新兵器

文字数 9,836文字

 新兵器がついに完成した。
 ボロボロになった技術者達、ビタミン不足をアンフェタミンでどうにか補い、不眠不休であらゆる神経を擦り減らしながらやった。
 完成の瞬間、技術者達は血を吹いてバタバタと倒れた。まるで戦争だった。黄色い目を回し、痙攣したかと思うと失禁し、血混じりの糞と崩れた内臓を一緒くたに排泄し、役目を終えて地へと吸い取られていった。

 立札が有る。
 人殺しの手口を生み出しておきながら、天国へなど行けるわけがない。
 これを見た技術者達は震え上がった。そして技術者の霊達は鬼に言った。我々は良い事をしたはずなのに、なぜこんな酷い目にあうのかと。
 すると鬼は、良い事というのは基本的に生きて行うのだ。黙ってコキ使われた挙句死んだお前達などみんな悪だと叫び、リーダー格の技術者の胸に埋まっていた小型原子炉の制御棒を引き抜いてしまった。

 リーダー格の技術者の心臓はたちまち暴走をはじめ、体内から青い光を放ち、爆発。その熱線を浴びて、隣の技術者が爆発。その熱線を隣の…と連鎖してゆき、とうとう全ての技術者が消えた。
 間近で被爆した鬼は重篤な白血病を患い、何万年もベッドから出られなかった。原子炉なんて触らなきゃ良かった。遠くに居れば安全だったのに、とほほ。

 一方その頃、現世では新兵器が星々とブリザードと大麻とユダヤ人と長靴を手に入れる為、北海道とシルクロードを占領しては燃え盛る玉乗りに興じていた。
 周囲にはテクノポップを奏でる黒人ミュージシャン達と、ブランデーをラッパ飲みするマフィア達。裸の女達と共にバカ騒ぎを繰り広げ、地平線にはありとあらゆるゴミが波となり山となり唸りをあげて、ついには海の大半を覆う有様となった。

 新兵器は想像を絶する傲慢さと、人智を超えた性欲が原動力の白痴だったので、一つ勝つと二つを欲しがり、二つ勝つと三つを欲しがる。そうして一つを失って、やがて二つを失うのだ。

 そうして世界から都市が減少していくのを、何もできない者達はぼそぼそと嘆いていた。
 動物達が言った。僕らはなんにもしないのに、あなたは絶えず汗を流してばかりいる。どうしていつも、そんななの。
 モアイとナスカのコンドルが言った。海も地面も空も先天性不感症の植物達ですらも吐き気を催すショーを、どうして見せてくれるの。
 もちろん彼らもそんな疑問符で何かが変わるなどと思っちゃいない。思うのはタダ、彼らはタダが何より好きだから。そりゃあ億単位の年月をビタ一文使わず生きてるんだから。

 新兵器は山のように積まれたハトの丸焼きを、次々と大口径シュレッダーのような口に放り込んで破砕していった。
 それは確かに平和の象徴の蹂躙だった。ハトが平和の象徴?あの駅前横断歩道を白黒の絵具で汚すだけしか能の無い連中が?アホだ。綿毛がタイコを叩くような声を出す事しかできないくせに。

 そしてある時、干上がった牧場のエドじいさんが立ち上がった。
 ナイキの空飛ぶ緑の靴を履いて、エドじいさんはナサの宇宙局に駆け込んだ。そしてこう叫んだ。
 わしを太陽に撃ち込んでくれ!何もかも凍らせてしまいたいんだ!と。
 良いでしょうと医者。

 段取りはチャクチャクと行われた。まず、じいさんの骨と肉を別々にした。この際、右脳を骨に左脳を肉にコードで接続しておいた。そして、奇形的シンメトリーの状態となったエドじいさんに、医者は尋ねた。
 さあ、手を挙げて下さい。しかしどちらのエドじいさんも手を挙げず。それを見て医者、ふむ大成功。
 エドじいさんを一つに戻すと、さあ大変。最後のしあげ、大切な魂のカプセルを下熱の坐薬と間違え、髄膜炎を患う娘アンリに入れてしまったのだ。しかも、穴まで間違えちゃった。

