第1話

文字数 6,880文字

空が赤く染まる夕暮れ時。
空と同じ色になった家からワイワイと騒ぐ声が聞こえる。

「外堀を埋めても何の効果もないんだけど!てか、埋められてることにも気づかないんだけど、あの人!」

突然のツギハの心の叫びが、楽しい雰囲気を切り裂いた。


チヤがウォンイと共に里に帰ってきてから1年。ウォンイもすっかり里に馴染み、毎日楽しく過ごしている。
先日、イザナ経由でジンイからウォンイに酒が届いた。なんでもウォンイがよく視察に行っていた村で作られた物らしく、出来が良いからと送ってくれたのだ。
そこで、ウォンイ、シロ、ツギハののんべえ3人はウォンイの家に集合して酒宴の真っ最中だった。

「あの阿呆にそんな回りくどいことしても伝わるはずないだろう」
「直接言えばいいのに」

カダへの好意が一向に実らないツギハが酔いに任せて叫んでいる。
だが他の2人の反応は冷たい。

「言えたらとっくに言ってるよ!でもあの堅物に好きだと言った瞬間、家を出て行かれてさようならだよ!それか恋愛の好きだと理解してもらえないか!」

なんか聞き覚えのあるセリフだなぁとシロはしみじみする。

「だから一緒に暮らしてズブズブに甘やかして俺なしでは生活できなくして、好きだと勘違いさせる作戦だったのに!なんなんだよ、あの完璧超人!甘やかすどころかこっちが餌付けさてれるよ!ずっとクロのとこにいて帰ってこないし!」
「いや、その詐欺みたいなやり方はやめてくれないか。一応大切な元部下なんだ」
「なんか、クロがごめんね」

『というか、餌付けされてるんだ』

カダとどんな生活をしてるのかやや気になった2人だが、ますますヒートアップしていくツギハにいよいよ面倒くさくなってきたので叫ばせるだけ叫ばせてほっとくことにした。



その頃。チヤ、クロ、カダの呑めないトリオはクロの家でのんびりとご飯を食べていた。

「ん!おいしい!この料理おいしいね!」
「カダ。腕をあげたな」
「お褒めに預かり光栄です」

元主人と師匠のために腕をふるったカダは、褒められて満足そうだ。

「しかしクロ殿が呑めないとは意外です」
「ん?いや、呑めないことはないんだが。初めて呑んだ時に周りにいる人間に抱きつきまくったらしくてな。シロに禁止された」
「シロの嫉妬が凄かったもんね〜。一週間クロにピッタリくっついて離れなかったもん」
「ずっと周りに糸を張り巡らせてたみたいだしな。俺に糸が見えたらキレてただろうな」
「シロ殿はクロ殿のことが本当に大切なのですね」

感心するカダに『なんかズレてるなぁ』と他の2人は微妙な気持ちになる。

「カダは?誰か好きな人とかいないの?」

ツギハの気持ちを考えながらチヤがサラッと切り込んでみる。

「私ですか?……考えたこともないですね。家は兄が継ぐ予定でしたから結婚する必要もなかったですし。こちらに来てからは里の仕事を覚えることで精一杯でしたし」

カダが首をかしげる。ツギハいわくこのポーズが可愛くて堪らないらしい。
だが2人には、兵士という役目から解放され里でのんびり過ごしてるうちに平和ボケしただけに見える。

「今までもいなかったのか?」
「そうですね。ずっとウォンイ様の役に立つためにということしか考えてこなかったので」
「えっ!じゃあこれから好きになる人が初恋の人になるんだ!なんかいいなぁ」

なぜかチヤがウキウキしだす。

「初恋、ですか。なんだか私には関係ない気がしますが………」
「そんなことないよ!最近、カダはどんどん雰囲気が優しくなってるもん!きっといい人が見つかるよ!」

やや困った顔をするカダにチヤが暑苦しく迫る。もはやツギハのことなど忘れている。

「チヤ。落ち着け。カダを困らせるな」

チヤの首根っこを掴んでクロが引き寄せる。

「カダも。チヤの言うことは気にするなよ。好きな人がいようがいまいが、お前は里で立派に頑張ってるんだから」
「……はい。ありがとうございます」

明日は朝早くからやりたいことがあるのでそろそろ寝ますと、そのままカダは帰ってしまった。

「つまんない〜。カダに色々聞きたかったのに」
「こら。カダをおもちゃにするな」
「カダ、僕たちの初めての話の時も真っ赤になってたし、本当に恋愛に関係なく生きてきたんだね」
「なんの話をしてるんだ、お前達は。まあ、人それぞれだからな。他人がとやかく言うことじゃない」
「ツギハとうまくいって欲しいのにな〜」
「それこそ外野があれこれ考えても仕方ないだろ。………それに、俺と2人で話すのはつまらないか?」

