エンターテイナー

文字数 1,698文字

「お前ら、山の如し動くな!」
 学校がテロリストに占拠された。
 日本では到底手に入らないだろう銃火器を構えたその連中はどうしてか、いつの時代も折に触れて学校を襲うのである。
 クラスメイトは恐怖に怯え、学校のアイドル的存在であるミーコちゃんは涙を必死にこらえている。
 そんな中、ただひとり平静を保つものがいた。一番後ろの窓際の席、頬杖を突いて、場を冷静に見極めている。この状況を作り出したと言っても過言ではない、その男子の名はレイ君だ。
「ミーコちゃん」と、彼は隣の席にいるミーコちゃんにささやく。「安心して、僕に任せて」
 そう言うとレイ君は席から立ち上がる。
「おいお前! 動かざること山の如し動くな!」
 テロリストがレイ君に銃を向ける。

 この後、レイは自身の能力である不死身の体を用いてテロリストをなぎ倒し、ミーコちゃんとハッピーエンドを迎えるという展開になるのだろうが、しかし、甘いのはもはや現実だけではない。夢の中でさえ自分の思い通りとはいかないものだ。
「やめとけよレイ、震えてんじゃねぇか」
 そう言い放った彼は教室の中央、普段は大人しい藤本君である。
「おいお前! 動くな山の如し!」
「俺にそんなこと言っていいんすか」
 藤本君がゆっくりと両手をあげると、コンパスの針やシャーペン、ボールペンが先端をテロリストに向けつつ浮き上がる。彼は超能力者なのだった。
「藤本君、待って」と、レイ君は言う。
「んぁ?」
「僕一人でいけるから、うん、やめて。そもそもこれ、僕の夢だから、入ってこないで」
「いや、俺の夢なんだけど」
 両者目を見合わせて固まる。
 しかしその瞬間、教壇に一番近い席に座っている女子が席を立った。
「やめとけばあんたら。チビってんじゃん」
「お前! 動かざること山の如し動くな山!」
「いいよ、撃ちなよ」
 そう言う女子は、吹奏楽部に所属していることしか知らない梅野さんである。彼女は体の中に凶暴な悪霊を宿したイタコなのだ。
「梅野サン。ソノ行動は推奨デキマセン。声帯がフルエテイマス」
 そう言って遮ったのは、昼休みにはいつも寝たふりをかましている斎藤君である。
「お前! 山かざること動くの如し!」
 斎藤君は天才的なIQと、過去も未来も行き来できる超スピードという能力を持った、半アンドロイドである。
「銃弾を非効率的に消費シナイタメにも、ワタシに向かって撃たないことを推奨シマス」
「ヘイ、ドントウォーリルックアップ、アイムカミン」
 そう言って立ち上がったのは、廊下側の席で日本語を勉強中の留学生、アンドレである。
「お前、山! マウンテン!」
「オウ、アーユーキディングミー?」
 彼は重力を操ることの出来る――

「待ってって!」と、レイが遮る「なんで僕の夢の中にこんなに邪魔な他人が?」
「いや、俺の夢」
「あたし」
「アンドロイドのミル電気羊ノユメデス」
「It,s mine」
「ヤマ! ヤマ! アァァァァァ! イヤッフゥ!」
 頭の狂ったテロリストは爆散した。
 やがて、テロリストのいなくなった教室は彼ら超人間たちが各々の夢を取り合う戦場と化した。

「もうやめてよ!」とミーコちゃんが言うと、みんなの視線が彼女に集まる「わたしを取り合うのはやめて、お願いだから……」
 教室に平和をもたらしたのは、彼女の涙であった。その涙に湛えられていたのは、他の超人間たちの能力をも超える美の輝きと、平和を願う心であった。
「ごめん、ミーコちゃん」
「ミーコ悪かった」
「わかるかも、あんたの気持ち」
「人間が何故泣くかワカッタ、ワタシには涙は流せナイガ」
「I,ve done some things in my life. I,m not proud of, but this is the first time. I,ve ever felt in real danger of hell.」
「山も動くも如しもみんな、キミを愛してるよ」――。
 
 ――目が覚める。病室っぽい天井と点滴。スマホの時計は午前四時。ポケットに手を伸ばす。お金、お薬、ちゃんとある。けれど。
『地獄の果てまでいってらっしゃーい』
 そんな声がミーコの頭から離れない。
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