雨の魔法に溢れた心

文字数 3,773文字

「ビーズの雨だ!綺麗!」
 誰かが言った。窓の外の校庭を見ると、雨に混ざって薄く色づいた細かい光がたくさん降ってきている。――まさしく「ビーズの雨」だ。
 私は自分が引き起こしたことに頭を抱えていた。魔法使いの卵として嫌々入学した首都の学校で成績が振るわなかった為転校が認められ、地元に戻ってやっと普通の女子高生として暮らせると思っていたのに、今度は転校初日に能力が勝手に発動して止められなくなった。
 原因はわからないけど、きっかけはわかる。久しぶりに見た友達が、昔と違って雨を嫌いになっていた。さっき廊下でそれを知って驚いていた時に窓の方から雨音がし始めたから、あの時の衝撃がきっかけだと思う。
 ――せっかく、魔法から離れられると思ったのに、勝手に発動するなんて。
「ねーねー、斎藤さんってもしかして魔法使いだったりするの?」
「ううん、違うよ」
「違うかー。転校初日に魔法現象が起こるなんてタイミングが良いから、そうなのかと思っちゃったぜ」
 クラスメイトは朗らかに笑うけど、私は内心バレないか緊張していた。普通の高校生活を送る為に、自分に魔法使いの素質があることは絶対に周囲に知られたくなかったから。

 学校が終わり祖母の家に帰宅してやっと、詰めていた息を吐きだすことができた。私の能力は祖母から遺伝したものだし、自分の事も全て話してある。
「おばあちゃん!今朝から勝手に魔法が発動しているの!制御を教えてほしい」
「勝手に発動?聞いたことないねぇ。一応考えてみるけど、解決できるかどうか。」
「そんな!」
 祖母も知らないほど珍しいことだとは思わなかった。

 自分なりにどうにかできないか考えて、気合をこめたりうんうん唸ったりしてみたけど上手くいかなかった。そのうち疲労が溜まってベッドに倒れ込む。そうして思い出すのは先ほどの「きっかけ」――数年ぶりに姿を見た友達、藤島君のことだった。
 今日、学校で彼を見かけて本当に驚いた。同じ学校だと知らなかったし、それに何より雨を見てすごく嫌そうに顔を歪めているのが衝撃的で、そこからビーズが降り出した。子どもの頃、彼は雨が好きだったはずだ。
 雨と藤島君に関しては特別な思い出がある。私は小学生の頃から雨が好きだったが、それは傘をさして俯いていれば魔法使いだと噂されないからだった。彼はそんな私に対して、皆こそが傘をさしているんだから自分達が裸で木に登ったって気づかないとか、だから雨が好きなんだとか、変なこと言って、カッパを着て一緒に遊んでくれた。その頃の開放的で楽しかった記憶は今でも宝物だ。
 私が魔法使いの卵であることも当時話したから知っているはず。今日の嫌そうな顔もショックだったし、この現象を私が引き起こしたと責められるんじゃないかと思うと、楽しく話しかける気にはなれなかった。
 どうしてあんな反応したんだろう、何か理由があるのかな、なんて思ったけど、成長して考えが変わる事なんてざらにあるし……はあ、こんなもんなのかな……。

 翌日、考えのまとまらないまま学校に行くと向こうから話しかけられた。彼も私の事を覚えていたみたいだ。意外と話は弾んだ。なつかしいね。首都ってどんな感じだった?そんな他愛もない話をして、少し空気がほぐれたから。
「……昨日嫌そうにしてたけど、雨、嫌い?」
 思い切って聞いてみた。彼は眉を八の字にして、雨の日は古傷が痛むと話した。数年前、足を怪我してサッカーができなくなったとか。その傷が痛いし、苦しみを思い出させられるから嫌いだ、と言っていた。そして、お前は何か事情があってビーズの雨を降らしているんだろ、とも。
 私は自分の話を正直に打ち明けて謝って、制御を頑張るから少しだけ待ってて、と伝えた。

 藤島君の話を聞いたことで、早く制御できるようにならなければという気持ちがより一層強くなっていた。首都の学校で習っていた基礎訓練をやったり、毎日毎日、図書館に通って方法を探す日々。この街に来た後は魔法なんて一切関わらずにゆっくり過ごす予定だったから、周りに知識面で頼れる人なんていない。強いて言うなら祖母は魔法使いだけど、この間「そんな状況聞いたことがない」と言われたばかりだった。
 うまく行かないまま一日過ぎ、二日が過ぎ、一週間経ってしまった。その間ビーズの雨は降りっぱなしだ。藤島君にもだんだん顔を合わせづらくなってきて、昨日から彼のいる方を見れない。
 本当に、早く止めないと……。今日も帰ったらすぐ図書館に出かけて……。
「斎藤」
「……藤島君。ご、ごめん、まだ全然解決できなくて」
「いや、頑張ってるのはなんとなく分かるよ。けど先が見えなくてさ。進歩は……ない、感じ?」
 ない。ゼロだ。気を遣った言い方をしてくれたけど、やっぱり早くしてほしいと思っているのだろう。心なしか、藤島君の視線が冷たいように感じてきた。ああ、駄目だ……。
「う……ごめんっ!痛いよね」
 罪悪感と恐怖心で目を合わせていられず、がばっと頭を下げて、そのまま教室を飛び出した。