クロがニヤッと笑う。
チヤはパタパタする尻尾が見えそうなくらいご機嫌でクロに抱きついた。

「そんなわけないよ!ねえねえ、シロとの初めての時の話聞かせてよ〜」
「いや、いい加減その話は諦めろよ」

苦笑いをしてクロはチヤの頭を撫でた。



その夜。夜更けに扉の開く音でカダは目を覚ました。

「ツギハか?お前、こんな遅くまで………シロ殿?」
「おや。カダ寝てたのか?ごめんな、起こして」

シロが酔い潰れたツギハを糸でグルグルにして運んできた。

「それは構いませんが……はぁっ。こんなに酔っぱらって。申し訳ありません、シロ殿。うちまで送っていただいて。こんな遅くまでお邪魔してウォンイ様にも申し訳ない」
「構わないさ。チヤは今夜うちに泊まる予定だから、俺もウォンイと朝まで呑むつもりだし。これで酔い覚ましの散歩になったから、戻ったら2回戦開始だな」

ついでに布団まで運ぼうとすると、そこまでしてもらっては申し訳ないとカダがツギハを肩に担ぐ。

「さすが元兵士だなぁ」
「皆さんは糸の力がありますから。私もこれくらいはお役に立たないと」
「そんなに頑張らなくてもいいのに。カダが里に来てくれただけで俺は嬉しいよ」
「……ありがとうございます」

じゃあね〜と手を振って帰るシロを見送り、ツギハを用意していた布団に寝かせる。

「まったく。それでもウォンイ様付きを志望していた元兵士見習いか」

布団の横で正座しながらカダがボヤくと、ツギハが何か呟いた。

「なんだ?水でも欲しいのか?」

何を言ってるのか聞こうと耳を近づける。

「……カダ……好きだよ………なんで気づいてくれないのさ………」

水ではなかったかと、そのまま正座の姿勢に戻る。だが、その呟きにカダは首を傾げた。



翌朝早く。カダは里の高台に来ていた。

「ああ。やっぱりここからの朝焼けは美しいな」

以前たまたまここに来た時の朝焼けが綺麗だったので、カダは時々日の出を見に来ている。
チヤから「明日の朝はすっきり晴れて、とっても空気が澄んでるよ」と聞いていたので、今日も早起きしてやってきたのだ。

『しかし、昨夜のツギハはなんだったのか。好きだとかなんとか……』

朝焼けを見ながらカダは首を傾げる。
しばらくそのままでいたかと思うと、ハッとして首が元に戻る。

「まさか!」

何かに気づいたカダは急いで集落の方へ歩き出した。



「あれ?カダ。今日は随分早いな」
「朝早くに失礼します、クロ殿。実は相談したいことがありまして」

息を切らせながらカダはクロの家にやってきた。玄関を開けたクロは何事かと驚く。

「相談?どうしたんだ?」
「実は………ツギハに好きだと言われました」

家の中でご飯を食べていたチヤが味噌汁を吹き出す。

「は?え?」
「ちょっと!それどういうこと!」

戸惑うクロの後ろから、チヤが顔を拭きながら出てきた。

「昨夜酔っ払って帰ってきたツギハが何か呟いていたので聞いてみたのです。そしたら『カダ、好きだ。なぜ気づかない』と言っていまして」

チヤがキャーと頬に手を当てて嬉しそうにする。

「あの。それで、もしかしてなのですが………」

続くカダの言葉に2人はゴクリと唾を飲み込んだ。

「ツギハは私を嫌っている。私がそう勘違いしていると、ツギハは思っているのでしょうか?」

「「………は?」」

予想もしないカダの解答に、2人は目が点になる。

「確かに私は愛想がないですし、訓練では厳しくもしました。ですがそれはツギハも覚悟の上だと思っていましたから、まさか自分が嫌われているとは思っていません。いや、もしかして本当に嫌われていたのでしょうか。一緒に生活するうちにやっと私を憎く思う気持ちがなくなったとか。だからあえて好きだと言ってきたのでしょうか。だとしたら、私は何と返してやるのが正解なのか」
「ちょ、ストップ!ストーーーップ!」

