第19話 逢瀬(8)別れとなかったこと

文字数 3,187文字

もう6月になった。今年は梅雨に入るのが早かった。毎日雨が降ってうっとうしい。直美から7月の帰省予定のメールが入った。[7月8日(金)9日(土)の予定]。仕事の予定を確認して[了解]と返信した。

今回はいつもとは違う1泊2日の予定だった。おそらく最後の逢瀬となるのだろう。僕はいつもと同じ2泊3日の7月8日(金)9日(土)10日(日)の予定でホテルを予約した。

◆ ◆ ◆
今年は梅雨入りも早かったが、梅雨明けも早かった。7月に入ってから30℃以上になる真夏日が続いている。

7月8日(金)午後から母親と早めの墓参りに行ってきた。金沢のお盆は旧暦の8月13日~16日ではなく、7月13日~16日となっている。期間中はどこの墓地でも車で込み合うので、それよりも早めの日を選んでお墓参りに行っている。

タクシーを待たせて順序良くお墓を回っていく。実家の墓は小高い山の墓地の中腹にある。まず、墓地の入り口でお供えの生花を買う。キリコ、ろうそく、線香は母親が準備してくれている。始めに実家の父の墓をお参りして、次に父の本家の墓、それから近くのお寺院にある母親の実家の墓をお参りする。

今日はまだ時期が早いのでどこも空いていて短時間で回って済ませることができた。丁度3回目の父親の墓参りだった。毎年墓参りが済むとほっとする。母親もほっとした表情を見せていた。こんな日は遺品の整理が進む。母親も処分する品物には徐々にこだわらなくなってきている。

いつもと同じ7時過ぎにホテルにチェックインした。部屋に着くとすぐに直美にメールを入れる。[1217到着]。すぐに部屋の電話が鳴った。すぐに部屋に来るという。

しばらくして、ドアをノックする音がした。すぐに中へ入れて、2か月ぶりに抱き合う。

「お風呂に一緒に入りたい」

「いいよ、洗いっこしよう」

はじめは直美が洗ってくれる。僕が先に洗ってあげたら、直美の腰が抜けて僕が洗ってもらえなくなったことがあったので、彼女が僕を先に洗ってくれるようになっている。

僕が終わると、いつものように手に石鹸をつけて彼女の身体を擦って洗い始める。彼女はなすが儘になっている。気持ち良くてうっとりしているのが分かる。

お互いに洗い終えると、バスタオルで身体を拭いて、そのままベッドに座ってレモンサワーで喉を潤す。

ここに来る途中、新幹線の中でも、お墓参りから帰ったあとも、最後になる逢瀬でどうして愛し合おうかとずっと考えていた。ここのところの逢瀬で彼女と新しく見つけたすごく快感の得られる体位をとりいれて、これが集大成といえるように、何回も頭の中で作り直した。あとはもう直美の反応次第で臨機応変で愛し合えばよいだけだ。

直美はどうしてほしいか今日は口に出さなかった。きっと僕が考えてきてくれていると思っていたはずだ。僕たちはそんなことがお互いに分かるようにまでなっていた。

二人はもう待てなかった。横に座っていた直美が僕の右手のうえに左手を重ねた。それを合図に直美との最後の愛の交換のために考えていたシミュレーションを実行して行く。

思っていたとおりに直美はすぐに昇り詰めていった。それから何度も何度も体位を変えるたびに昇り詰めていた。ひとつのひとつの体位の快感を確かめるように、次々と変えられる体位で襲ってくる違った快感を確かめて楽しんでいた。

押し殺して何度も発するうめき声が僕を鼓舞していた。そして、お互いに足を絡めて同時に行くことができた。心身ともに一体となったと感じることができた一瞬だった。

◆ ◆ ◆
直美は僕の腕を枕にしてこちら向きに抱かれている。そして僕の回復を待っている。

「あなたに言ったとおり、母が亡くなったのでもう帰省する理由がなくなりました。こうして会えるのも今日限りになりました」

「そうか、覚悟していたが、今日がやはり本当に最後になるのか」

「母が2月3日に亡くなってからしばらくは、お葬式、役所などへの手続き、相続の手続き、遺品の整理やらで、2週間おきくらいで帰省していました。主人や妹とも一緒に帰っていたので、お会いする機会が作れませんでした」

