第1話

エピソード文字数 4,990文字

「私、もうすぐ死ぬらしいです」

もう────これで何人目だろう。

ニット帽をかぶった女性が目の前に座る。
歳は50ぐらいだろうか。うつむき加減のため表情までは読み取りづらい。

外来終了後の大学病院は昼間と違い人が少ない。そして声が通る。
それを意識してか、女性は声のトーンを抑えたまま淡々と話を続けた。
どのような病気で、どんな経過をだどり、担当の医師からは余命についていかに配慮の足りない説明を受けたか。
どれだけ残す家族のことが心配か。淡々と、淡々と。話す。

この時間、病院の文書窓口は本来閉じている時間だ。

文書窓口では診断書、傷病手当金申請書など病院が発行する様々な文書の受付となっている。
言うまでもなくそれが本来の業務だ。

ただ、この病院の文書窓口では最近新たなサービスを始めた。

しかも、内容が内容だけに普段の業務終了後に申請を受け付けるという完全に残業仕事。
仕事が増えた…病院事務の同僚たちも内容が内容だけに口にこそ出さないが不満も多いだろう。
俺だってそう思ってる。

ごめんなさい。俺があんなこと言わなければこの仕事は増えなかったのに。



病院に勤めているというと医者や看護師と勘違いされやすいが、俺は普通の事務員だ。

診察券作成や入院診療費の算定・請求、人間ドッグの受け付けなどの医療事務の全般的な業務を行う部署を「医事課」と言う。

あまり聞きなれない医事課の課員。しかも新人。それが俺。

医事課で文書窓口担当となったものの、淡々と申請を受け付け、粛々と関係者に連絡を入れ、文書が出来たら深々と申請者に連絡を入れて、窓口でまた淡々と発行する。
病気に関するセンシティブな内容が多いので情報取り扱いのミスだけは絶対に許されない上に、診断書に関しては医療費控除の対象じゃないだの、A4一枚の紙に代金が高すぎるだの文句まで言われる。

なんていうか、人に喜んで貰えない仕事って続けるのきつくない?人間感謝されるから頑張れるわけだし。
この仕事ずっと続けるかどうか。いや、こんな態度だと俺が見切りをつけるまえに先に首にされる可能性もあるか。

「おーい、新人くん呑み行くよ」

自分のデスクで日報を書いてると机の並び的に誕生席の方角から声がかかる。
この野球のホームベースみたいな顔したおっさんが、上司であり課長の花森さん。
いや、そもそも名前じゃなくて「新人くん」って呼ぶのはもはやパワハラじゃね?
まぁ俺もこの人を心のなかではおっさんと呼んでるからお相子なのかもしれんけど。

で、このおっさ…じゃなかった…花森さんは角顔に黒縁のメガネで、いかにも上司(のおっさん)!って感じなんだけど、なんていうか雑談に飢えているようでよく無駄話に誘われる。

どうも周りの事務員は女性ばっかりなので、気安く話しかけられるのは俺だけしかいないんじゃないかと思ってる。
この推測はたぶん正しいはずだ。いまだ独身で彼女もいなそうだし。

「お前さー、他人に感謝されるような業務したいと言ってるけどさ、少なくともさ、俺は感謝してるよ。生意気だけど仕事はちゃんとやってくれてるし」

あ、ありがとうございます。酒の席おきまりの説教かと思ってたのでちょっと驚きだ。
今日も居酒屋に着くなり「とりあえずビール」ときたから、今時の若者は最初から飲みたいもの飲むんですよ?と教えてあげようかと思ったけど言わなくてよかったよホント。今日ぐらいはヨイショしておくか。たぶんこの流れなら100%奢りになりそうだし、ちょっと高めのツマミも頼んでおこう。

「そういやさ、お前、知ってるか人工知能。あれで我々の仕事なくなるぞ」

そこそこ酔いがまわってきたところで、花森のおっさんからこんな話題を振られた。

「あー、なんか画像診断なんかはもう人間より精度高いらしいですね。でも医療事務とか関係なくないですか?」

「お?若いからさすがくわしいねー。けどね、画像の次はAIによる文章の解析分野も相当進んできてるんだとさ。そんでさ、いま上のお偉いさん達の発案でIT企業入れてAIでどこを効率化できるか検討はじめるんだよね」

「でさ、でさだよ」
無駄におっさんが顔が近づけてまくし立てる。
「AIでさ、効率化してさ、仕事量を減らすとさ、まぁ普通は嬉しいよね。仕事楽になるし。けどさ、その先はどうなる」

────人を減らすだけじゃん?

