本当はカッコウ時計

文字数 2,025文字

 私の母が亡くなって2ヶ月が経とうとしている。

 通夜の時に娘はワンワン泣いていたのに、今は小学3年生の彼女なりに理解して「死」というものを受け入れているらしい。行きたくないと騒いでいた実家の遺品整理にもついてきている。積極的に手伝ってくれて、もうすぐ一軒家が空になる。

「お母さん、時計止まってるよ!」

「本当だね」

 指をさしていたのは両親がドイツで買った鳩時計である。脚立を使って取ると、屋根の部分に埃が沢山のっていた。埃に気がついて即座に雑巾を差し出してくれる彼女はいい子に育っている……と思うのは親バカだろうか。

「そういえば、今の時間を教えてくれるのに、『過去、過去』って鳴くの変だよね」

「『過去』じゃないよ、『パッポー』だよ。鳩時計だから」

「そうかなぁ?」

 疑問をそのままにするのは嫌だ、というのは夫に似た所。素敵な部分が似たと思う。辞典やスマホ、使えるものは全て駆使して調べる。この前は「ヤッホー」の意味を調べていた。いくつか説があったけれど、彼女はヘブライ語の神様の名前から来ているっていう説を気に入っていた。

「お母さん!」

「どうしたの?」

「鳩時計って日本だけだって!」

「そうなの?」

 時計をテーブルに置いてから彼女のスマホを覗くと、有名なインターネット百科事典のページが表示されていた。

「確かおばあちゃん、この時計、海外で買ったって言ってたよね」

「そうだね、お父さんとお母さんが結婚式をした時に買ったんだよ」

「これ、本当はカッコウ時計なんだね」

 「過去」ではなく「カッコウ」と鳴くのだと納得した彼女は、スマホをしまい雑巾を洗いに行った。掃除の時にテキパキ動く姿は、どこか母に似ている。
 

 彼女のお父さんであり私の夫はドイツ人だ。

 ドイツビールが大好きで、紳士的でスマート、映画を見てると殺人事件のシーンで笑いだす変なところがある。実家ではミニチュア・ピンシャーを飼っていて、私と付き合う前は待ち受けにするくらい可愛がっていた。

 でも、もうこの世には居ない。夫が亡くなった時、彼女は2歳だった。彼女の中にはお父さんとの思い出がない。彼女は幸せなのかもしれない。私は未だにふとしたことで涙が出そうになる。思い出なんてないほうが……。


 今日やる予定だった所まで整理が終わって、帰る準備をしていると彼女が鳩時計……じゃなくてカッコウ時計を持ってきた。部屋に飾りたいと言う。直るかわからないと伝えても譲らなかった。自分の意思を通そうとする所も夫に似たんだな。

「どうして飾りたいの?」

「お父さんとおじいちゃんおばあちゃんが見守ってくれる気がする」

「……そっか」

 それしか言えなかった。何と言うのが正解なのか私には分からなかった。


 車を運転している間、後部座席に座る彼女はずっと小さな腕でカッコウ時計を抱えていた。


 私は無宗派だが日曜日の手伝える時は、夫の葬儀を行ってくれた教会の礼拝の手伝いに行っている。シスターさんはいつも優しく迎え入れてくれる。その間、娘は近くに住んでいる夫の姉の家で、ドイツ語を教えてもらっている。

 礼拝中は別室で待機し、終わった頃合いで机などをシスターさんと片付ける。のんびりおしゃべりをしながらすることが多い。今日もいつも通りで、祖母のこととカッコウ時計の話をしながら作業を進める。

「司祭様がお話になった死に対する考え方のこと、覚えていますか?」

「え、ええ」
 
 何も覚えていない。あの頃の私は、生きているようで実は死んでいたのかもしれない。寝たくても寝られず、食べ物も喉を通らず、ロボットのように感情がなかったと夫の姉が言っていた。

「仏教では悲しむものですが、キリスト教は違います。葬儀式では思い出話をし、祝福すべきものです。お母さまは仏教なのでどう死と向き合うか私にはわかりませんが、少なくても旦那さんはいつまでも引きずってはいけないと思いますよ」

「……はい」


 目から流れていたものを拭き聖堂を出ると、彼女はベンチに座って待っていた。目があうと「遅いよ!!」と大きな声で怒られてしまった。

「カッコウ時計、直るって! おばさん言ってた!!」

「それ伝えたくて教会へ来たの?」

「うん、神様とお父さんにお礼を言いに!!」


 彼女はそう言って聖堂へと入っていった。少し前まではビクビクしながら入っていたのに、今日は胸を張って堂々としている。私より彼女の方が大人だ。

「少し見ない間に立派な女性になりましたね」

「ええ、夫に似た素敵な人になりました」

 私も彼女に負けない様に、胸を張って歩けるようにならなくちゃ。




 ──お父さん、お母さんのこと、見守っていてね。私も、お母さんのお手伝い頑張るからね。おばあちゃん居なくなっちゃったけど、その分も頑張るからね。
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