メイク・オブ・メイク

文字数 3,158文字

男子はなぜゴスロリ衣装を着てはいけないのか?

中学生のときの、切実な悩みがそれだった。
王子・皇子系があるじゃないかと言われそうだけど、それとは全然違う。
どれがと言われると今でも思い出せないのだけれど、黒くて、退廃的で、悪魔っぽいドレスとかなんとか、そういうものだったと思う。
それにしたって不可能ではないだろうと言われそうだけれど、今みたいな時代とは全然違っていたのだ。

時代は2000年代が始まったばかりの頃。
コアな情報を得る手段は、(たいてい個人の)PCサイトか掲示板(BBS)しかなかった。今のように、youtubeのような動画サイトでメイク術を学ぶなんてことは、考えられない時代。いや、もしかしたらそういうサイトもあったのかもしれないが、僕はそれを見つけ出すことができなかった。
そのような背景でその手の知識に疎い僕は、自分に優しい情報をまったく見つけられず、自分の中学生男子である顔を無情に映す鏡や、無駄に成長していく身体(ただし、激やせしたのはよかった)、一方で、綺麗にゴスロリファッションを楽しむ女子友達(妻や、妻の友人達)を見て、内心絶望を重ねる日々だった。
性別がどうこうとかいう問題じゃない。ただただ、綺麗なものが好きだったのだ。

転機というか、結果的に黒歴史になってしまったのは、高校時代だ。

高校入学と同時にお小遣い制度が廃止され、なおかつ3年間怖くてバイトもできなかった僕がどうやって手に入れたのかは分からないけれど(たぶんお年玉貯金か何かだろう)、白のダッフルコートと、茶髪のセミロングのウィッグを買った。ちなみに、通販である。
情報の少なさを言い訳にしたいのだが、ただ単にサーチ力の問題だったのかもしれない。初めて買ったメイク道具は適当に選んだ百均の口紅と、これまた適当に選んだアイシャドウのみで、はっきり言って自分でも何に使えばいいのか分からない代物だった。なにせ、ファンデーションも、マスカラの使い方もよく知らない(理解できていない)。眉の整え方?チーク?なんですかそれ?状態である。

それでも、手元にはダッフルコートと、ウィッグがある。
本音を言えばゴスロリ衣装がよかったが、上下別で数万円単位はごく当たり前の世界で高すぎて買えないし、そもそも女子用なので入らない。これは泣く泣くあきらめるしかなかった。そもそも、特に顔がいいというわけでもないので、たとえどこからか許可がおりても、着るに着れない。
メーカーさんには申し訳ないが、ダッフルコートとセミロングウィッグは、「買える範囲で最大限選んだ、妥協の品」だったのだ。
それでも、当時の自分にとっては、最大級の「オシャレ」だった。方向性は少数派だろうが、いわば、遅れてやってきた背伸びの時期である。

あの頃の自分を思い出すと、とても微妙な気持ちになる。
まず、その美への意気込みと、勇気は認めよう。うんうん、主張の少ない、気の弱いきみがよくあそこまでやったねと。他方、問題は。

上手い下手以前に、「メイク」の作法を何一つ知らなかったのである。
周りにいる大人の女性といえば母親だけだし、まさか訊くわけにもいかない。
そうするとネットでキレイな人の画像を見てそれを目指すことになるのだが、一体全体、マスカラと紅だけでごく普通の高校生男子がどう生まれ変われるというのだろう。いや、もしかしたら世の中にはすごい人がいるのかもしれないが、僕の知る範囲では、それは想像もつかない。

結果、セミロングウィッグを被った、顔は目元にマスカラ、口元に紅を塗りたくった、どうみても男子、服装はダッフルコート、Gパン、足元はスニーカーという、噴火したひなあられのような人ができてしまった。百歩譲って、本人が目指していたものがそれに近いのであればまだ救いがあったのかもしれないが、当然、まったくそんなことはない。違う意味で、絶望が重なった。当時、「鋼の錬金術師」が流行っていたので、「まるでキメラ(合成獣)だ」と、自分で思ったくらいだ。