 哀れ娘はエドじいさんの魂のカプセルによって処女を喪失し、股から青白い血を流しながら、激痛に悶え、病室を這いずり回る。ねぇお父さん、私は一体なんなの?それを聞いて、医者であり父親でもある屈指のバカは、暫し考え込んだ末に言った。
 全ての差別の壁を取っ払った全能の売春屋になり、淫売を正義と掲げ政府と真正面から正々堂々と戦い、ジャンヌダルクみたいに伝説化されるよう処刑されれば良い!するとお前はもはや淫売の神だ!おめでとうございます!と、マラカスを振って娘を励ました。

 それを聞いた娘は墜落の快感に心奪われ、しんしんとカマキリやアンコウの特異な性交に想いを馳せる。やがてみるみる腹ボテになり、学友がテニスで動体視力の威力を知る時、臨月。
 かくして、エドじいさんは望み通りめでたく太陽に撃ち込まれたわけだ。
 ね、母親のお腹は太陽に似てる、丸いし赤いし熱いし不思議だし、行ったら死ぬし。産まれてくるし。

 チャイナドレスが言う。イエローモンキー最強決定戦をやりましょう。
 侍が言う。イエローモンキー最強決定戦をやりましょう。
 満州の生首が言う。できません。
 無茶過ぎて姿さえ見えない貧困の軍服が言う。そんなのは遥か昔から既に始まっている!
 慰安婦の像が笑う。全員死ぬよ。
 ネオンで形成された巨大な女が言う。ところでどうやってやるの?
 子ども達が言う。くだらない事はやめて歌を歌おうよ。
 子ども達が言う。くだらない事はやめてダンスを踊ろうよ。
 子ども達が言う。イエローモンキーって何?
 子ども達が言う。動物園に行こうよ。
 子ども達が言う。絵を描こうよ。
 子ども達が言う。人殺しはやめようよ。
 混血と在日と新しい性別とパラノイアと孤児が言う。差別反対!
 さぁ!こうして始まったイエローモンキー最強決定戦、あなたはどれが勝つと思いますか?優勝賞品は阿片ひとつと真珠湾旅行にご招待。きっとみんな祝福してくれる事でしょう。

 そんな頃、スイート・ボブ氏はワイキキビーチで新曲の構想を練っていた。マンゴーを齧り、煙草を吸い、アクアビットをがぶ飲みしてはストラトキャスターと睨めっこ。アンプは漏電している。

 相棒のシオラマ・ボブ氏がマッコリをゴクゴク飲みながら現れた。スイート、お前も戦争に行かなきゃいけないぜ。それを聞いてスイート・ボブは言う。その必要はないよ、なぜなら今の戦争は新兵器でやるもんだ。イエローモンキー最強決定戦に夢中になってる愚劣な連中は論外として、問題の白樺野郎どもも新兵器の前には紙屑同然じゃないか。あいつらときたら、シェルターに逃げ込んでハゲたカワウソみたいにグニャグニャしてやがる。俺は後四年とみたね、この状態が続くのはさ。ヘラヘラ笑う、スイート・ボブ。
 それもそうだなと、同じく笑うシオラマ・ボブ。

 しかし黒い夕焼けが沈みだし、それを何気なく見たシオラマ・ボブはある重大な事に気がついてしまった。
 シオラマ・ボブは青ざめながら言った。スイート、お前の予想とはどうも違うようだぞ。スイート・ボブは、え?と聞き返した。エルサレムの鐘が鳴り、辺りはフッと夜になった。

 とうとう、イエローモンキー最強決定戦は終わらなかった。それどころか、始まりすらしなかった。
 とっととやって、さっささと終わらせろよと待ち構えていたフリージャーナリスト達は、おまんまの食い上げになって怒り狂い、ひたすら闇に向かって壮絶な悪態をついた。罵詈雑言がスーパーボールのように四畳一間を跳ね回る。そしてプレステに直撃、経験値と仲間と武器と青春の数ページがパーになる。
 そんな事があちこちで起こったので、一時期の電脳空間は無音の暴動が同時多発し、おちおち昼寝もできない有様だった。
 女達はというと、どいつもこいつも逞しく成長し、思いつく限りのありとあらゆる手段を用いて金を稼いでいた。これには男達も目を見張るばかりで、遠い昔に亭主関白を気取っていた土方の頭も、未来永劫設定1のパチスロをぶん回すか二級酒を昼間から喰らうしかなすすべ無し。イエローモンキー最強決定戦は、やらないばかりか多大なストレスを生むだけになった。

