ジュリエットっぽい私、悩む

文字数 1,612文字

 昼休み。

 今、私は猛烈にカルピスが飲みたい。

 けどカルピスってどことなく子供っぽいイメージがないだろうか?

 はたしてそれは、学園のジュリエットと呼ばれる私に相応しいのだろうか。

 実際、背後では後輩たちが――

「見て、月詠先輩が自販機の前でなにか悩んでるわ」

「もしかして、お口に合うものがないんじゃない? ほら、月詠先輩はいつもはハロッズのイングリッシュ・ブレックファスト・ティーとか飲んでいるから、普通のお茶は――」

 いや、イングリッシュなんとかなんて知らない。

 先輩は見た目がお嬢様なだけで、中身は偏差値四十八で、苦手な科目は英語な一般女子なのだ。

 それにお嬢様というのも、友人行きつけの美容室に髪型改造されて縦ロールになった結果でもあった。

 そして、今、私は猛烈にカルピスが飲みたい。

「月詠先輩、まだ悩んでいるわ」

「せめて、サー・トーマス・リプトンのアールグレイでもあれば」

 リプトンは知っているけど、サー・トーマスなんて知らない。

 私はどれだけ美化されたイメージを持たされているのだろうか。

 荷が重いが、そう噂している多くは可愛い後輩たちなので、無闇にイメージを壊したくもない。

 となれば、この自販機における候補は三つ。

 普通の紅茶、ブラックコーヒー、ミルクティーだが、――私はカルピスが飲みたい。

 うぅぅむ……

 悩むこと、すでに一分半が過ぎようとしていた。

 だがその時――

「お先に失礼」

 そんなセリフとともに、横から手が伸びてきた。

 手はすばやく、ICカードを自販機に押し付け、迷うことなく一つのボタンを押した。

「月詠、遅いよ」

 そう言ったのは、私の友人――如月である。

 だが、ただの友人ではなく、

「きゃ、如月先輩よ。今日もかっこいい」

「月詠先輩と如月先輩が並んでいるわ。ロミオとジュリエットの完成よ」

 私がジュリエットと呼ばれるのに対し、ロミオと呼ばれている――如月も女子だけど。

 そして私と違って、

「如月先輩が飲むのはカルピスみたい。意外と可愛いわね」

「でも、そういう意外な一面もいいわよね」

 如月は取り出し口から、白地に水玉模様の缶――カルピスを取った。

 こういうことを堂々としても、イメージを壊さないやつだった。

 ちなみに、カルピスのスイッチには売切の赤い文字が点灯していた。

「……」

 私は横目で如月を睨みつける。

 だが如月はそんな私になど意に介さず、

「さて、それじゃ次は月詠の番だよ――っと言いたいところだけど、ここであんまり悩み続けると、他の子が買えない。ということで、私のおすすめを」

 勝手に紅茶を書いやがった。

「月詠先輩は紅茶を飲まれるみたいね」

「やっぱり紅茶が好きなのね」

 どうやら、私のイメージは壊れなかったようだが、勝手にこういうことされると腹立たしい。

   /

 後輩はともかく、同級生――とくにクラスメイトは私にお嬢様なイメージを持っている人は、まずいない。

 だから私は教室では堂々と庶民的なタコさんウインナーの入ったお弁当を広げ、

「ああいうこと、勝手にされると、ちょっとムカつくんだけど」

 如月に抗議する。

 だが如月は私など意に介さず、

「でも、ジュリエットがブラックコーヒーよりいいだろう?」

 さらりと言う。

 どうやら私のお嬢様イメージが気に食わないらしい。

 このぉ……。

 べつにお嬢様がブラックコーヒー飲んだっていいじゃない。

 だいたい、

「甘ったるいの苦手って前言ってたくせに」

「たまにはいいよ」

 如月は紅茶を口に含み、私の手元にはカルピスがあった。

 もし私が飲みたかったのが、甘くないのであれば、交換もできただろうけど。

 まったく、腹立たしい。
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