第1話

文字数 1,996文字

 駅のホームから飛んだら、学校の教室にいた。
 なにがなんだかさっぱりわからない。本来であれば、自分の体が電車に轢かれた所で痛みを感じる間もなく、永遠の眠りに就けるはずだった。
 学生の頃から友人がおらず、大量採用してるブラック企業に就職し、早朝から深夜まで働くだけの日々だった。
 いくら仕事しても褒められることはなく、意味もなく怒鳴られ続けた。そして、リストラを言い渡された今日、私は自らの命を絶ったはずだった。
「ちょっと、透子。聞いてる?」
 突然話しかけられて我に返る。見上げると、制服を着崩している茶髪のギャルがいた。私に友達がいた記憶なんてほとんどない。ましてやギャルなど、近づきたくもない人種だ。
(というか、今、透子って言った?)
 私は思わず両手を見た。私の手と違い指が細い。そういえば足の感覚だってある。五体満足だが、今までと感覚が違う。
 ふと、ある考えに辿り着いた私は、その場から立ち上がって教室から出た。
「ちょっと待って!」
 後ろからギャルが追いかけてくる。私はそれを無視して女子トイレに入ると、すぐさま鏡の前に立った。思わず言葉を失う。
 鏡に映っているのは、美少女だった。胸まで伸ばした真っ直ぐな黒髪、切れ長の目、小さい顔、長身で華奢な体。その見た目の持ち主は、澄透子。かつて通っていた高校でその名を知らない者はいないと言われていた。
(もしかして、私はこの美少女に生まれ変わったのだろうか)
 鏡の前で自分のものではない容姿を眺めていると、人が転がり込むように入ってきた。先程のギャルだ。
「いたー! ちょっとぉ、いきなりいなくなるなんてぇ」
「どうしたの?」
 彼女はゼェ、ゼェと息をしながら私の方を見上げてきた。
「外川とデートする話なんだけどさぁー!」
「あぁ」
 私はまた思い出す。外川といえば容姿端麗な男子だ。いつも女子に囲まれていて、私はそれを遠くから見ていた。正直、彼に憧れていた。だが、私など彼に話しかけることすら出来なかった。それがこんな美女だと、いとも簡単にデートが実現するらしい。
「行く」
 そう答えた瞬間、目の前のギャルが驚愕の表情を浮かべた。
「えっ!? だって、あの外川だよ?」
「うん、外川君」
「君って、あんたそんな呼び方してた?」
「そうだっけ?」
「とにかく、外川はやめときなって!」
 そのとき、私は不快感を覚えた。この女、私の恋路を邪魔する気なんだ。折角のチャンスを無駄にさせてたまるものか。
「そう? でも私、行くから」
「あーもう、わかった! でも、ひとつだけ言っとく」
「なに?」
「なんかあったら、あたしにLINEして! 話聞くし!」
 ギャルに両手を掴まれる。彼女の顔には明らかに心配そうな色が浮かんでいた。
 美しければ、友人に心配して貰える。私にはそれがなかった。そう思うと、心が憎しみで満たされていく。

 外川とのデートはその日の夜だった。私は塾に行く以外は夜遅くに出歩いたことがない。見た目が華やかな人間は、こんな時間も出歩くのか。そう思うと、ますます澄透子のことが妬ましい。そのような暗い思考に支配されていると
「澄さん、お待たせ!」
 それを打ち消すほどの快活さで話しかけられた。夢にまで見た光景だった。長身で少し長めに伸ばした髪は整えられ、一層彼を魅力的に魅せる。顔が相変わらずいい。
「もしかして、待たせちゃった?」
「ううん、待ってない」
「そっか、じゃ、いこっか!」
 そう言われて、外川が私の手を繋いできた。そこで私は違和感を胸に抱く。そもそも付き合ってもいない男は、すぐ手を繋いでくるものなのだろうか。そう思いながら、私達は二人で歩き始める。
「俺さー、透子ちゃんとデートすんの、夢だったんだよね!」
 呼び方がいきなり『澄さん』から『透子ちゃん』に変わる。その心理的な距離の詰め方に私は、笑いながら相づちだけを打った。
 やがてトンネルの中を通り始めた時、外川が急に歩みを止める。
「透子ちゃん」
「なに?」
 彼が私を壁の方に行かせると、不意にトンネルの壁に手をついてきた。
「俺、もう我慢できないよ」
 彼が必死そうな顔をして私を見つめてくる。
 私は気づいてしまった。あのギャルが言っていたことは嘘ではない。それに外川は、イケメンであるが故にどんな女も自分になびくと思っているのだ。その瞬間、私の恋心は冷め、代わりに妬みに似た感情が生まれた。
 気づくと、私は外川の急所に蹴りを食らわせていた。突然の攻撃に彼は、容姿に似合わぬ汚い断末魔の叫びを上げながら、膝から崩れ落ちていく。その隙に私は来た道を走りながら戻った。
 今、気分はいつになく高揚している。せっかく美しい容姿の女子高校生に転生出来たのだ。こうなったら、悲惨だった私の人生を取り返してやろう。そう考えると、思わず笑みがこぼれた。私は今までの人生で一度も言ったことがない言葉を叫んだ。
「あぁっ、本当に楽しいっ!」
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