 ただ、一部の強烈な闘争心を備えた方々は最後まで決行を望み、水面下で活動していたのも事実。
 しかしそれは並の水面下ではなく真の水面下なので、本当にわけが分からなく、あの人達は何がしたいんだろうと疑問符を浮かべる者が過半数を超えていた。
 多くの者はそれが本当なのか嘘なのか判断できず、隣の席の友人に真偽を確かめるなどして実態の究明を急いだものの、隣の席の友人にとっての隣の席の友人とはそれつまり自分、よって自分に聞いているのと同じ事になり、情報としての有用性は皆無。何も分からないまま、果てのない真偽確かめループを続けるハメになった。

 水面下で活動していたサイドメニュー愛好家のウシマサ氏は、ポテトとナゲットとコールスローとホットパイとソフトクリームを食しながら、拡声器で何か言っている。
 それは、外国人学校の生徒に暴言を吐く等の行為で、テレビ局はここぞとばかりにその様子を放送した。これには敵対するサイドメニュー愛好家のアルプス氏も焦った。なぜって?テレビに出るのは活動家の夢であり、目的だからだ。アルプス氏は食べかけのサイドメニューを放り出してまで、総理暗殺と国家転覆を経由した革命を目論んだ。
 あまりに安易かつ凶悪なやり口だと思われるが、人を殺さないと革命は起こせないので、とにかく殺さないといけなかった。だって、殺されるの怖いでしょ?
 そうまでしてサイドメニュー愛好家同士が戦う必要があるのだろうかと有識者は語る。まぁ、戦わなかったんだけどね。人が殺されたってだけで。
 
 そうした時代の流れを受けて、わらわら雨後の筍、若い音楽家連中は新兵器の切り拓いた(?)ゴミ山の新大陸に上陸して我先にと野外フェスを開いた。
 このフェスのテーマは自由の獲得と社会からの独立だそうだ。なんてことはない、一刻も早く埋立地に家を建てたがるマイホーム欠乏症の新郎新婦と同じことだ。家から遠いのに無理して。それで救われましたか。居場所が無いと不安なのは分かるけど。
 とにかく、音楽家崩れ達は新品の廃墟で空虚な青春を謳歌していた。米と水が無いのは致命的な問題で、狂ったフリに命をかけるボーカリスト達は楽屋でLやハッパをやる時にブツクサ文句を言って、母親に仕送りを要求する手紙を書いていた。みんな何を食べているんだろう、なんて。

 そんな彼らの休日の楽しみは、地面を掘り返してレアなゴミを探し出す事。
 例えば、楽器や美術品などの、一度ゴミになった事で特有の味わいが出た物はスーパーレア。読める書物や鍋やナイフといった、実用的な品物はレア。壊れた自転車や干からびた野球グローブなどの、遠い記憶を呼び起こす残骸はノーマル。それ以外のがらくた、冷蔵庫や炊飯器などは何の役にも立たない上に風情すら欠片もないので、ゴミと呼ばれていた。これらとは別に、アルティメットレアという他と一線を画すグレードもあった。これは、中身の入った菓子袋や缶詰やレトルトカレーなどが該当する。見つけた物は英雄とされ、ライブには観客が殺到し、自傷癖のある病んだファンと怪しげな自称マネージャーには困らないようになる。
 ポップなギターが売りのrest・soulの森下ユリーカと、アナーキーなサラリーマンで結成されたアトミックボンバーズのマックス、幾多のバンドを渡り歩いて現在はソロで活動中のK下西、とにかく酒に酔うと男と寝るカラクリニャンニャンのまねきにゃん助がこの日は宝探しにやってきた。
 ユリーカは言った。カラニャンはバカだから向こうに行きな。カラニャンは言った。アトミックボンバーズはマジでダサいから向こうに行って。マックスは言った。Kの音楽は何の意味も無いから消えやがれ。Kが言った。争いはやめようよ。全員が言う。そうだ争いはやめよう。このやりとりが新大陸の全貌と言っても良かった。ハッキリ言って意味が無い。

 このように若者達が想像を絶する体たらくを演じている新大陸に、あの!スイート・ボブと、エド老人の魂を宿してしまった事で一躍有名人になった太陽の母アンリが来訪する事になった。

