第4話 JD さくら

文字数 2,433文字

大学生の俺は
虚しく、空っぽの人生を送っていた。

今何かやりたいことがある訳でもなく、
将来に何か目標がある訳でもない。

ただ漠然と苛立ちを覚えながら

自分と似たような空っぽの仲間達と
中身も頭も空っぽの女達と

悦楽にまみれた刹那的な日々を
無為に消費して過ごして行くだけ。

そんな生き方、そんな生活、
そんな毎日だった……。



「えっ? 何?

さくらちゃんって言うの?

すげえ、いい名前じゃんっ」

ヤリ友の女が、
合コンに女子大の同級生を連れて来た。

「私、こんなの聞いてません
帰りますっ!」

馬鹿女が合コンだとは言わずに
騙して連れて来たらしく、

さくらという女は来るや否や
いきなり帰ろうとしている。

眼鏡を掛けた黒髪の超ロング。

一見、THE地味みたいな女だが、
実は超いい女で間違いない。

俺は一目でその女が気に入った。


「まぁまぁ、そう言わずにさぁ、
こういうのも社会勉強だから」

俺は彼女の腕を掴んで、
無理矢理、席に着かせようする。

触れた瞬間、
電気でも流れたかのような感覚があったが、
まぁ、おそらくは静電気だろう。

「そうだよ、さくらっち

いっつも暗い顔ばっかりしてないでさあ

たまにはこういうとこで
羽目外さないとぉ」

おめえは羽目外し過ぎなんだよ、いつも。


「……私に関わらない方がいいですよ?
死んでしまうかもしれませんから……」

口では嫌がっているが
俺の腕を振り払おうとはしない。

やはりこの女は
強引な押しに弱いタイプと見た。

「おいおいおい、
なんだよ、さくらちゃん

随分と面白いネタ持ってんじゃん

何? オカルト的なやつ?

そう来たかあ……
そういうので、爪痕残す感じかあ」

「さくらっち、
そんなネタ仕込んで来るなんて
やる気あんじゃんっ!」

彼女の目に溜まっていた涙が
頬を伝って零れ落ちる。

「……違うんです

……そんな、そんな、
笑えるような話じゃないです」

その涙に一瞬怯んだ俺が
掴んだ手の力を緩めた隙に、

彼女は走って逃げて行った。

ちっ、逃げられたか……。

まぁ、いい、
逃がしはしないよ、悪いけど……。

-

それから、ヤリ友の女から
さくらの連絡先やらを聞き出した俺は
猛烈なアプローチを開始した。

これまで、
女なんか性欲の捌け口ぐらいにしか
思っていなかった俺が

たった一人の女に
熱くムキになっちまってる。

くだらねえ目的過ぎて
自分でも笑っちまうが、

それでも何か目的があることに
妙な充実感すら覚えちまう。


「この間は、
笑ったりして悪かったな……

ああいう飲み会の席だったからさあ

俺さぁ、
そういう話しに詳しい人とか
知ってるから」

中々、連絡をよこさないから
女子大の前まで押し掛けて
無理矢理に彼女を捉まえた。

やっぱりこの女
強引な押しに弱い。

申し訳ないが、
俺は遊び人で悪い男だから、

こういう世間知らずの
箱入りお嬢様を騙すのなんて
造作も無いこと。

善人のフリをして
親身になって話を聞いてやって、

それなりのことを言ってやれば
すぐ騙されてくれる。

-

何度か、直接会って
話をするようになって分かったのは

まぁまぁ、本気で
オカルト信じてるヤバい女だってことか。

今も俺は、夜の公園のベンチに
彼女と二人で座って
話を聞いてやっている。

そろそろ今夜あたり
お持ち帰りでも出来そうだと
踏んでいるんだが……。


彼女のいつもの
辛い身の上話が終わると、

そのチャンスはやって来た。

ベンチで見つめ合う二人。

俺は彼女の頬に右手を添えた。

――目を潤ませてやがる

やっぱりこんなオカルト女、
ちょろいもんだぜ

そのまま、
俺は唇を奪う。

えも言われぬ刺激と興奮。

全身に電気が流れて
感電したみたいだ。

彼女の目からはまた
涙が頬を伝って零れ落ちる。

「……ごめんなさい

なんだか、
懐かしい人に
会ったような気がして……」


彼女に触れ、その言葉を聞いて
何故だかよく分からないが、
胸がかきむしられるように苦しい。

涙を拭うこの女が、
この上なく愛おしく思えて来る。

このままここで
押し倒してしまいたい。

魂が、心が、本能が、体が、
目の前に居るこの女を欲している。

抱きたくて、抱きたくて、
仕方がない。

それはもう渇望に近い。

気が狂ってしまいそうだ……。


……だが、
俺の体が動くことは無い。

すくんで、固まって動かない。

この女を抱いてはいけない

誰かが何処かから
ブレーキを掛けているような……

そうとしか思えない。


ジリジリと焦げ付く胸の内、葛藤。

だが、俺は
それに従わなくてはならない、
何故かそう思っている。

心の刃を、気持ちを押し殺して、
俺は喉から声を捻り出す。

「……今日は、もう随分と
遅くなってしまったから、
そろそろ帰ろうか

お家まで送って行くよ……」

おおよそ、
普段の行いからは想像もつかない、

肉食生活の性獣には似つかわしくない、
まるで紳士のような対応。

これは本当に俺なのか?

一体どうしちまったってんだ、俺は……

-

数日後、俺は
渋谷で彼女と歩いていたところに
突っ込んで来たトラックに跳ねられて死ぬ。

もちろん、さくらを庇って。

その時、やっと思い出す……。

自分が何者で、
何故ここに居たのかを。

赤く光る目をしたトラック運転手、
そこに居る悪霊は、俺の魂が、
道連れとして、霊界に連れて逝く。

…………

そうか……

霊感が強いさくらは、
身近な者と同じ魂を持つ俺に
何かを感じ取っていたのか……

俺は全く気づかなかったというのに……。


さくら……

もう、お前と、
契りを交わすことは出来ないのだな……
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