1話完結

文字数 1,998文字

 朝の凍てつくような寒さの中、通勤途中の美和は白い息を吐きながらホッとした。
 今朝はいつもの夢をみなくてすんだ。
 
 成人してからかれこれ三年、朝方にいつも夢をみる。雨の降る草原で、槍で突かれて死ぬ夢だ。その時の美和は髪が長く黒い衣を着ている。側には赤い衣を着た小さな男の子がおり、その子を庇い背中から槍に突かれる。そこで夢は終わり目覚める。
 目覚めてもどかしく思い、胸の奥がザワつく。いてもたってもいられない思いがする。

 
 プラットホームで電車を待つ列に並んでいた。電車の扉が開き人々が降りてくる。それがスローモーションとなり、ある人物に視線が止まる。他は色を失いモノクロとなり、その人物だけがカラーで目に映し出される。
 美和は凍りついた。
 夢の中で私を殺す人物がそこにいる。馬上から槍を振り下ろし、無表情で射殺す男だ。
 向こうもこちらに気付いたのか、驚愕の表情がみてとれる。その刹那、音がなくなり二人だけの空間になる。

 あの夢の続きが現れ、草原が眼前に広がる。槍を突き刺された私たちを抱えながら、男が体を揺さぶって激しく哭いている。言葉はききとれない。
 その光景は例えようのない切なさで美和の胸を締め上げた。言葉にならない男の声が耳に焼き付く。胸がえぐられる。
 
 電車が発車する音で覚醒した美和は一人プラットホームにいた。例の男はいない。気付けば次の電車に乗る人々が押し寄せてきている。


 あの日より夢は少し長くなり、男が慟哭するまでをみるようになった。胸が締め付けられる思いで目覚める。目覚めてからは気持ちが高ぶりどうしてだか涙を流していた。
 あんなに嘆き悲しむのなら、何故男は私たちを殺すのだろう。夢の中の言葉は聞き取れない。もどかしさを感じてやまない。

 勤めからの帰り、駅から出て信号待ちをしているところで背後から声をかけられた。
 「すみません。怪しいものではありませんから少しお時間を頂けませんか」
 そこには例の男が立っていた。そっと静かに佇むその姿からは夢の中で感じた男の激しさはない。むしろ若さのわりにある落ち着きぶりから、穏やかな誠実さを感じさせらた。
 「・・・私、あなたを知っています」
 美和の口から思わず言葉が漏れた。

 
 すぐそこにある駅のカフェで腰を落ち着けた男は躊躇いながら話を始めた。
 
 プラットホームに立っている君を見付けた日から落ち着かなく、もう一度会えることを願っていたと言う。
 こちらに転勤になってこの三年、毎晩生々しい夢をみる。夢の中で君と小さな男の子を殺している。時代がかった古い街の中で、家の中で。時には林の側で、草原で。どの夢も雨が降っており、君は黒い衣を見にまとい男の子は赤い衣だと言う。
 「信じられない話でしょう。おかしなことを言っていると思われるかも知れないが本当の話です」
 ははと少しぎこちなく男は笑いコーヒーを口にした。
 「あなたは違うシチュエーションで何度もその夢をみているのですね。私はひとつの夢を何度も繰り返し、この三年見ています。あなたの言う夢と同じなのです」
 美和は慌てずに淡々と毎日みる夢の説明をした。そう言えば今朝方は夢をみなかったと思い出す。
 「あなたは何故、私たちを殺すのでしょうか。目覚めると切ない思いでいっぱいになります。理由は何ですか」

 「うーん、弱ったな。気持ち悪く思わないで下さい。僕たちは婚姻関係だったり、恋人だったり、兄妹だったりしてるんです。小さな男の子は僕たちの子供だったり、僕やあなたの弟だったりです。身近な存在だということは確かですね」
 「そうですか。それで殺す理由は何ですか」
 「理由は、その夢毎に違うんです。共通の理由としては、殺さないとあなたたちが酷い目にあってしまうとしか説明ができない。どの夢の時も僕は悲しみにくれ・・・最後は自害してるんです」

 

 あの出会いから美和は夢をみていない。夢がきっかけで知り合った男は人生の伴侶となっていた。お互い自然に惹かれるものがあったから。
 夫との間にもうすぐ子供が生まれる。臨月のお腹を大切そうになでながら、この先のことを考える。幸せな日々の中にある大きな不安。
 
 今世は夢でのような結末にはならないと夫は言う。なんらしかの恨み言を吐いていつも美和は息絶えていたそうだ。草原の夢では恨み言ではなく全てを許すと言ったそう。
 魂は成長して輪廻転生を繰り返す。草原の夢で一歩進み、再びこの世に生まれてきた。今度こそ幸せになれる、いいえ、なろうと思う。
 黒い服は着ない。子供服に赤色は選ばない。
 
 結末は異なるという夫の言葉を胸にしまっている。でなければ結婚はしなかった。殺される恐怖よりも側にいる幸せを選んだのだから。全てを許し再び巡りあった。同じ結末だとしてもまた全てを許すだろう。
 雨の日は夢を思い起こし、懐かしくも切なくなる。魂の惹かれあいを感じる。

 
 
 
 
 
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