コロナに殺される

文字数 2,000文字

 #コロナに殺される

 スマホでそのハッシュタグをみた瞬間、私は思い出した。
 会社の食堂。テレビを見ると「感染者過去最大」とテロップが出ている。

 私はコロナに殺されたのだった。

 画面が切り替わり、国会の様子が映し出される。

 「支援キャンペーンは続けます」

 首相はそう言い切った。
 間違いない。魔王コロナだ。 
 この国は奴の影響下にある。
 そうでもなければ、このような矛盾した答弁がまかりとおるはずもない。

 勇者である私は魔王コロナに敗れ、この世界に転生したのだった。
 ここでは私は45歳の平社員。上司から早期退職をほのめかされている。
 しかし、勇者である以上、このまま手をこまねいている訳にはいかない。

 隣に座っていた同僚の伊藤くんに声をかける。

 「あの首相の答弁どう思う?」
 「はあ、あんまりよくわかんないっす」

 同僚とはいっても20代の若者だ。まだ魔王の脅威には気づいていない。

 「感染者が急増する中でキャンペーンを続けるなんて、正気の沙汰ではない。邪悪な力が働いているのだ」
 「そっすか? コロナ対策も大事っすけど、経済も大事じゃないすかね」

 いかん。伊藤くんにまで魔力が及んでいる。
 私は左手の甲に浮かんだ勇者の紋章を掲げた。

 「これを見ろ」
 「へ? 吹き出物ですか?  変なとこにできましたね」

 立ち上がり、念を込める。
 勇者にのみ使うことができる魔王滅殺の力。
 
 「コロナキル!」

 伊藤くんの顔がひきつる。
 力が効いているのだ。

 「山下さん、どしたんすか」
 「ええい! コロナキル!」

 騒ぎを聞きつけて、社員が集まってきた。
 よし、みなも救わなければ。

 「みんな聞いてくれ! この国は魔王に支配されつつある! コロナキル!」

 いいぞ。
 呪縛が解けたのか、みんな呆けたような顔になっている。

 「山下くん。ちょっとこっちに」

 課長が眉間にしわを寄せて近づいてきた。

 *

 私は医務室に連れて行かれた。
 原田という医師の診察を受ける。

 「眠れてる?」
 「私は病気などではない。転生した勇者だ」
 「頭痛は?」
 「PCR検査も行わず、国民の自助にまかせきりでは防げるものも防げない。これは魔王の仕業なのだ」
 「クスリとか飲んでない?」

 原田医師はさっきから、パソコンのディスプレイを見たまま、私の方を一瞥だにしない。
 魔王の影響で、人の心を失いかけている。

 「コロナキル!」
 「とりあえず、薬出しとくんで」

 コロナキルが効くそぶりもない。
 カタカタとキーボードをたたき続けている。
 危険だ。もっと強い念をかけねば。
 
 「魔王にとっては、国民の命など二の次なのだ!」
 「あのね、その魔王云々ってのは現実の話じゃないから」
 「魔王と取り巻きを倒さなければ、国民は貧しくなる一方なのだ!」
 「だからそれ、あんたの妄想なんだって!」

 原田医師が怒鳴った。
 念を込めすぎたためか、私の声もかなり大きくなっていたようだ。
 看護師があわてた様子で部屋を出て行くのが見える。
 だが、彼がこちらを向いた今がチャンスだ。

 「コロナキル・マックス!」

 力を振り絞り、最大限の念を放った。
 頼む。効いてくれ!

 「うーん、わからないかなあ」

 原田医師がまたパソコンに向かう。
 ダメか、と思ったその時。

 「勇者。あなたは少し焦りすぎです」

 私は我が耳を疑った。

 「たしかにこのままでは我々は殺される。でも、今のあなたでは魔王は倒せません」

 この声はまさか。

 「力に力ではダメなのです。この世界にはこの世界のやり方があります」

 伝説の大賢者。
 ハラダー。

 「この世界の民が編み出した最高の知恵。あなたはそれを学ばねばならない」

 看護師が人を連れて入ってきた。
 途端に元の原田医師に戻る。

 「山下さん。では、そういうわけで。会社はしばらく休んでね」

 ハラダー。
 あなたまでこの世界に転生していたとは。

 *

 原田医師には感謝している。
 結局、あの後、私はしばらく自宅で静養し、事なきを得た。
 今ならわかる。あの時の私はおかしかった。国や政府を名指しして「殺される」などとのたまうことが、今の世界でどれほど非常識で危険なことか。あの時、原田医師がうまく言い含めてくれなければ、こうして復帰することもなかっただろう。
 以前のように食堂でテレビを見る。相変わらず野党が首相を責め立てているが、キャンペーンは今も続いている。「#コロナに殺される」などというハッシュタグもすぐに表示されなくなった。左手の

もとっくに消えた。

 つまり、そういうことだ。

 ニュースが切り替わる。
 薬事法違反で医師が逮捕されたという。
 自社の産業医が捕まったというのに、誰も気にもとめない。

 そういうことなのだ。
 闘いは静かに続いている。
 私たちは今も殺され続けている。

 だが、私はあきらめない。
 ハラダーは言ったのだ。

 この世界には、この世界のやり方があると。

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