 事の成り行きはこうだ。スイート・ボブも太陽の母も有り余る金を炸裂させて、更なる金を得るという新しいビジネスの快感にすっかり夢中になっていた。そこで、二人の共通のマネージャーである御堂狂四郎氏は進言した。今、最もアツいのは新大陸です。あそこには何も無い上に何も考えていない連中がたむろしているだけ。膨大な時間を持て余し刺激に飢えた獣と化したごろつきの巣窟。言い換えれば、いつ発火するか分からない乾き切った火薬の孤島なのです。だから、金を使えば使うだけ連中は騒ぎ始めます。花火のひとつも打ち上げて、爆音でスイート・ボブさんのワンマンライブを演れば良い。さらに空中から肉と酒とヤクをばら撒けば言う事なしでしょう。連中はもう狂喜乱舞で、力の限り騒ぐに違いありません。ひとしきり騒ぐと、力尽き、強烈な二日酔いと離脱症状の苦しみで全ての所業を後悔するでしょう。そこで、坐薬と老人の魂を間違われた上に入れる穴まで間違われたアンリさんが、ヘリコプターから縄梯子で降臨するのです。そこで適当に聖書から借りてきた格言を幾つか音読する。すると、やつらは太陽の母のぬくもりに清められて涙をボロボロ流して懺悔し、無為な生活をやめ、社会復帰し、有能な兵隊か無能な社畜に成り下がって陰惨な余生を送ることでしょう。ヒューマンドキュメンタリーというやつです。私は手札のマスコミと動画クリエイターを総動員して、その様を世界中に配信させます。彼らは同じ事をしているようで商売敵ですから、大変な騒ぎになること請け合いですよ。奴らにとって事件はそのままメシの種ですから、奪い合い、罵倒し合い、血飛沫さえ飛び散るかもしれません。その向こうではイカれた若者達の騒ぎと救済の一部始終。これです、私が売りたいのはまさにこの状態の映像なのです。地獄か天国か、欲望と破滅の渦巻くユートピアに舞い降りた破廉恥白痴のメンヘラ聖母とロックンロール。これをやりましょう。間違いなくウケます。この一大センセーション。これこそ莫大な金を投げ打って放つに相応しい世界最後の祭典だと思いませんか?
 スイート・ボブと太陽の母、顔を見合わせて言う。果たしてそう上手くいくでしょうか。御堂が言う。上手く行きます、私が保証します。こうして、二人の来訪は決定した。

 しかし、御堂の読みははずれていた。当初こそフェスを開くなど一応文化的な生活を営んでいた若者達だが、新大陸の劣悪な環境に頭をやられて、ついにアートを放棄。堕落墜落。みんな地面にへたり込み、よだれを垂らして天を見上げるばかり。何人かはウロウロしていたけれども、脚気と皮膚病で異様な風貌をしていて、もはや別の生き物になっていた。
 そこに知性や文化やエネルギーといった物はどこを探しても無く、火を灯そうが何をしようが微動だにしないのだった。
 スイート・ボブは船、太陽の母はヘリに乗って空中で待機している。喜び勇んで一足先に上陸した御堂は目の前に広がる光景に唖然とし、青ざめた。なぜこんな事になっているのかと近くで寝ていた若い女に尋ねると、何か訳のわからない事をアーアー言うだけで、てんで話にならない。どうやら言語そのものを忘れているようだ。
 御堂が本島の方角に目をやると、マスコミと動画クリエイター達が死ぬ物狂いでボートを漕いでやって来るのが見えた。何隻か巨大なタコやカニに襲われて沈没する。文字通りの命懸け。御堂は焦りを通り越し、その光景がおかしくてたまらず張り裂けるほど笑った。
 なぜって、連中、こんな風景を撮影する為にああして命を懸けているのかと思うと。この有様を見たらどんな顔をするのかって、考えただけで笑いが止まらなかった。

