第1話

文字数 2,019文字

呪わしいのは、この血だ。アリとキリギリスで言えば、キリギリスの血がこの体に流れている。
働くうことより、歌い遊ぶことを好む。歌でも遊びでも食ってはいけない。そう分かっていながら破滅へと進む。祖母の父が、その典型だったと言うから、血は争えないとはよく言ったものだ。曽祖父は東京の一等地を持つほどの財力を持っていたにも関わらず、酒を飲み、博打に興じ、女遊びで借金まで作って亡くなった。祖母の兄は、苦労して出版業で成功を収め、その借金を返したと言うから立派だ。

母方の血も散財癖があるが、父方も大差ない。曽祖父が汗水たらして貯めた財産は、祖父が政治に夢中になって無くなった。それでもまだ残っていた財産のせいで、二人の叔父は金銭的にルーズだった。咲の父と叔父たちは常にお金をめぐる諍いが何かしらあったが、まだ当時は財力に余裕があったので、いつも祖母が献身的に後始末をしていた。S叔父は金のフルートを買い、そのフルートでタクシー運転手の頭を殴ったこともあったし、お金がないのに旅行して、結構幸せな人生を送った。もう一人の叔父も東京に一軒家を建ててもらったのに、不倫騒動で元妻に慰謝料の代わりとして、その家を上げざるを得なくなった。

咲はこのようなストーリーをドラマチック過ぎて、消化しきれずに苦しんでいたが、50歳を過ぎると人生を達観するようになった。あくまでも、これは咲の家族に起こったことで、咲に起こったことではない。祖母の父には、会ったことがない。叔父たちも既に還らぬ人になった。家に財産があって起こるトラブルは、財産がないよりマシとも言える。咲は、咲なりの人生を歩めば良い。輪廻転生を信じるなら、彼らは別の人生で作った借金や借りをその人生で返したに過ぎない。

咲の人生にも汚点がある。咲が35歳だった時、メキシコに6年ほど住んだ時があった。メキシコでは、外国人に不動産を持てない法律があり、咲は元夫の名義で2軒の家を購入したが、帰国の際にその家は元夫のものになった。もちろん、日本の物価から考えると比較的安いものではあるが、悔しい思いをした。日本人会の人が日本人会の名義で買った方が良いとアドバイスもしてくれていたのに、断ったのは咲だった。父は帰国後、咲に「もうあの家のことは忘れて、前に進んだ方が良い。」と賢いアドバイスをくれた。元夫に経済力があれば売ってしまうこともできたが、そんな力があれば離婚などしていないだろう。

”正負の法則”に則って、人生の別の場面でプラスを生み出すことを考える。こうしてのみ、咲は自分を慰める道がなかった。実際、もう殆どその事実さえ忘れかけている。こんな馬鹿なことをしてしまったのも、血筋と諦めるしかないのかもしれない。メキシコの若い男に貢いだ馬鹿な女、それが咲だ。メキシコの経済に貢献、メキシコの貧しい青年に寄付したと考えれば良いかもしれない。結婚詐欺にあって、銀行から金を横領して捕まった女性の話は他人事とは思えない。人間は寂しい、孤独な存在だ。

今、咲は、日本に帰国したお陰で父の面倒が見れている。実際に面倒を見てくれているのは、老人介護施設で、咲は父を見舞いに週3回そこへ、ジュースや菓子パンなどを持って出かける。メキシコでもし幸せな家庭を築けていたら、父のこうした世話はできずにいた。ちょうど、父の世話をしてくれていた弟が大腸の病気で見舞いに行けないので、父はとても喜んでくれている。咲も勤めていた会社を休業中で時間があるので、タイミングが全て良い具合で、天の恵みのようだ。父とは見舞いの度に30分ほど話をするだけだが、ボケ防止になる。咲も見舞いに行くので行きと帰りで1時間ほどの散歩をさせてもらっている。

妹はアメリカに住んでいるにも関わらず、または離れているせいか、咲と仲が良い。親友のような相談相手だ。妹もアメリカに住んで30年になり、海外生活が板についてはいるが、一年に一回は帰国する。咲はこの妹、美里(みさと)と良く家族のサガについて話す。流れている血が同じだから、二人には家族に起こる出来事が血が原因で起こると、納得するのだ。諦めもつく。そして、最近二人とも歳をとったのか、ご先祖様を敬うようになり、悩み事があると、祖先に助けを求める。墓参りに行く、または神社に参るのだ。二人とも単純で切り替えの早いところが似ているので、最後は笑い話に変わってしまう。

どんなに血脈を恨んでも、この遺伝子が伝えられなければ、自分たちも存在しない。そして、姉妹が結束することもできない。問題がなければ学びもない。人への共感もできない。自分以外の人間になることで、家族の中にある好きな部分も手放すのは嫌だ。結局、この家に生まれ、このような性格になること以外に選択肢もない。咲は、自分の血を否定したくないと思った。ドラマのある血の方が面白い。さて、この続きはどんなお話が待っているだろう?


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