

「何せ<中間界>とは あくまでの亡者の仮の身の置き場に過ぎませんから。

 ところが<天上界>には、<至高の存在>の眼鏡に適った、極少数の者しか受け入れられません。

 それでは 多くの亡者が、<転生の救い>を得る事が叶わない。

 その救済策として、<地下界>では、希望するもの全てを受け入れているのです」

 今度は 人差し指の先で、鼻の頭の先を ゆっくりと叩き始めた。

「人界では<地下界>とは、堕落した人間が堕ちる場所とされている様ですが、それは正しくありません。

 来るものを拒まないので、結果的に<好ましくない>人物が含まれてしまうだけの事なのですよ」

 鼻の頭を叩いていた指が止まる。

「と言った訳で、常に<地下界>は人口が増加傾向にあり 色々と苦労しておりまして…貴殿の様な優秀な人材を勧誘し、能力を生かして頂いている次第です」

 <冥忌士>が自分の懐に手を入れ、何かを取り出す。

「親書です」

 受け取った封書の表に記されたいるのは、聖人として祀られている、10年程前に他界した我が師の名前だった。

「イトパマルロ殿には、辣腕を振るって頂いております」

 中には見知った筆跡で、師が<地下界>で厚遇を受け、治世に参加している旨が記されている。

 私の視線は、書面から<冥忌士>に移動した。

「どういった経緯で、イトパマルロ様は<地下界>に?」

「貴公と同じ様に 不可解な理由で<天上界>への受け入れを拒否され、<中間界>に向かう羽目になった所を、小生が勧誘した次第です」

 思案していた私に <冥忌士>が尋ねる。

「で、如何されます? シトペモロン殿。」

「─ 私も<地下界>で 世話になろう」

 破顔した<冥忌士>は、私に最敬礼した。

「貴公が この選択を後悔する日は訪れないものと 小生は愚考いたします」
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