今まで見たことないほど饒舌になるカダに、クロが慌てて待ったをかける。

「と、とりあえず家に入ろう!落ち着いて話そう!」

口を開けてポカンとしてしまっているチヤの手をひいて、3人は家の中に入って行った。


とにかくは落ち着こうと、お茶を入れて3人で向かいあう。
チヤはもはやご飯を食べてる場合ではなくなったので、いったん膳を下げてしまった。

「で、えっと、なんだっけ」

さすがのクロも心を落ち着けられず、混乱しながら会話がスタートした。

「私はツギハに嫌われていたのでしょうか?」

ややションボリ気味にカダが言う。

「それは無い!それは無いよ!」

チヤが目一杯手を振って、全力で否定した。

「では、私が嫌われてると勘違いしてると思われたのでしょうか?」
「それも無いだろう。そんな複雑なことになってたら一緒に住もうなんて言わん」

やや脱力してクロが否定する。

「はぁ。………では、なぜあんなことを言ったのでしょうか?」
「「…………………」」

2人とも答えに窮してしまう。
ツギハはカダに恋愛感情を持ってるんだよと言ってしまうのは簡単だが、ツギハの気持ちを蔑ろにしてしまうようなマネはできない。

「………ツギハには聞いたのか?」
「いえ。私が家を出る時にはまだ寝ていましたので」
「そうか。なら、ツギハときちんと話をしてこい。今日は一日休みでいいから」

しかし、と言いかけるカダを手で制し、クロは有無を言わさず家から追い出した。

「大丈夫かなぁ」
「さあな。いずれにしろツギハが自分で巻いた種だ。自分で何とかするしかないだろ」

ふんっとクロは鼻であしらう。

「………クロはツギハに厳しいよね」
「そうか?」
「世話焼いてるうちにカダのことが可愛くなったんでしょ」
「………」
「あんまり過保護はダメだよ」
「………わかってるよ」

バツが悪そうにするクロが面白くて、チヤは頬をつついて笑った。


カダが家に帰るとツギハはまだ寝ていた。
だらしなくヨダレを垂らしている姿になぜかイラッとし、カダは布団を取り上げてツギハを転がした。

「った!えっ!なに⁉︎」

睡眠中の突然の攻撃に、寝ぼけ眼のツギハが慌てる。
見上げると訓練時のように厳しい顔をしたカダが仁王立ちでいた。

「は?カダ?え?おはよう?」

ツギハは全く状況を飲み込めない。

「私が好きとはどういうことだ!」
「す?は?え?」

腕立て100回!くらいのノリで言われて、ツギハはやっぱり状況を飲み込めない。

「昨夜、お前が言ったんだろ。私が好きだ。なぜ気づかないと」
「………へ?」

ようやく状況を理解してきたツギハの顔が青ざめる。

「俺が?言った?昨日の夜?」
「ああ」

『何言っちゃってんの、俺〜!』

ツギハが自分の行いに頭を抱えだすと、カダは何かに納得したように頷きだした。

「やはりか」
「え?」
「昨夜はかなり酔っていたからな。変な夢でも見たのだろう。しかし好きだ気づいてくれだなんて、私がお前を蔑ろにしてるみたいではないか。同居人として、きちんと礼儀は弁えているつもりだぞ」

話が明後日のほうに行ってしまってツギハは途方に暮れる。しかし、これはチャンスとカダの勘違いにのることにした。

「そ、そうそう。あんま覚えてないけど、なんか夢見てたんだよ。あ、でも大丈夫。カダは同居人として100点満点だよ。普段の感謝が夢に現れたのかもしれないね〜」

あはは〜と笑うとカダはスッキリしたようだった。

「それなら問題ないな。クロ殿が気を利かして今日は休みにしてくれたのだが、野菜の収穫で忙しいはずだ。今からでも行ってくる」

猪突猛進に家を出ていくカダを見送りながら、ツギハはホッと胸を撫で下ろすのだった。



「え!好きだって言わなかったの!うっわ!ヘタレ〜」

数日後。イソラと共に近くの村に来ていたツギハは思いっきりなじられた。

「うっさいな!なんか、あれだよ!心の準備ができてなかったんだよ!」
「そこまでの状況になっても言えないなら、どうやっても心の準備なんてできないよ。もういいんじゃない。一生片想いを楽しんだら」

