第1話

文字数 1,095文字

男は性善説を信じている。
人類から犯罪は無くならない。
イジメ、虐待、窃盗…性善説を信じるには世界に悪意が溢れている。
ただ男は人を信じたかった。人間の本性は善だと。無くならない犯罪の起因は生まれ持った悪意ではないと。原因は後天的なもので人の努力次第でなくせるものだと。
だから男は世に尽くすのだ。

「ご婦人、お荷物持ちましょうか?階段を登るには重いでしょう。」
「あら、いいのかい?ありがとねえ。」
「いえいえ、こう見えても力持ちなんですよ!任せてくださいよ。」

男は人を助ける。それが相手の為になるし、自分の為になる。

「すみません、財布落としましたよ!」
「わ、ありがとうございます!気づかなかった!」
「お気をつけて!失くしたらいくら日本でも帰ってくるかはわかりませんからね!」

小さな善行は回り回って世の為になる。

「お嬢ちゃん、迷子かい?お母さんとはぐれちゃったの?」
「ママ…ぐすん」
「迷子センターの人を呼んでくるから待っててね!」

それらが積み重なって、段々と荒天的な悪意を減らしていくのだろう。

「なにかお困りですか?」
「えーっと、日本語が読めなくて…」
「ここを押すと…英語表記になりますよ!」
「本当だ!ありがとうございます。日本人は親切ですね。調べた通りです!」
「いえいえ、当たり前のことです。日本には観光で?」
「観光というより日本人を見に来たのです。一度自分の目で確認したかった。日本人はとても親切で優しいと聞いていましたが、本当のようですね!あなただけでなく、来日してから多くの人の優しさに触れてきました。素晴らしい人々です。」
「嬉しい限りです。」
「本当に感動しています。私の国では死後、聖霊となって天の森へ行くと信じられています。私の国の宗教と日本人の宗教、違うものでしょう。ただ、私たちだけでなく日本人も天の森へ一緒に連れていって欲しいくらいです。」
「そんな大袈裟ですよ。観光、楽しんでくださいね。」



「なんて清々しい1日なんだ。多くの人の力になれた。日本人だけでなく外国人まで…こうした行いが人々の幸せを作っていくのかな、なんてね。今日は疲れたし寝よう。」

男は部屋の電気とテレビをつけたまま眠りに落ちた。

「…緊急速報です。地下鉄の駅構内でテロが起きました。体中に爆薬を巻きつけた男による自爆テロです。現時点で死者100人、負傷者300人以上とのことです。これほどまで大規模な無差別テロはなぜ起きてしまったのでしょうか。警察によると犯人の男は犯行前、『日本人は皆良い人ばかりだから天の森の先祖に会わせたいんだ。いいかい?』と叫んだといいます。何故このような事件は起きてしまったのでしょうか……」
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