第1話

文字数 1,998文字

 本屋さんで、『登場人物と一緒に照れ笑いしちゃう恋愛マンガ特集!』たるものがあった。
 私は、そのコーナーで一番推されていた見たことも聞いたこともない、スマホで検索しても情報が出てこない、キラキラしたテンプレキャラたちが表紙の異世界転生でチートしてイケメンに溺愛されちゃいました系のマンガを買ってみた。
 私は基本読書で冒険をしない。それなのに、正直表紙の絵が微妙だし、テンプレから一歩も踏み出していなさそうだし、それなら既に所持している神作品を読み直した方が有意義ではないかと思いながらも、なぜかこの単行本を買って読まなければならない強迫観念に似た何かが私を突き動かしたのだ。
 こんなペラいし絵も下手なマンガなのに千三百円もするとか、見える地雷と言っても過言ではないだろう。
 しかし六巻まで出ているし、ある程度は人気があって面白いのかもしれない。
 理性に逆らって六巻まで大人買いしようとする自分の右手をペシンと叩き、一巻だけ購入して帰宅した。
 
「うわ……」
 
 読んでみたところ、まず紙がよくないし印刷のガサガサしていて作品に没入できない。
 そしてそもそも絵が下手だ。イケメンが同じ顔だし、顔以外がペラッペラだし、キャラたちが並んで歩いている絵がエジプトの壁画よりもシュールだ。
 上半身は上から見たアングルなのに下半身は正面からのアングルになっていたり、出てくるたびに魔法学園の廊下の幅や窓のデザインが違うし、キャラの右目に眼帯が時々左になっているし、指が六本だったり、さっきまで主人公たちと一緒に歩いていたキャラが突然「大変なことが起きたよ!」と走って報告してきたり……。
 悪役令嬢のぐるぐる縦巻きの髪の、金髪のキラキラを表現しているだろう細い線がゴミみたいだし、縦巻きが下手すぎてヒモみたいだし、段々と巻きが大きくなってきて顔まで大きくなってきたし、そもそも背景がほとんどないし、モブは三人くらい描いたらコピーアンドペーストで貼り付けているのが露骨すぎるし、キャラのキメ顔ドアップがしょぼいし、見開きで魔法を「カッ!」と使う場面の書き文字がダサいし、何が「カッ!」なのかも全然伝わってこないし、ほとんどストーリーも進まずに一巻が終わるし……。
 この単行本の続きを買った人は、買わないと家族を殺すと脅されたのだろうか。
 ネットショップのレビューなら、「星一つも付けたくありません」が並ぶレベルだ。
 
「何が、『登場人物と一緒に照れ笑いしちゃう恋愛マンガ特集!』だよ……。駅前でお気に入りの本屋さんだったんだけど、もう行くのやめようかな」
 
 ストーリーは、異世界転生をした平民のエリートなのに自分に自信がなくてうじうじうじうじし続けている美少女が、魔法の才能を見込まれて貴族ばかりが在籍する魔法学校に入学、そこで高貴なイケメンたちにチヤホヤされて自信を付けて、選民思想の強い縦ロール悪役令嬢の嫌がらせに耐えて……、この先打ち勝って逆ハーになるのだろうか。
 いつも主人公とイケメンキャラたちが頬を赤らめながら「主人公ちゃんは可愛いね」とか単調なことを言い続けて、主人公は「そ、そんなことないですぅ」と頬を赤らめながら答える。そして、「そんなことないよ。僕のお嫁さんにしたいくらいだな」「きゃっ! 王太子様のお嫁さんなんて……。だけど、私嬉しいなぁ」みたいなクソ会話が繰り返される。
 これを読んで、『登場人物と一緒に照れ笑いしちゃう』人なんてこの世界中のどこにいると言うのか。
 もっと面白い異世界転生モノの小説もマンガも既にたくさんあると声高々に叫びたい。
 探せばいくらでもこのマンガよりは『登場人物と一緒に照れ笑いしちゃう恋愛マンガ特集!』にふさわしい作品もあるだろう。
 
「ふっ、今から売ってこよっと。これを神作品たちを並べている本棚に置きたくないし」
 
 私が立ち上がると世界が光に包まれた。
 
「神である私の描いたマンガにケチをつけるなんて! そこまで言うなら、あなたが『登場人物と一緒に照れ笑いしちゃう』ような展開を作ってみなさいよ! できたら元の世界に返してあげる!」
 
 そんなキャンキャンした声が聞こえたと思ったら、私はなんちゃって中世ヨーロッパ風の庭園にいた。
 
「……………………え?」
 
 私の視界の端には、金髪の縦ロールが見える。
 私は、もしやあのマンガの悪役令嬢になったのだろうか。
 あのマンガでは悪役令嬢はみんなに嫌われている。よってこのキャラをどうしようとも、『登場人物と一緒に照れ笑いしちゃう』状態にはならないだろう。
 
「ただの、嫌がらせ……?」
 
 確かに創作を貶されたらムカつくだろうが、商業作品にはある程度のクオリティーを求めて然るべきだ。私は悪くない。
 
「神様の自信作みたいだし、世界観くらいは楽しんでみますか」
 
 マンガよりも綺麗な景色を満喫しながら、私は静かに現実逃避をした。
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