とはいえ、若さとは恐ろしいものだ。
そのまま、昼日中の地元に、遠くの駅に繰り出してしまうのだから。

現実の厳しさを思い知った場面がある。
書きたくはないが、侮蔑の言葉とともに、唾を吐きかけられた。
当然、見ず知らずの他人にである。
おまけに、いつまで調べても、メイクというものがわからない。
分からなすぎて、自分を呪った。なにから手をつけたらいいのか、わからない。
大学生になってからはバイトもしていたので美容整形外科のサイトもあちこち探したが、なりたい顔をシュミレーションして費用を算出すると、安くても何百万円もするので、涙を通り越して放心した。けっきょくバイト代の範囲で受けることができたのは、気になっていたほくろの除去だけだった(数万円。レーザーで数回に分けて焼くのだが、皮膚の焦げた匂いが続くので、なんとも居心地が悪かった)。

一度、大学の教授にいきなり「美人になりたいんです!!」と叫んで号泣したことがある。いちおう話を聞いた教授は憮然としながらも、「つまり、麗人になりたいのか」と言い、僕はまったく意味が分からなかったのだが、今思えば、それはそれで半分的を射ている返しだったと思う(麗人:「綺麗な女性」の意)。ただ、冒頭のあたりにちらっと書いたが、自分としては顔かたちが綺麗であれば生物学的な性別にこだわりはないので、「麗人」という言葉に当時は無理解を感じてしまってはいた。
なりたいのは「麗人」じゃないんです、「美人」です!!と。

そのうち勉学や就職のことにかかりっきりになって、「美人」への憧れは少なくとも表面上、行動に出すという意味では、なりを潜めた。ようするに、忘却されたのだ。

ここまで書いていて、これは「黒歴史」の定義に該当するのだろうかという気がしてきた。僕としてはろくな思い出がないので「黒歴史」なのだけれど、今となってはそうとも言いきれないものがあるからだ。

ちなみに僕は、もうとっくの昔に成人して、華の20代ですらない。
なので、あれは過去のこと・・・・・・と言ってもいい。

ところがである。

最近の趣味の一つは、自称「中性化けメイク」だ。
だいたい着物を着ていて、オプションでかんざしや髪飾り、その他小道具がついている。
メイクは、美術・服飾のプロとして仕事をしている妻(そう、あの中学生のときの友達だ)担当。腕前も本気度も、バリバリである。
メインではないがネットにも上げていて、女性の方からの評判がいいので、こりずに続けている。

この話は少し前にさかのぼるが、ものごとの契機は、いやはや突然やってくるものだ。

なんのことはない、きっかけは初めて始めたスマホRPGゲームだ。
推しキャラができた。推しというか、まあ推しは推しなのだが、僕の場合は一味違う。

「この顔になれないと、死ぬに死ねない!死んでたまるか!!」

ドン引かれるのを承知で書くが、こればかりは細かい理由を挙げることが難しい。
けれど、痛切にそう思った。妻に相談を持ち掛けるまでに、焦燥地獄は続いた。

ちなみにこの某キャラは妖艶なヤンデレ戦闘キャラなのだが、あんまり書くとそろそろ恥ずかしいのでやめておく。ただただ、容姿が理想だったのは間違いない。もっと重要なのは、このキャラがいなかったら、今の「中性化けメイク」はおそらくはなかっただろうということだ。

とはいえ、ものごとはやはりそう都合良くはいかない。
顔立ち、特に目元が違いすぎるのだ。

それはそれでそのことに悩んだ時期もあったが、今は「つり目の中性」という自分路線で、基本的に好きにやらせてもらっている。妻にはただただ感謝である。

これをまた、「黒歴史」と呼ぶ日は来るのだろうか。

来るとするならば、言い返したい。

そう思うあんたが、私には「黒歴史」だよと。
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