抗って満足して

文字数 748文字

いつからか、締切は登校日ということになっていて、すでに解放されているうちの子たちは、宿題に追われることもなく夏休み最終日を過ごす。
小学一年生の夏休み、五年生、中学二年生、高校生――
その年の夏休みは一生に一度でそのかけがえのなさは大人の比ではないことを痛いほど知っているから、夏が終わることに子ども以上に私は焦る。

小学校も高学年にもなると、子どもは友だちとの世界に重きを置きだすから、私が気にすることなどないのかもしれないけれど

今年もどこにも連れて行ってやれなかったな

自分の罪悪感を軽くするためだけに私はスーパーに行く。ステーキ肉を買う。
一人一枚、私の足の裏とおんなじくらいの大きさのアメリカンビーフを、カットせずそのまま焼いて供する。
わあ、と感嘆符付きで喜んでいた声はもう聞かれはしない、それでも普段はちまちまと薄く小さい肉ばかり並ぶ食卓に、どん、と置かれたステーキ肉の存在感はなかなかのものだった。
ナイフとフォークを使って食す。
塩と胡椒とニンニクと肉、湯気と香りと肉汁とカチャカチャとなる皿とカトラリーのぶつかる音、大きめにカットして口いっぱいに頬張ると別に冬でもいいのだろうが何故か夏! という気がして私は胸を撫で下ろす。よかった。今年も夏を満喫した。私はようやく満足する。

果たして子どもたちがそれで夏に満足したかはわからない。尋ねさえしないのは、彼らの中ではおそらくステーキと夏は取り立てて繋がっているものではないことを私が薄々感じているからに違いなく、それが確定して私の目論見が外れてしまうのが嫌だからに他ならない。
そうして私は許しを得る。夏が終わることを、私の中だけで完結させる。二度と取り返しのつかないものを、まるで一気に手中に収めたかのような気になって。一人千円かそこらで済む話で。
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