第1話

文字数 1,993文字

 たくさんのビルと、立ち並ぶ居酒屋が入り乱れる街。建物のひとつひとつから漏れる明かりが夜の街を照らす頃、そこを行く人々の頭上を二羽の妖精が飛び交っていることは、誰一人として知らなかった。

「ほらチッタ、よく見なさい」
「なんですか?」
 チッタと呼ばれた妖精は、自分の師匠にあたる妖精であるルチの指さす方向に顔を向ける。
「違う、お店の中よ。あそこに一人の男性がいるでしょう?」
「はい、いますね。それがどうかしたんですか?」
 純粋な目でそれを聞くチッタを見て、ルチの顔は呆れた様子だ。
「チッタ、私たちの役目は何?」
「人間の出会いを手助けすることです!」
 チッタは即答する。
「はあ......、わかってるじゃない。あなた、座学の試験はいつもトップだったものね」
「いえ、それほどでは!」
「でもね、チッタ。だったらあなたにはなんでまだ私がついているの?」
 チッタの顔が暗くなる。
「それは......、まだ誰のことも手助け出来ていないからです」
「よね、だからあなたは今からあの男性の出会いを手伝うの。出来る?」
 少し不安げな顔をしたチッタだったが、不甲斐ない自分の面倒を見てくれているルチに対して、何度も首を縦に振った。
「そしたらまずは、あの男性になりきってみなさい」
「はい!」
 快活な返事と共にチッタが目を瞑ると、小さな妖精だったはずのチッタは、居酒屋で佇んでいる男と全く同じ姿になった。
「どう? わかった?」
 ルチに対して、さっきまでとは違い低い声のチッタが返答する。
「ふー、いい感じにお腹が膨れてきたな。もう一杯飲むか、それとも帰ってから飲むか、非常に悩むところだなあ。です!」
 チッタの言葉に、ルチは満足げだ。
「わかったわ。そしたら今度は店の外を見て、あそこに女性がいるでしょう?」
「はい、いますね」
 チッタが返答した時には既に、ルチは眼下の女性へと姿を変えていた。
「この女性はね。数年前に彼氏と別れてからずっと出会いがなく、仕事に打ち込むことで気を紛らわしてきたんだけど、最近それにも限界がきたから、そこにある小さなバーに通っているの。もちろん、男性との出会いを求めて」
「今の一瞬でそこまでわかったんですか!?」
 チッタの素直な賞賛に、ルチは少し得意げな顔になりながらも言葉を続けた。
「でも今日はなんの気まぐれか、目の前の入ったことの無い居酒屋とで迷っているみたい。とはいえ、このままだとバーに行くでしょうね」
「なるほど」
 チッタはまだピンとこないといった様子で、ルチの話に熱心に耳を傾ける。
「チッタ、その姿のまま私の手に触れてみなさい」
「はい......、あっ! 相性テストですね!」
 チッタは自分の右手を女性の姿をしたルチの左手に重ねる。その瞬間、二人の体は眩い光に包まれた。
「これって相性抜群ですよね! こんな二人が出会ったら、きっと良い恋愛ができるに違いありません! あー、でもこのままだと......」
「チッタ、落ち着きなさい。だから私たちがいるんでしょ?」
 元の姿に戻ったルチは、もう呆れた顔すらしていない。
「そうでした、ここからが僕たちの本当の役目でしたね」
 言いながらペロッと舌を出したチッタだったが、ルチからすると三十代も目前に控えたサラリーマンがはしゃいでいるようで、ルチはその異様な光景に思わず顔を歪めた。
「......チッタ、あなたも元の姿に戻りなさい」
「えっ? どうしたんですか?」
「いいから」
「......わかりました」
 チッタは腑に落ちない様子のまま元の姿に戻った。そんなチッタにルチが声をかける。
「チッタそれではここからが本番です。選択を迷っているあの二人を、あなたの力で出会わせるのです」
「わかりました! これは得意なので大丈夫です!」
 その言葉と共にチッタは手を高く掲げ、その手のひらは淡い青色の光に包まれた。そのまま腕を振り下ろすとその光は二つに分かれ、男女それぞれをめがけて飛んでいった。
「行っけー!」
 その光は二人に直撃すると、それぞれの中に染み込んでいき、男性は目の前にいた店主に追加の注文をし、女性は居酒屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい! ごめんよお姉ちゃん。カウンターでもいいかい?」
 店主に促されるまま女性が席に着くと、隣には頼んだばかりの生ビールをグイっと飲んでいる男性の姿があった。
「隣、失礼します」
 突然話しかけられた男性は、驚きのあまりむせてしまっている。
「......もちろんです、すいませんちょっとむせちゃって」
「大丈夫ですか? こちらこそ、急に話しかけてしまってすみません」
「いえ、それよりも良かったらこれ食べてみてください、ここのお店のイチオシです」
「ありがとうございます。すみませーん、私も生ビールください!」
 その様子を見ていたルチとチッタの顔は満足げで、二羽の妖精は新たな出会いの種を求めてどこかに飛び去って行った。
 
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