ある晴れた日のチート

文字数 1,907文字

「あれバグった?」
 突然のことで俺は首をひねった。より正確には俺のアバターが首をひねっているのだが、とにかくわけがわからなかった。
 俺はここ数年バトルロイヤル形式のオンラインFPSゲームにはまっていた。決められたエリア内へ飛行機で運ばれ、パラシュートで降下、現地で武器を集めて他プレイヤーを倒して最後まで生き残れば勝ち。そんなゲームだった。
 しかし今日に限り、ゲームを起動する途中で寝落ちしてしまったらしい。気が付いたらバトルが開始してしばらくたっていた。
 恐らく飛行機から放り出された直後に、俺は目が覚めたのだろう。
 いつもならパラシュートが開いて戦闘エリアに着地するはずが、いっこうに開かなかった。衣装(コスチューム)も見慣れない浴衣だ。
 今の俺の状態を端的に表すなら、空中静止している。
「とりあえず降りるか」
 ひとり呟いて俺は降下を試みた。操作方法がよくわからないけど、なんとなく高度を下げることができた。
 ひょっとしたらアレかもしれない。デバッグモードという奴だ。開発者がゲームの動作チェックをする際に使う、特別な操作方法ってやつだ。そいつをたまたま俺が実行してしまったのかもしれない。
 原因は不明だが、俺は面白かったのでしばらくこのまま楽しむことにした。幸い操作は直感的で思った方向に自在に飛び回ることが出来た。
 普段なら徒歩で戦闘エリア内を探索しなければならないが、今日は楽して移動できる。他のプレイヤーが見たら、俺はチートしているように見えるだろう。運営からBANされなきゃいいが。
 上空から見た戦闘エリアは地方都市のステージだった。どこか見慣れた街並みだが、それはこのゲームが現実の街をモデルにしているためかもしれない。
 今日はサーバーは過疎っているらしく、人通りはまばらだった。ついでに言うと誰も彼もがやる気がなく、素人みたいな動きをしていた。遮蔽物に隠れながら移動するわけでも、曲がり角でクリアリングすらもしていない。ただぼうっと歩いている。
 ひょっとして初心者ばかりのルームサーバーに俺はぶち込まれたのだろうか。ただ、その割には身なりはしっかりしていた。大半のプレイヤーが軽装で帽子や日傘で身を守っていた。
 このゲームは気候の要素が組み込まれている。今は真夏に設定されているので、薄着でなければたちまち脱水症状でスタミナ切れだ。そうなるとまともに動けず、たちまち他プレイヤーにキルされちまう。初心者の場合、そこらへんに気が配れず夏に厚着してバカを見るはめになる。
「おっとバカ発見!」
 この炎天下に上下スーツに身に固めて歩くプレイヤーがいた。しかも、あの顔は会社の上司だった。上司は自分そっくりのアバターを使っていて、それは上空から見てもわかるほど解像度が高かった。
 俺とその上司はゲーム仲間で、よくコンビを組んで遊んでいた。
 急にいたずら心がわき、俺は上司の真上に移動した。今の自分を見たら、きっと驚くだろう。そっとボイスチャットで俺は話しかけた。
「もしもし課長」
 上司はびくりと身体を震わせると、耳元に手を当てた。よく見ればイヤホンをつけているじゃないか。いつのまに、そんなアイテムが追加されたんだ?
「もしもし、急にどうした?」
「いえ、ひょっとして課金したんすか?」
「お前、何を言っている?」
「いや、見慣れない服装だなって思って。そのスーツのコスチュームって、ひょっとしてネタで買ったんすか」
「冗談じゃない。俺なりによく考えてのことだ」
 上司は仕事でもゲームでもまじめな人だった。今日はいつになく真剣な口調で、思わずつられて真顔になってしまった。
「え、そのコスチューム、そんなに性能いいんですか?」
「そんなことは関係はない。俺にとってかけがいのない友人だったんだ」
 そう言うと上司は顔を上げ、俺と目が合った。その拍子に額に汗が浮かんでいるのが見える。ようやく俺は自分の過ちに気が付いた。
 上司はまぶしそうに太陽を見ると、額に手当てて刺す様な日差しから目を守った。
 そして俺は呆然と先を行く上司の背中を見送った。
 気が付けば上司と似た黒い服を着たプレイヤーが何人も集まっていた。みんな俺のゲーム仲間だった。
 彼らは列をなしていた。
 たった今、列の先頭では俺の親父とお袋が上司に頭を下げている。
「このたびはお悔やみ申し上げます」
「ご多用のところ、お越しいただきありがとうございます」
「まだ若かったのに……死因はなんですか?」
「心臓発作です。ここ数年の不摂生が祟ったみたいで」
「それは……本当に無念だったでしょう」
「はい。大好きだったゲームを遊びながら向こうに逝けたのが、せめてもの救いです……」
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