第1話 きみを奇麗にする為に

文字数 914文字

 今日もまたボクの出番はなかったね。
 でも、それでいいと思う。
 ボクを毎朝使っていた時、きみは時間に追われていたから。
 鏡の前で笑顔もなく、淡々と作業をこなすだけ。
 見たくないモノから目を逸らして、それをただ覆い隠そうと必死だった。
 だけど、今は違う。
 本当に楽しそうに鏡と向き合っている。
 
 きっと、恋をしたのかな?
 それとも、職場に気になる人ができたのかな?
 
 ボクでは、その役に立てないのがとても悔しい。
 ボクにだって、その力はあるはずなのに……
 
 それでも、ボクじゃダメなんだよね。
 
 だって、久しぶりにボクを手に取ったきみはいまいちって顔をしていた。
 でも、今日は別にいいかって呟いていた。
 
 たぶん、好きな人に会わないからだよね?
 
 ボクがいたら恥ずかしいんだって思うと辛いけど、きみが幸せならそれでいい。
 だって、その為にボクは生まれたんだもん。
 そう、きみを奇麗にする為に……生まれたんだもん。
 
 その日は特別なのか、いつもよりきみは頑張っていた。
 だから、ボクの出番はないと始めからわかっていた。
 
 コットンにトナーをしみ込ませて、丁寧にふき取ってから化粧水をたっぷり。
 その後は美容液(セラム)を使い、クリームはいつもより少なめ。
 そうしてから、毛穴補正下地。
 きみがおでこと頬と鼻を気にしているのは、ボクだって知っているよ。
 
 だけど、ボクだけじゃどうしようもない。
 だから、次にきみが手に取るのはボクじゃない。

 きみの手は化粧下地へと延びた。それからファンデーション。
 ボクなら、その二人分の働きができるのに……
 だけど、ボクじゃ二人ほど、きみを奇麗にできない。
 
 それでも、二人より優しくできる。
 そのことをきみが理解していることをボクは知っている。
 
 ボクはまだきみの好きな人に会えないけど、いつか会えるかな?
 でも、もしかするとそんな日は来ないほうがいいのかもしれない。

 いつからか、ボクの役目は変わった。
 そう、仕事のパートナーでじゃなく休日のパートナーに。
 
 そして、今日はその休日。
 だから、肌の保湿を終えたきみはきっとボクを選ぶはず
 化粧下地とファンデーションじゃなくて、このボク――BBクリームを。
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