 笑いという新たなるモチベーションを得た御堂は、尺さえ稼げば後はどうにでもなるとポジティブに変化。ごねる覚悟と言い包める算段さえあれば、逆境を切り抜けるなど造作も無いこと。
 ついで御堂はピンとひらめく。ごちゃごちゃ言う映像班を掻き分けつつスイート・ボブのステージ開演まで漕ぎつければ、ライブ映像は幾らでも撮影できる。観客などどうでも良い、どうせ視聴者は観客席まで観てないって。それに、太陽の母もいる。こっちは知らない人はいないと言っていい有名人だ。悲劇につぐ悲劇で生きながら数回の輪廻転生を果たした奇跡の少女だと。本人もそのつもりなんだから、まさにこの上無い悲劇だ。ただ不幸で貞操観念が欠落しただけの女だとは思うが、使わにゃ損。これで視聴率はバカスカ取れる。要は何をやるかって事より、観させりゃ勝ちって事。そこに計画の成功が映ってるか失敗が映ってるかとか問題じゃない。俺は最初からそう思ってたよ。だって、金出してんのは二人なんだから。
 御堂はコートを脱ぎ捨て、新大陸フェスの中枢、メインステージ予定地に向けて駆け出した。マスコミ達が上陸し、スイート・ボブも上陸した。天から酒池肉林の元素がばら撒かれ、後は野となれ山となれ。

 数日後、何もかも終わって、御堂とスイート・ボブはホテルのレストランでワインを飲んでいた。
 スイート・ボブはやけに色気の有る目をして言った。乾杯。御堂も言った。乾杯。なぜこの場に太陽の母が居ないのか。それは、太陽の母アンリはもう居ないからだ。いや、生きてはいるが。
 どういう事かというと、御堂によって強行された例のフェスの最中、太陽の母が降臨し若者達にひらがな聖書の音読を聴かせる局面で、あろう事か太陽の母自身が聖書の言葉に清められてしまったのだ。
 これまでのえげつないプレイを平気で行う変態生活のおぞましさと、それによって失った羞恥心の数々に気が付き、とてもそのまま生きてはおれず、比喩表現ではない精神的輪廻転生をその場で開始。突然、顔面の穴という穴から眩いばかりの虹色の光が放たれ、絶叫。泣き出し、ブルブル震えだし、口から身体の体積よりも明らかに多いドロドロした何かを吐いた。誰も想像していなかった事態。カオスの中でも一際カオスなその出来事に一同は刮目せざるを得なかった。
 そして、太陽の母はスイート・ボブが新曲を熱唱演奏しているステージに狂ったような早さで駆け上がるやいなや、マイクを奪い、涙目のひょっとこみたいな顔して叫んだ。
 あっ!さっき普通の女の子に戻っちゃいました!あーめん。ニコッ。
 すると、観客も撮影班も御堂もスイート・ボブもバックバンドも、その場に居た全員がその奇跡の笑顔にぶっ飛んだ。大爆発。とんだドジっ子だよ。
 てなわけで、芸能界を引退した太陽の母は、すぐさま一般人男性と結婚し名を北岡杏里と改め、普通の主婦として静かに暮らしている。そう、まるで何事も無かったかのように手作りのハンバーグを焼いたり、息子が積み木で遊ぶのを見て微笑んだりしている。まったくこれは凄い事だと思わないか。

 とにもかくにも、この催しは全世界に生中継及び動画配信され、各方面から最大級に評価された。なぜって、あらゆるオーディエンスの要求を満たす究極のエンターテイメントになったからだ。
 まず、そもそもが荒廃した新大陸で繰り広げられるヒューマンドキュメンタリーであるからして、泣きたがり自己陶酔症の偽善者達は目にタバスコを擦り込んででも観て泣いたろう。泣いたら最後、面白くないとは言えまい。
 そして、未開の地で行われるスイート・ボブのコンサート。ジグザグに唸りを上げるディストーションギターの轟音。これにミュージシャンと中産階級のバンドマンを含めた文化人達は、流行り廃りに並走する為、これぞロックだと、とりあえず口々に言いまくった。
 さらに、人気絶頂の太陽の母がその場で生まれ変わって普通の女の子に戻るという前代未聞の超常現象まで見せつけられては、まともな人間ならテレビの前から立てるわけがない。
 ちなみに、新大陸にたむろしていた有象無象の廃人どもは、その現場に居合わせた事でなぜかメディアから奉られ、取材を受けたり写真を撮られたり寄付金を貰ったりして収入を得るなど、良く分からないルートでちゃっかり社会に復帰していた。
 色々あったけど蓋を開けてみれば、これ。ヤバいのなんのって。確かに感動的ではある。

