只今、勾留中。起訴される見込みは、ほぼ0。

文字数 1,909文字

「で、動機は怨恨、反省の意はなし。これだと刑期が長くなりますが、良いんですか?」
 何度も閣僚経験が有る与党の有力政治家を銃撃した……と言っても被害者は軽症で済んだが……ヤクザの組長に、七〇近い弁護士はそう訊いた。
「まぁ、父親から受け継いだ組ですが、今時、ヤクザじゃ食えねえんで、残りの一生が刑務所(ムショ)暮しってのも有りかな、って思ってましてね。あと、子分達に人生をやり直させるんなら、早い方がいいんで」
「怨恨と言いますが、具体的には……?」
「同じ選挙区の野党候補に嫌がらせをしろ、って言われましてね。それで、そいつが選挙演説中に、選挙カーの中に豚の頭を投げ込んだんですけど……約束の金を払ってくれなくて」
「は……はぁ……」
「結構、高かったんすよ、豚の頭」

「すいません……この事件、公安のカルト関係の部署も動いてんですが……」
 次の面会の際に、担当弁護士はそう言った。
「はぁ……」
「どうも、貴方の犯行直後に、ネット上で、貴方がカルト宗教の『シン家族学会』の関係者だって噂が流れましてね」
「なるほど……」
「しかも、地元じゃ、貴方が狙った代議士が『シン家族学会』とズブズブの関係だったのは、みんな知ってましたしねぇ……」
「まぁ、そう云う意味では、俺も全く関係ない訳じゃねえっすから」
「へっ?」
「ああ、殺したんですよ」
「えっと……今……何て言いました?」
「殺したんすよ、シン家族学会の支部長を」
「あ……あの……その……」
「親父の代からウチの組が世話になってた人の親類が、あそこに騙されて、全財産貢いじまってねえ……。で、赤字覚悟でやったんですよ」
「えっ……と……その……警察にも、その事、言いました?」
「ええ、言いましたよ。殺して山に埋めた、って」
「ちょ……ちょっと待って下さい」
「でも、大丈夫ですよ。警察にも行方不明届けは出てない筈です」
「そ……そんな馬鹿な……」
「センセイ、後ろ暗いところが有るカルト宗教が支部長が行方不明になった位で、警察に捜索願いを出すと思いますか? 被害者の立場でも警察を教団内に入れたら、何が出て来るか判んないんすよ」

「あの……出て来ましたよ、シン家族学会の支部長らしき死体」
「でも、俺が()ったって証拠は……」
「あの人、頭が禿てたのに、衣服に山程、毛髪が付着してました」
「あっ……」
「でも……シン家族学会は、否認してます。あの死体は支部長じゃないって」
「は……はぁ……」

「何て事したんですか? 自白するのはいいですけど、警察の取調べに話を合わせたんですか?」
「はぁ、面倒臭くなっちゃって……もう、死刑でいいです」
「無理です」
「ああ、そうっすよね。俺みてえな屑の弁護をやるのは……」
「違うんです。貴方の自白内容のせいで、死刑も何も、裁判がいつ開かれるか判んなくなったんですよ」
「へっ?」
「だから、貴方、自白する時に警官の言ってる事に適当に話を合わせたでしょ」
「それが何か……?」
「だから、公安が取った調書と、捜査一課が取った調書と、組対(マル暴)が取った調書で、内容がバラバラになってんですよ」

「あの……この間の取調べの時に、警官が怪我してたんですけど……」
「警察内で捜査方針で対立が起きてましてね……」
「それで喧嘩っすか?」
「ええ、この機会にシン家族学会を調べようとする人達と、上からの圧力で、その捜査を阻止しようとしてる人達が……シン家族学会の地元支部の敷地内で喧嘩を始めたんですよ」
「はぁ……」
「全国ニュースになりましたよ」

「あれ? 前の弁護士(センセイ)は、どうしたんすか?」
「ウチの親父も齢で引退しましてね……。まだ、検察は公判を維持出来ない、って判断のようです」
「はぁ……そうっすか……」
「じゃあ、これからは私が定期的に面会に来ますね」
「あたし、どうなるんすか?」
「今の容疑は殺人ですけど……殺人には時効が無いんで」
「はぁ……裁判が終るまで、このままっすか……」
「いつ、裁判が始まるかも判んないですし……裁判が始まっても、被害者も動機も不明な殺人って事になりそうですけどね……」
「まぁ、十年もここに居るんで……結構、慣れちまいましたよ」

「あれ? 前の弁護士(センセイ)は、どうしたんすか?」
「ウチの親父も齢で引退しましてね……。もう、貴方が逮捕された直後の担当者だった警官は、全員、定年退職しましたよ」
「センセイの御一家との付き合いも、とうとう親子3代ですか」
「そうなりますね」
「とは言え、今更、裁判になっても……四十年以上前の事なんで……もう記憶も……」
「でも、仕方ないですよ……法律が改正されない限りは……」
 娑婆では、3回の憲法改正と、1回の戦争と敗戦、10回以上の政権交代が起きていたが、殺人の時効は無期限のままだった。
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