第1話

文字数 907文字

 昔、ばあちゃんといっしょにババ抜きをしたことがある。
 ばあちゃんは豪快で商魂たくましい人で、じいちゃんの生家である日用品商店を主なきあとも一人で切り盛りしていた。商売一筋、さらに今や化石扱いされる、昭和一桁どころか大正生まれの人間なので、トランプという娯楽にふれたことがなかったらしい。
 なもんで、子どものおれが両親といっしょに「ババ抜きしようよ」と言ったときの目をまんまるにした表情は忘れられない。まるで兵隊さんが銃を捨てて、いっしょに踊りましょうと誘ってきたくらいの衝撃だったのではないか。
 初めてのババ抜きはルールを理解させるのも大変だった。ばあちゃんは手持ちのカードを思いきり、机の上に広げてしまうんだ。誰にも見せないようにっていうのが意味不明だったんだろう。どこまでもオープンスタイルで、おれはそれらを見ないようにするのに四苦八苦していた。
 挙句、ババを引いたときにポーカーフェイスというものが一切できない。ババと目が合った瞬間、ばあちゃんは盛大に「あんらー!」と叫んでしまう。その間抜けな叫び声に、こちらはげらげらと笑うしかなかった。
 でも、実はおれや両親が笑っている隙をねらっていたのか、ばあちゃんはいつの間にか一抜けを勝ちとることが多かった。こっちが思考停止しているあいだにも、ひょいひょいとマイペースにカードを取っていってしまうんだ。幼かったおれはいぶかしんで「ズルしてない?」と尋ねた。
「人生はうんぷかんぷ」
 と、謎の呪文を唱えられて煙に巻かれた。今ならばあれは運否天賦のことを言っているとわかる。運命は天の定めであるということ。要はトランプも運しだいだと言いたかったのだろう。思いきり間違って使っていたけど。
 かんぷだと、運命は勘しだいってことになる。ある意味、ばあちゃんは勘でカードを引いて、運命を自分側へ引きよせていたのかもしれない。
 おれがまるで勝てないのを悔しがっていると、庭のほうで猫が鳴いた。ばあちゃんは野良猫に時折こっそり餌を与えていたらしく、勝負の途中でもさっさと放りだして行ってしまう。置いていかれたカードの中で、ババがにやりと笑っていたのを覚えている。
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