ひどい女……
文字数 2,305文字
あの日もそうだった。
私は旦那に当たり散らしていた。
虫も殺さないような大人しい性格の旦那の性格が嫌いだった。
私がなにを言っても、事なかれでやり過ごすように、ただ「ごめん」としか返してこない。
そんなことはわかっていたのに、それでも言わないではいられなかった。
「ほんと、ひどい女……」
自分でもそう思う。
しかし、それでも黙ってはいられなかった。
この前のケンカ。それは些細なことがきっかけだった。
しかし、些細なこととはいえ、人の一生を左右しかねないものでもあった。
なのに、旦那はいつものように、
「君の言う方がいいと思う。だから俺の意見は無視していいよ」
なんて言うから、ついカッとなって、怒鳴ってしまった。
怒鳴ったことについては反省しているが、旦那の言い分を許す気はなかった。
もちろん今も許していない。今後も許す気はない。
だからそのことについては、一生逆らってやろうと思った。
そして、今日また旦那が、私を怒らすことをしでかしてくれた。
そう。今日私が怒っていたのは、旦那から渡された一通の手紙のせいだった。
私は腹だたしさから、その手紙を旦那の前で広げてみせた。
「ありがとう。
俺がいなくなっても、どうか元気で」
私は沸き立つ感情が抑えきれず、気づけば涙声になっていた。
しかし、旦那はそんな私をあやすように、いつもの優しい声で返してくれた。
知っていた。
私も旦那の病室に来る前、主治医からの説明を受けていたから。
だからせめて最期ぐらいは笑顔で送り出したいと思っていたのに……。
それでも旦那から笑顔で手渡された手紙を見たら、言わないではいられなかった。
「ほんと、ひどい女……」
しかし、そんな私の心を見透かしたように、旦那はふっと笑って、言葉を続けた。
黙るなって言っておきながら、私はかける言葉が見つからなかった。
なのに、旦那は私の気持ちを察してか、再び笑顔でささやきかけてくれたのだった。
もう無理だった。
それまで涙は流しても、なんとか嗚咽までは漏らすまいとしていたが、もう限界だった。
だから私は我慢することを止め、泣き叫ぶだけ泣き叫ぶことにした。
そんな私を、旦那は泣き止むまでずっと慰めてくれた。
笑顔で接しなきゃいけないのは、私の方だっていうのに……。
「ほんと、ひどい女……」
ただ、自己嫌悪に陥りながらも、最後の最後ぐらいはなんとかちゃんとできたと思う。
それもひとしきり泣かせてくれた旦那のおかげだろう。
旦那にはほんと、感謝しかない。
「ありがとうって言うのは、私の方だよ……」
そんな旦那は、次の日、眠るように息を引き取った。
なんの憂いもない、安らかな寝顔だった。
そう。
本当に優しくて、大人しい性格の人だった。
その性格のせいで、私はいつも自己嫌悪することばかりだった。ほんと、ひどい女だった。
でも、そんな私を慰めてくれるのも、その優しい旦那だった。
ねぇ。
まだそっちに行くにはもうちょっとかかるけど、待っててくれるよね。
もう少しだけ待たせても、優しいあなたなら、きっと許してくれるよね。
それまでは約束通り、優子を健やかで優しい、いい子に育てるからね。
だから、私たちのことを見守っていてね。