第1話

文字数 1,960文字


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インスタのインサイトに表示されたその数を見て、私は

「ふふん」

と鼻を鳴らす。

別に特段好きではなかったけれど、
先日、本屋大賞をとった一般文芸を好きだと謳った投稿だ。
書影感も可愛いし、センスありげに見えそうなので投稿してみたが、思った以上の反響だった。

気分はルンルンである。

そろそろ寝ようかなとスマホから顔を上げると、
机の上に出しっぱなしになったBL本に目が止まった。

そっと本を拾い上げて、本棚に戻す。

本当は1番好きなジャンルだけど、間違ってもインスタには上げらんない。

私はリモコンで部屋の電気を消して、ベッドに潜り込む。

それからゆっくりと瞼を閉じた。

瞬間、瞼の裏側で閃光が弾ける。
私はびっくり仰天して、パチクリと目を開けた。

「どうも」

真っ白な空間にいた“いかにも”なおじいちゃんが馴れ馴れしく言った。右手には長い長い杖。

「ちょっと!何よこれ。てかあんただれ?」
私が眉間に皺を寄せてそういうと、おじいちゃんは腰に手を当て、誇らしげに、

「わしは神なり」

と答えた。

「はあ!?」

「お前の人生、それでいいのか?」

「何が?」

「ちょっと考えてみろ。別の人生をやるから」

「は?は?なになに?どういうこと?」

「よしっ!じゃあ頑張れ!」
おじいちゃんがそう言って杖を振る。

「いやちょっと待ちなさいよ!」
私がそう言っておじいちゃんにあゆみ寄ると、
真っ白な空間が流転して、私はバランスを崩す。
それからお風呂あがりにするめまいみたいに、意識がすうっと遠のいていくなかで、

これって、転生...?

とボソリと呟いた。


「芽衣子!起きなっ!」

布団をガバッと剥ぎ取られ、細く開けた瞼に朝日が差し込む。

「眩しっ」

「ほらっ、朝飯だよ!」

後ろで結んだ髪型が芋臭い。が、美人なお姉さんがハキハキ声で私を起こし、腕を掴んで引っ張っていく。

畳の床を引きずられながら、改めて部屋を見回す。床は畳。その上に敷いた敷布団に私は寝ている。こんなダサい部屋、私の部屋じゃない。

そして、私は芽衣子ではない。

「ほら食べな!」

隣の部屋には大きなちゃぶ台があって、その上に朝食が用意されていた。味噌汁に鯖の塩焼き。それからほうれん草のお浸し。お手本みたいな朝食。

「朝から豪勢な。誰か見てるわけでもないのに」

「はい?いいから早く食べて!5分でいくわよ」

「いくってどこに?」

「畑に決まってんでしょ」
何言ってんだと呆れた表情で彼女が言った。

転生するなら、美少女アイドルが良かったのに。とあの妙ちきりんな神様を恨んだ。

畑は想像よりもずっと広かった。
あたり一面畑って感じ。

「うしっ、じゃあやるか!」
お姉さんはニッと笑って腕を捲った。

「おっ、おー!」
私も威勢だけはよく、声をあげた。

農家の仕事はとんでもなくハードだった。
水を撒いたり、鍬をもったり、力作業が多く、なによりずっと中腰で作業し続けるのがきつかった。

「さ、帰るわよ」

日が沈みはじめるころ、彼女が言った。

私はもうくったくたで、薪で炊いた風呂に入って、夕食を食べてぐがーっと秒速で寝た。

このふざけた転生も、寝て起きたら治ってるだろうと思ってた。

が、甘かった。翌日も、翌々日も、一週間経っても、元の私には戻らなかった。

ここの毎日は本当に単調だった。

毎日決まった時間に起きて、畑に行って、同じ時間に帰って。大きなイベントなんて何もない。変わってることといえば作物の成長とか、周りの植物の変化。

私にとってはどうでもいいそういうものに対して、お姉さんはやけにご執心で、本当に楽しそうに、キラキラした目でいつも眺めていた。

「ああー幸せー」
夕飯の席でお姉さんが味噌汁を飲みながら声を漏らした。

「インスタとかやんないの?」

「やってない」

「やったらいいじゃん。みんなに見てもらえるかもよ」

「いいよいいよ。私、幸せは自分で決めるから」

「幸せ?」

「私はだけど、他の人のいいねってあんま興味ないんだ。私がいいって思ってればいいし、それが全てだから」

「ふーん、なるほど...」

「そっ!自分の幸せは自分で決めないとね。押し付けなきゃ、何が幸せだっていいじゃん」

その夜はやけに寝付きが悪かった。
お姉さんのあっけらかんとした言葉が、やけに頭にチラついた。

私の幸せってなんだろうな。

いつの間にか、私の意識は螺旋を描いてまどろみのなかに落ちていった。


パッと目が覚めると、敷布団がやけに柔らかかった。

違う。敷布団ではなく、マットレス。

私はガバッと起きて、あたりを見回す。

フローリングの床に、小洒落た読書等。

私の部屋だ。
戻ってきたのだ。

夢現という感じで台所に立ってペットボトルのまま水を飲む。変な夢でも見てたみたいだ。

ベッドに戻る途中、
本棚に刺さったBL本が目に止まった。

私は本棚からBL本を取り出し、
パシャっと写真を撮る。

それから「本当はこういうのが1番好き笑」と投稿した。

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