「例え君の都合がついても僕は2か月毎にしか帰れないから仕方なかった」

「それで、ようやく家財の整理ができて、相続も完了しましたので、今日は家屋と土地の売買契約を終えました」

「実家を処分するの?」

「お隣さんから家族のために増築と駐車場を広げたいので、できれば実家を購入したいというお話があったのでお売りすることにしました。妹と相談して決めました。私は大阪に自宅がありますし、妹も東京に自宅がありますので、ここに住むことはもうないと思うので思い切って処分することにしました」

「ご主人もここの出身だから二人で戻ってくることはないのか?」

「主人もここに実家がありましたが、3年前に処分しました。主人の両親は5年前には二人ともなくなっていましたから」

「ずいぶん若くなくなられたんだね」

「二人とも60代で亡くなっています。だから主人は自分も早死にするのではないかと心配しています」

「大丈夫と思うけど、でも人間なんていつ死ぬか分からないからね」

「二人の生活はもう大阪にありますから、もう戻ってくることはないと思います」

「そうか、僕も母親が亡くなったらそうするかもしれないな」

「明日はお盆には少し早いけど、主人と10時30分に駅で待ち合わせをして、両家のお墓参りに行きます。そのあと、一緒に大阪に帰ります」

「お墓参りは少し早めがいいね。僕も今日母親と済ませてきた。なぜご主人は今日一緒に来なかったの?」

「どうしても予定した仕事があったので、明日大阪から直接来て日帰りする予定です。今日は土地家屋の売買契約があるので私一人で来ました。代金の振り込みを確認しないといけないので、ウィークディじゃないと不動産の売買契約ができないんです」

「最後の日がうまく作れてよかった。本当に今日が最後になるんだね。もう決して思いを残さないようにしたい」

回復した僕はすぐにまた直美を愛し始めている。今度は直美の気に入った体位の時間を長くして組み立て直すことにした。二人とも少し疲れてきているが気持ちは全く萎えていない。その気持ちが先走っていく。

◆ ◆ ◆
僕たちは夜半過ぎまで愛し合った。心地よい疲労が眠りを誘った。そして直美は僕にしっかり抱きついて眠った。僕は夜中も気がつくと彼女を抱き寄せていた。彼女もまた僕に抱きついていた。

明け方、直美が僕に抱きついてきたので目が覚めた。これが本当に最後になると思って、思い残すことがないようにと、また愛し合った。

そして、その愛し合った痕跡をすっかり洗い流してしまうために、二人で最後のシャワーを浴びた。

お互いにバスタオルで拭き合って、ゆっくり身づくろいをする。

「今度生まれ変わったら結婚したいね。君と別の人生を生きてみたい」

「でも、こうして再会できたことで、私はあなたと別の人生が経験できました」

「僕が君に対してずっと持っていた心残りが今はもう跡形もなく消えてしまった」

「私もそうかもしれません」

「このまま何もなかったことにして、嘘をつき続けていれば本当になかったことになる。僕はそれでよいと思っている。ありがとう」

「お礼をいうのはこちらの方です。ありがとうございました」

「本当にもう二度と会えないのかな?」

「次に会えるとしたら、同窓会だけど、余計に一泊する理由は見当たらないと思います。でも正当な理由があって、一人で帰省して宿泊する予定ができたら連絡します」

「ああ、期待しないで待っているよ」

「ええ、期待なさらないで下さい」

「さようなら」

僕は部屋を出ようとする直美をドアの手前で後ろから強く抱きしめた。あの時とは真逆になった抱擁だった。

「さようなら」

直美はしっかりした口調でそう言って、もう振り返らずにドアを開けて出て行った。
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