おっさんが急に真面目な顔になる。
「う…」それはそうですよね。それって最近話題のAIが人間の仕事を奪うってやつですよね…。

「医事課的にはさ、いや…はっきり言って俺的にはさ、仕事は楽にしたいけど、それで人減らすとかやなんだよねー。わかる?」

「それはわかります」

「だからさ、うちのメンバーの仕事量をさ、ドカンと増やしたいんだよね。毎日残業でヒーヒーなるぐらい。わかる?」

え?仕事増やして残業ってなんにですかそれ?さすがにそれは意味わかりませんよ!
表情筋を全力で使って、最大限の怪訝な顔を作り出す。伝われ!この残業に対する不満な顔!

「えー、なにその顔」

伝わった…のか?

「"効率化→仕事が楽になる"って順番じゃなくてさ、"仕事山盛り→効率化で適度な業務量”って流れにしたいんだよね」この順番、超重要。おっさんは、今のメンバーは俺が育てたからみんな超優秀だし手放したくないよね、と自慢げに付け加えるのも忘れない。

────あ、そういうことですか。ちなみにその優秀なメンバーに俺は入ってますか?聞かないけど。

花森のおっさんの話をよくよく聞くと、どうやら人員削減効果より高い価値や効果を示せれば病院全体としては問題ないらしい。

「結構アバウトなんすね」

「大事なのは数字ってことさ」

グラスに少し残ったビールを飲み干してさらに続ける。
「ってことでさ、仕事増やすアイディア考えてきてね。面白いアイディアなら採用するし、呑み代おごりにするからさ」
いやいやいやいや、もともと奢りじゃないの?ってか俺がアイディア考えるの?なんで?

だいたい仕事増やすアイディアってやっぱ指示として変じゃない??

「わかってると思うけど仕事の手を抜くアイディアを求めてるわけじゃないからね。医事課発のイノベーションって感じのヤツ頼むよ」
と言い残ししつつ、花森のおっさんは店の支払いを全部済ませて帰っていった。

どうやら呑み代はアイディア採用の先払いってことで奢ってくれたらしい。



────翌週。

「そのアイディアって、病院のやる仕事なのかなー」「不謹慎と言われるかもしれないけど大丈夫?」「それ”遺書”と何が違うの?」「個人情報の取り扱い的に問題ないの?」

週末に考え抜いたアイディアを披露したとたん、喧々諤々の議論になってしまった。
やっぱちゃんとPowerPointでプレゼンしたほうがよかったのだろうか…ホワイトボードに書いて説明を始めたら、次々と議論が広がりあっという間にホワイトボードが真っ黒になってしまった。

「いいね、いいね、盛り上がってるねー」
花森のおっさんは無邪気に喜んでるし。

俺のアイディアというのはこうだ。
うちの病院はホスピス併設で終末医療の緩和ケアを受けている患者さんも多い。

文書窓口としてその患者さん達向けに”秘密の手紙”の取り扱いを始めるというものだ。

”秘密の手紙”を患者さんに書いてもらって、亡くなった後、指定の日時が来たらそれを届ける…そんなサービス。
手紙を書いたことも秘密、いつ誰に届けるかも秘密、知っているのは患者さんと文書窓口だけ。

「えっとですね、もう少し説明させてください。遺書みたく法的にかっちりというか、亡くなられたらご遺族のみなさんが見るようなものじゃなくてですね…」

思いつきだけど思いつきじゃない。以前からメンタル的な緩和ケアとしてそういうことできないかとぼんやりとは考えていた。
こうやって人前で話すのは初めてだけど。というか話す機会があるとは思いもしなかった。

