第1話 怒鳴られる

文字数 1,353文字

「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

 某ハンバーガーチェーン店にて私はお決まりの台詞を言った。

「魚の揚げ物が入ったハンバーガーとポテトとアイスコーヒー」

 客である老婆がだるそうな声で注文した。魚の揚げ物のハンバーガーとはバーガーフィッシュのことだろう。カタカナのメニューが言えないのか独特の表現で注文してくる高齢者は多い。だったら手元のメニュー表を指差してくれた方が何倍も分かりやすい。

「バーガーフィッシュ、ポテト、アイスコーヒーですね。ポテトとアイスコーヒーのサイズはいかがいたしましょう?」

「一番小さいのでいいよ」

「それぞれSサイズですね。お会計820円になります」

 老婆は財布を取り出し、指をペロッと舐めた。唾で湿らせた指で札束から一枚の千円札を差し出した。

「1000円お預かり致します」

 私は別に潔癖症というほどでもないが、さすがに目の前で唾をつけられると引いてしまう。老婆が触ったところをさわらないように千円札を受け取り、お釣りを手渡した。おつりの硬貨もきっとどこかの老人の唾で汚れているだろうが、諦めて触った。後で手を洗おう。

「お品物の準備ができましたら、番号でお呼び致します。あちらでお待ち下さい。次にお並びのお客様、こちらへどうぞ」

 客を一人さばいて、次の客を呼んだそのとき、客をさえぎり一人の老人男性が割り込んできた。

「おい、あんた!俺は10分も前に注文したのにまだできてないのか」

 老人男性が大声を出して私をにらみつけている。私の記憶が確かなら、この男性は先程の老婆の前の客、つまり注文からまだ5分と経っていないはずだ。しかし、ここでバカ正直にそのことを指摘しても火に油を注ぐだけなことは経験上知っている。

「申し訳ございません。ただいまお昼時で大変込み合っておりまして…」

「帰りのバスの時間があるんだ!早くしてくれ。それか家に届けてもらうことはできないのか」

「申し訳ございません。当店ではそういったサービスは行っておりません」

「だったら早くしろ!バスに乗り遅れたら、タクシー代を出してもらうからな!俺は急いでいるんだ!」

 まだ怒りがおさまっていない様子だが、老人男性はもといた場所に戻っていった。

(助かった…)

 去っていく老人男性を怪訝な目でみつつ、次の客が私の前にやって来た。

「チキンエッグバーガーとポテトのLとアイスコーヒーのLをお願いします」

 注文を聞きつつ、私は心の中で別のことを考えていた。

(いったいいつからだろう。こんなにクレームが増えたのは…)

 今の客ほどではないにしろ、「早くしろ」、「あと何分かかるんだ」といったクレームなんて日常茶飯事だ。しかもその大半が高齢者だった。

 もちろん、本当に混んでいて長時間お待たせすることもある。ただ、若い人ならスマホをいじっているので、たいしてクレームにはつながらない。それに比べて老人はやることがないのであろう、5分も待てなくなっている。さらにハンバーガーショップの立地が駅前ということも災いして、バスの時間を気にしつつ、腕時計と店員を交互ににらんでくる年寄りが本当に多い。私は16歳にして、高齢者相手のサービス業に疲れきっていた。
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