一縷の星

文字数 1,555文字


ぼくは ながれぼし

あなたのゆめを かなえてあげる

ぼくは ながれぼし

ぼくは ふたりの ながれぼし──









「ねぇ、そら。マリーの部屋って知ってる?」

「知らない。何、怖い話?」

「違う違う。でも、怖いと言えば怖いかな。はっきりとした答えがない話だから」

 いちるは不思議な話が大好きだ。怖い話やら都市伝説なんかを何処からか見つけて読み漁っては、それをそらに聞かせるのだ。そらはそういう類の話は興味を持たなかったが、それらを楽しそうに話すいちるが好きだった。

「マリーの部屋は、有名な思考実験だよ。モノクロの部屋で生まれて育ったマリーが、色鮮やかな外の世界をみたときに、何を感じるのかっていう話」

「そりゃあ、びっくりするんじゃない?うわぁ、何だこの色達は!ってね。色の事を知らないんだろう?」

「いいえ、マリーは色については知っているの。それどころか、人が色を知覚するメカニズムを知っている。すっごく勉強していて、科学者にも負けないくらいの知識があるの」

「何それ、マリーすげぇな」

「これが重要なポイントなの。マリーは色を知っている。でも、色を感じた事はない。マリーは実際にその目で色を見たとき、何を得るのか、何を得ないのかという話だよ」

 そらは、いちるの好奇心にいつも感心していた。いちるはこうやって一度何かにハマると、暫くは同じ話を繰り返す。これから数日間は、マリーという言葉が部屋の中を飛びまわるのだ。そらはいちるの柔らかな声に乗って飛びまわる言葉を、いつもぼんやりと眺めていた。

「面白い話だけど、考えてもキリがないじゃん。だって、色を知っているのに見た事がない人なんていないでしょ」

そらがそう言った途端、いちるは分かりやすく、ニンマリと笑った。

「そらがそう言うと思ってね、一つ提案があるの」








 田舎の良いところは、こうやって星が沢山見れる事。いちるとそらは、幼い頃に此処で二人、夏の夜空を見上げて流れ星を探していた。いちるは、何度か流れ星を見た。そらは、一度も流れ星を見れなかった。マリーにとっての色。そらにとっては、それが流れ星だといちるは考えていた。
 いちるは、そらに流れ星を見てほしかった。いちるが心を動かされたものを、そらにも感じてほしかった。いちるは、そらが知らない世界に触れる瞬間が見たかった。

「いちる、今、流れ星が見えた。たぶん」

「え、ちょっと早くない?もう少しさぁ、ロマンチックな雰囲気を堪能してから見てよ」

「仕方ねぇだろ。今見上げたら、ちょうど都合よく流れちゃったんだから」

 そらの横顔は、何だか退屈そうに映った。いちるはそらをこの場所へ連れてきた事を後悔した。自分達はもう大人。流れ星で幸せになれるほど単純じゃないんだ。しょんぼりして下を向いているいちるに、そらが小さく呟いた。

「なぁ、いちる。さっきのマリーの話だけど、人が初めて見るものに対して何を感じるか、何を得るか。それってさ、実際には直接的に大きな感動はないのかもしれないよ」

「どういう意味?」

「色を見た事よりも、色を見たというきっかけが、マリーに対して間接的に働く事もあるんじゃないかな。上手く言えないけど…。例えば、今僕は、流れ星を見た。初めて流れ星を見たけど、それ自体に大きな感動はなかったよ。一瞬だったし、よく分からなかったし。それでも、いちるが感動した流れ星を、僕が長年見れなかった流れ星を、今こうしていちると二人きりでいる時に見る事ができた。それは、僕の決心を力強く後押ししてくれたんだ」









ぼくは ながれぼし

あなたのゆめを かなえてあげる──









「結婚しよう、いちる。二人で幸せになろう」

 その刹那にいちるの中に流れたものは、あの時見た流れ星のようで。
 いちるにはもう、そらしか見えなかった。









ぼくは ながれぼし

ぼくは ふたりの ながれぼし──
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