「ふんふん」

花森のおっさんの相槌はどうもわざとらしい感じがする。
いかにも”若者の意見聞きます”って空気を意図的に出してくるし、これはかなりうざい。
まぁ話を聞いてくれる空気を作ってくれるのは正直嬉しいのだけど。

「指定されればご遺族以外の…例えば友人とかにも届けるって感じなのかな?」
質問が次々と飛んでくる。

「そうそう、そんな感じです!」

「ふーん…」

珍しく花森のおっさんが考え込んでる。

「それさー、友人に宛てた手紙を預かったとして、指定された日、例えば3年後とかにその方と連絡付かなかったら?」

うわー、確かにその通りです。
…まだそこまで考えていませんでした。

「おいおい、そこ考えとけよー!」
おっさんは大げさにズッコけ、そして続ける。
「まぁ、穴だらけだけど、面白いじゃん。俺なら利用するかもね」

会議にはスッと場の方向性が決まる瞬間がある。今日は花森のおっさんのこの一言がそれだった。

事務手続きの手順やら様々なルール決め。想定されるトラブル、法的な問題点の確認から価格設定まで。
とにかく考えることと決めることが山ほどあった。ただ、思ったより上の承認はあっさり降りてGOがかかり、準備の半年はあっという間に過ぎた。

忙し過ぎて、人を減らすどころか増員があったぐらいなので、色々とおっさんの思惑通りの展開なのは悔しいが、なんとか今月から文書窓口で試験的にこの新サービスがスタートできたというわけ。


***


最近、忙し過ぎたせいか気を抜くとぼーっとしていまいそうになる。
無理やり意識を仕事に戻す。

目の前のニット帽の女性の書類チェックがまだ終わっていない。肝心の手紙は未読のまま厳封する必要もある。
まだ作業に慣れないこともあるので確認用のチェックリストを手放すことすらできず焦ってくる。なにしろこれほどミスが許されない作業もない。

もう外も薄暗くなってきている。急がなければ。
    
・・・・・うん、どうやら書類に特に不備はなさそうだ。

そして────最後に一つだけ聞かなければならないことがある。

「もし、受取人の方と連絡がつかなかった場合、お手紙のほうはどういたしますか?」

全員で検討を進めたけど、最後まで解決できなかった課題はこの件であった。
もっとも避けたい状況でもあるし、届けたい相手に関して可能な限りの情報を頂いてはいるが、先のことはどうなっているか誰にもわからない。
連絡が付かない場合はもちろん全力で相手を探すことになるけど、届けられない可能性はどうしても排除できない。
言わば一番重要な問題が残ったまま。だから…せめて文書”窓口”らしく、このことはちゃんと口頭で確認しようとみんなで決めたのだ。

「そのまま破棄しちゃってもらってもいいのだけど…」

女性が初めて顔を上げて話す。

「これ書いてる時って思った以上に楽しかったんですよね。なんだろう…最後のいたずらをしてる気分っていうか。私がいなくなって、記憶が薄まった頃に手紙が届いたら驚くだろうなーとか、よし思いっきり泣かせる内容にしてやろうとか、とにかく色々なことが浮んでは消えて…うん、楽しみができた感じって言うのが一番近いのかも」

「やっぱり…書いたからには読んで欲しいですよね」

「そうねー、うーん…じゃぁ、もし…どうしても連絡がつかない時は、あなたに読んでもらうってことでどうかしら?きっとその時もまだここで働かれてますよね」

え…?俺??それはそのように指定してもらえば一応可能ですけど…。本当に俺なんかでいいんですか??
手元の書類に目をもう一度通す。って言うかこれ、お届けの指定日が5年後じゃないですか!!

いつの間にか外はもう暗くなっていた。
見舞客に許された面会時間帯もとうに過ぎているので人影もない。まるで時間が止まっているかのように静かだ。

「ふふふっ、この手紙…読んだらあなたを泣かす自信ありますよ」

フロアによく通る明るい声で、女性は最後にそう言った。

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