「ちょっと、茜。」
 放課後、図書館に行こうと靴紐を結んでいると今度は祖母に呼び止められた。
「あなた最近、雨を止める為に奔走しているのよね?でも結果は出てない。……あなた、本当に雨を止めたいと思っているの?」
 ……え?
 お腹の底が急速に冷えて体がズドンと重たくなった。なんとか反論する。
「……当たり前じゃん。……疑ってるの?やめてよ、私すごく苦しんでいるのに……!」
 限界だった。誰にも自分の痛みは理解してもらえないのか。魔法を嫌う気持ちも、自分がコントロールできない苦しみも。一気に悲しみが溢れてくる。
「落ち着いて。そうじゃない。あなた自身も気付いていない本心があるんじゃないかと思ったのよ」
 祖母は冷静に語り掛けたけれど、私はそんなの聞いている余裕なかった。鞄を持って逃げるように家から出て走り出す。

 いつもの癖で図書館の前に来てしまったけれど、そのまま入る気にはなれなかった。
 ふらふら歩いていると、子供の頃藤島君とよく遊んでいた公園にたどり着いた。
 子どもの頃、私は周りから魔法使いだと奇異の目で見られるのが苦手だった。でも藤島君は私を対等な友達として扱って、この公園で雨の中一緒に遊んでくれた。当時は気恥ずかしくて口には出せなかったけど、私は確かに彼が大好きだった……。
 そうやってしばらくの間昔の思い出に浸っていると段々頭が冷えて来た。よく考えると祖母は悪意があってあんなことを言ったわけではないだろう。そうなると先ほどの発言が気になってくる。
「私自身も気付いていない本心……?」
 なぜだか、今は雨を止ませるよりも、藤島君とこの公園での思い出を語りたいと思った。
 じゃあ私の本心とは、彼との雨の日の思い出を大事に思う気持ちということ……?
 そこまで考えてはっとした。
 ……もしかして、私は彼に雨を嫌っていてほしくないから、まるでご機嫌伺いのように綺麗なビーズの雨を無意識に降らしていたのではないだろうか?
 『藤島君に雨を嫌いでいてほしくない』それが私の本当の願い?

 雨を止めようと思っても止められないのはそういうわけだったのか。でも、じゃあどうすればいいのだろう。このまま雨を降らせ続けていても彼は永遠に不快な思いをするだけだろう。
 彼はサッカーが出来なくなって以来、雨が嫌いになったと言っていた。なら彼の足を私の魔法で治して、痛みも無くせないか――そんな考えが頭に浮かんだ。
 不思議と魔法を使うことに抵抗はなかった。私は藤島君の家に走り出した。彼の家は幼い頃の記憶で知っている。

急に訪ねられて本人は戸惑っていた。
「お前、魔法使いたくなかったんじゃ……」
「いいの!藤島君の怪我を直すためなら、初めて、自分の意志で魔法を使いたいと思えた!」
「わ、分かった、じゃあ、とりあえずやってみてくれ」
 私が魔法を使うと、辺りは柔らかな金色の光で包まれた。それは今まで見たことのない規模で光り、目を開けていられないほどだった。でも私は目を閉じず、一心に彼の足を直すことだけを考えていた。そして――

「ナイスシュート!藤島!」
 藤島君は晴天の中、サッカー部の練習に精を出していた。あの日無事に彼の足は治り、部活に復帰して毎日楽しそうにしている。雨の日でも苦しそうな表情を見せることはなくなり、いつも筋トレをしている。

 あの一件を通して、私には自分の気持ちを抑えつける癖があり、そのせいで本心が自分でも分からなくなっていると気が付いた。周りに言われるがまま首都の学校に通っていたのもその一つ。けれど地元に出戻ったこと然り、今回の、自分の本心が魔法の形で溢れ出してしまったこと然り、本心を抑えつけるというのは悪い結果しかもたらさないと学んだ。だから今は祖母の雑貨屋を手伝いながら、普通の女子高生として気ままに暮らしている。

 また、魔法使いの血をひいている自分のことも嫌いではなくなった。自分の意志でちゃんと魔法を使ったことで、なんというか……そういうものだと、受け入れられたのだ。積極的には魔法は使わないけれど、魔法使いである自分を認めることが、できた。

「斎藤!今日中山達とカラオケ行くんだけど、お前も来ない?」
「行く!」
 今はこの小さな町での暮らしが幸せだ。
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