正論すぎてツギハは言い返せない。

『はあ。これじゃあ里に行くのを怖がってた臆病者のままじゃないか。そこから救い出してくれたからカダのことを好きになったのに……』

どんより落ち込むツギハに、『言い過ぎたか?』とイソラが心配する。


その頃。カダは少し困ったことになっていた。

「これは……どうやって取ればいいのか」

共用の置場に薪をとりに来たのだが、誰かが大量に切ったのか薪ははるか頭上まで積み上がっている。上の物には手が届かないし、かといって下のを取れば雪崩を起こしそうだ。

『糸が使えれば取れるのだろうが』

途方に暮れているとトアがやってきた。

「あれ?カダ?どうしたんだ?」
「トア。いや、薪を取りに来たんだが」

カダと薪を交互に見て、しばらくしてからトアはポンと手を叩いた。

「ああ。届かないのか。どれだけいるんだ?」
「ひとまず10本もあれば」
「はいよ」

トアの体から糸が出て、あっさりと一番上の薪を取ってしまう。

「10本も手で抱えるのは大変だろ。家まで運ぶよ」
「そこまでしてもらうわけには………」
「いいっていいって」

糸で薪を持ったまま、トアが歩きだす。

「申し訳ない。手間をかけて」
「気にしなくていいよ〜。あ、でも、お礼と言っちゃなんだけど、ちょっと相談に乗ってくれない?」

トアがニッと笑った。


カダの家に着くとイザナが来ていた。

「カダ。あれ?トアも一緒?」
「薪を運ぶのを手伝っていただきました」

少し元気のない様子のカダにイザナは『おや?』と思う。

「そう。トア、偉かったね」
「カダには、いっつも野菜もらったり服縫ってもらったりしてるから、そのお礼だよ」

ニカっと笑うトアは清々しくて、常々愛想がないと言われているカダからすると羨ましい。

「あ、でもお礼としてちょっと相談に乗ってもらうんだけどね。イザナは何しに来たんだ?」
「外に出たついでに塩を買ったから持ってきた。そろそろ無くなるって言ってたから」
「わざわざありがとうございます」
「これで美味しい漬物作って。楽しみにしてる」

イザナとイソラはカダが練習で漬物を作る度に試食をしていたのだが、すっかり腕を磨いた今はカダの漬物愛好家になっている。

「あ、じゃあイザナも一緒に相談に乗ってよ!」

ニコ〜っと笑うトアに連れられて、2人はカダの家に入って行った。


「実は、例の子と今度遊びに行くことになって」

トアが少し恥ずかしそうに話しだした。
例の子というのは、トアが一目惚れした近くの村に住む女の子のことだ。まずは話しかけるところから始まり、やっと一緒にでかけるところまできたようだ。

「それはおめでとう」
「ああ。良かったな」

年下の者の可愛らしい奮闘が実ったことで、年長者2人も嬉しくなる。

「ありがとう。でも女の子と遊びに行くなんて初めてだし、俺は外の事情にも疎い。だからカダに何かアドバイスを貰えないかと思って!」

期待のこもるキラキラした目がカダに向けられる。

『アドバイス………と言われても、私自身がそんな経験が無いしな』

恋愛とは程遠いところで生きてきたカダは悩む。だが、年頃の者らしく一生懸命なトアの相談を無碍にはしたくない。

「……兄上は姉上に花を贈っていたらしい。姉上が嬉しそうに話してくれた」

なんとか絞り出したのは兄嫁から聞いたエピソードだった。

「花かぁ。確かに喜びそう。どんな花がいいのかな!なんて言って渡してたんだ!」

先輩のエピソードに食いついたトアがグイグイ質問してくる。

「いや、そこまでは……」
「トア。花は花屋で相談すればいい。なんて言うかは自分で考えないと」

カダが困ってるのを見かねてイザナが助け舟を出す。

「あ。そうか。そうだな。ありがとう、2人とも。今度花屋に行ってみるよ」

嬉しそうに家を後にするトアを見送ると、イザナがカダの頭をポンポンとした。

「カダ、ありがとう。トアは喜んでた。カダのおかげ」
「………ありがとうございます」

ポンポンと頭を撫で続け、「あの、もういいですから」とカダが言っても、しばらくイザナは手を止めなかった。


その夜。向かい合って食事をとるカダとツギハの間には無言が横たわっていた。

『兄上や姉上にもっと話を聞いておけば良かったのだろうか。糸が使えなくて迷惑をかける分、外の情報で役に立てるせっかくの機会だったのに』

昼間のことで落ち込んでいるカダは黙々と食事を口に運ぶ。

『はあ。俺はせっかくの機会を潰しちゃったのかな。素直に好きだって言えば良かったのか。でもカダだぞ。どんな反応が返ってくるか』

いつもならその日にあったことをペラペラ喋って賑やかな食卓にするツギハも、イソラに言われたことが頭を離れず黙ってしまう。

そのせいでカダが落ち込んでいることにも気づけなかったのだった。
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