 という事で、巨万の富を得た二人はお疲れ会を開いてワインを飲んでいた。ちなみに、お疲れ会はこれで六連荘。仕事をする必要が最早どこにも無いので酒を飲むしかなかったのだ。
 スイート・ボブは言った。奇跡を起こせば勝つのは容易い。御堂は言った。ですね、ニヤリ。

 天界の住人はそんな地上をYouTubeで見ていた。そして天語句で言った。ニンゲン、スゴイ、キセキ、オコセル。
 人間に憧れた天界人は下界管理の会社に辞表を提出し、こぞってYouTuberになった。
 これによって何が変わるかというと、偶発的に起こる大小様々な奇跡が発生しなくなる。そう、天界の住人がやってた事は、奇跡を起こす事だけだから。
 え?他は全部人間が自分達でやってるよ。あいつら何すんのさ、逆に。

 具体的に説明すると、一目惚れや赤い糸が消え失せ、遺産とか見栄とか性欲とか、そういう目的での恋愛しかしなくなった。
 スポーツは練習時間と身長と筋肉量で結果が決まるようになった。
 宝くじは当たらなくなり、受験も就活もまぐれで受かるって事が無くなった。
 論理から逸脱したあらゆる事柄が必ず空中分解するようになった。
 端的に言うなら、信じられない事がたまたまでは起こらないようになった。
 一発逆転を夢見る事で負け犬を続けられた連中には由々しき事態。これも全て新兵器が引き起こした合併症だと、政府は発表した。元を辿ればそれはそう。

 そこで、シオラマ・ボブは地下研究所にて実験を開始した。
 作っているのは新兵器、言うまでもなく既存の新兵器を破壊するため。なんと過去の開発チームのメンバーも揃っている。地獄に堕ちたあの技術者達を従兄弟のネクロマンサーがカラスの血で描いた魔法陣によって呼び戻してくれた。むろん、体はデク人形だが作業に支障は無かった。むしろ痛みも疲れも感じないので、都合が良いぐらいだった。昼夜ぶっ通しで作業は続けられた。
 一度作ったメンバーがいるし、休みはいらないときた。だから早いのなんのって。

 もちろん、新兵器を増やすというのは流石に危険ではないか?と危惧する友人もいた。しかし、シオラマ・ボブは聞く耳持たず、新兵器には新兵器で対抗する他は無いと考えていた。事実、その考えは当たっていた。あの強大で残酷で無慈悲な暴君を止めるなんて、生身の人間には到底不可能。ならば、同じ力を持った新兵器を作るしかないだろうと。
 技術者達はそれとは少し違う動機で参戦していた。生前働いていた研究所に深い恨みを抱いていたのも有るが、それ以上に、新兵器を作るのが楽しくて病み付きになってしまっていたのだ。
 これは博打で大負けして散々辛酸を舐めたのにまたやってしまうのと似ていた。次こそは、次こそはいける気がするってやつだ。一応、技術者達はあそこで死んでいなければ世界の支配者になれた可能性も有ったわけだから。
 お涙頂戴で美化されても結局はみんなそういうやつ。だから懲りない変わらない。

 なんだかんだ四年の時が流れて、ついに新兵器と新兵器が激突する。
 地球が激しく揺れ、大陸が破れ、津波が起こり、いとも容易く人が死んでいった。
 新大陸に築き上げた司令部では、シオラマ・ボブとスイート・ボブが新兵器のリモコンを必死にガチャガチャやって喚いている。
 地上の人々は泣いた。自由の女神やスカイツリーやサグラダファミリアやエアーズロックやパルテノン神殿も、有る物無い物みんな炎に焼かれた。
 そのカタストロフィーの中で、サイドメニュー愛好家もイエローモンキーも更生したバンドマンも普通の女の子も御堂狂四郎でさえも、ただ突っ立って世界の終わりを見つめていた。

 とうとう何も無くなった地上では、二体の新兵器が四つに組んだまま風だけが吹いている。
 天界の住人達はそれを見て、すっかり興味を失い、動画を撮るのもやめて、別の時空にすっ飛んで行った。

 そこで新しい世界がこれから始まるんだって。もうどうでもいいけどね。俺がそこで贅沢三昧できるわけでもあるまいし。

〜完〜

 

 

 

 
 
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