第１話

　本当にそれで大丈夫？もうちょっと確認したほうがいいんじゃない？僕が見る限り誤字脱字がたくさん…。
　いてっ！そんなに強く叩かなくてもちゃんと仕事しますよ。それにしてもあなたは相変わらず自信満々だなあ。

　ほら、言わんこっちゃない。また課長から数字の間違いを指摘されてる。あらら、そんなに言い訳しないほうがいいんじゃない？あなたの課長、真面目にコツコツがモットーのイエスマンが大好きなんだから。がむしゃらに突っ走る『熱血人間』のあなたとは水と油。
　ここは素直に言うことを聞いていた方がいいんじゃ…っていつも言ってるけど伝わってないよね。あーあ、今日もまた課長と派手に言い争っちゃって。
　しかし、入社してまだ１年ちょっとなのに、あなたの仕事に対する情熱は凄まじいね。細かいミスを気にするよりも１秒でも早く相手に情報を伝える行動力、自分の目標に向かって実直で１ミリも妥協しないひたむきな姿勢。あなたに付き合って日付をまたいで一緒に仕事をしたことも何度もあったね。
　ただ、仕事熱心なのは素晴らしいけど…もうちょっと課長とうまくやれればいいのにな。この調子だとこれからも衝突が絶えないんじゃない？それじゃあ、あなた自身も実力を存分に発揮できないんじゃないかなあ。
　
　その一方。僕の隣で一緒に働いている相方は呑気なもんだ。僕と違って使われる頻度が少ないもんだからって。あれ？また昼寝してる。出番が来ても知らないぞー。

　おやおや、さっき課長に怒鳴られたのが効いたのかな。いつもと違って書いた文書を慎重に読み返している。そうそう、その感じで仕事をしていけば、これからもっとこの会社で…って、え？あれ？これはまさか…『辞表』？…そうか、辞めちゃうんだね。
　誤字脱字は…僕が見る限りはなさそうだね。短い間だったけどありがとう。一緒に仕事ができて楽しかったよ。あなたのバイタリティなら他の職場でもきっと活躍できるはず！…ただ、やっぱり、作成した文書はもう一息置いて見直した方がいいかな。
　辞表、完成したみたいだね。それじゃあ送るよ。
　カチッとね。
　僕はあなたの手元でいつも一緒に仕事をしていたマウスの『左クリック』。あなたの思いを綴った辞表、ちゃんと課長に送信したよ。
　しかし、イマドキの会社員は辞表もメールで済ませちゃうのか…。