第1話
文字数 1,963文字
ちょっと、そこの君。
ああそうだ、君のことだ。ここらでは見ない顔だね、君も出稼ぎってクチかい?
やはりそうか。いや、多いんだ、この街じゃ君みたいな子がね。しかし、それなら君は運が良いよ。こうして僕と出会えたんだから。
ん?僕か?僕は結構この街では顔の利く人間でね。懇意にしておいて損はないだろう。周りの奴から僕はこう呼ばれている――“大人妖精探偵”ってね。
ああ、待ちたまえ。その表情、何も言わずとも分かるよ。大丈夫。ちゃんと説明しよう。僕は“大人”なのだから。
あれはもう二十年くらい前の話になるかな。僕がこの街にやってきたときのことだ。
初めは目を疑ったよ、自分の中の常識がひっくり返されたと言ってもいい。一歩足を踏み入れた途端、そこに広がるかつて見たこともないほどに賑やかで明るい世界、そして夥しいほどの人間が年齢や時に国籍すら超えて集まるこの地に声を失ったよ。
とにかくこの街には全てがあった。
特に、強い日差しが照りつける夏の日、気力も体力も限界を迎えていた時、この街が無一文の僕に恵んでくれた一杯の水は今まで飲んだどんな酒よりも美味かった。この街の懐の深さというもの感じたよ。行くあてもなく彷徨っていた僕に「ここにいていい」と語りかけているようだった。
その時から俺はこの街で生きることを決めた。少しでも恩返しできたらという気持ちもあってね、こうして二十年近くもの間、治安維持のため見慣れない人たちに声をかけたりもしてるんだ。
まあ、そういったところを指して僕はこの街を守る“妖精”と呼ばれるのだろう。
おっと、自分語りが過ぎたね。しかし、こうして話してみるに君はとても悪い奴には見えない。うん、安心してこの街を紹介できそうだ。
この街が三層構造になっていることはここまで辿り着いた君ならもう分かっていることと思う。まずは下層だが、あそこは食料や生活物資の補給がメインだな。そしてバラエティに富んだ料理にもありつける。君の故郷の味もきっと見つかるだろう。ところで君、酒は行ける口かい?後で安く飲める店を教えてやろう。
知識を求めるなら中層を回ると良い。質の良い情報を扱っている店がある。衣服や装飾品なんかもそこで揃えられるだろう。
と言っても、見たところ君にはどうも衣服に強い拘りがありそうだ。
ん?僕の格好か?特に拘っているわけではないが……まあ貰い物だからな。強いて言えば、この帽子も上着も必要に応じて着脱可能という点は気に入っている。
いや、とにかくだ。安心したまえ、格好一つで他人の自由を阻害するような真似をする奴はここにはいないと言うことだ。この街の人々は皆何かしらを抱えて生きている。むしろそう言った自分たりえるものを見失って、世間一般に溶け合っていくことこそを恐れた方がいい。“大人”であるところの僕からのワンポイントアドバイスだね。
よし、最後にここ上層についてだ。この層で注意すべきは今もあそこで異質な輝きを放っているあの場所。そう、遊戯場だ。のめり込んだら最後、全てを吸い尽くされるぞ。俺もかつてはあの妖艶な光にあてられて随分と溶かしちまったもんだ。
けれど、安心してくれ。この層には基本的に俺がいる。君のことは気に入ったよ。困ったことがあればこうしてまた相談してくれればいい。何せ僕は“探偵”なのだから。
……どうした?浮かない顔だね。君の抱えた謎は全て解けたっていうのに。
僕は“大人”であり“妖精”であり“探偵”。それだけのことだ。
おっと、もうこんな時間か。すまない、夜ご飯の時間でね、直ぐに帰らなきゃならないんだ。
ここからラウンジが見えるだろう。その一番奥の席、そこが俺の特等席だ。
じゃあな。頑張れよ。
「店長。今日も来てますね、“フードコートの妖精”」
「ん?ああ、あれ?この間まで“中高年探偵”とか言ってなかったか?『ここ最近毎日トレンチコートにハット姿なんで探偵になりました』とか何とか」
「いや、もう見た目いじるターンは終わりました。今は妖精さんです」
「あ、そう。まあ、何にせよ前の“いい大人”よりはいいかな。もう剥き出しの悪態だもの流石に聞いてられなかったよ」
「あの時はまだまだ私も若かったです」
「いやまだ成人もしてないよね。というか君が生まれた頃からいると思うよ、えっと、妖精さん。僕がこのモールの店舗に移ってからだから最低でも十八年だ」
「店長。セクハラです」
「……すいません。あ、妖精さん、さっきからあれ何してるんだろうね」
「ああ、朝から新入りのキティちゃんにご執心ですね」
「ポップコーン好きなのかな」
「いや、なんか通ずるところあるんじゃないですか。妖精同士」
「キティちゃんって妖精なの?」
「いや、知らないっす」
「……」
「……」
「いらっしゃいませ。ご注文お伺いします」