第1話
文字数 10,235文字
1
mimi:
へえー。
あそこのダンジョンってそんな行き方があったんですね。
だけどわたしとしては、かれこれ三年もネット友達をしてきたケイさんと今更好きなゲームの話をして、しかも同じマイナーゲーをやりこんでいたことがとにかく驚きです。
やっぱりダンジョンの隠しルートにはレアなモンスターがいたりするんですか?
kei:
レアモンスター、いるよ。
何がいるかは、ここで書いて楽しみを奪わないほうがいいかな。
まぁ、もうだいぶ昔のゲームだ。現在熱心にプレイしていないのなら詳細に書いてしまってもいいだろうけど。
というか、もう三年になるのか。
君が当時は中一で、僕が高一か。
何がきっかけでこのようにメールのやりとりをするようになったのか、もう忘れてしまったな。
しかも今はもっと手軽な短いメッセージのやりとりがネットコミュニケーションの主流だというのに、なぜこんな文通めいたことをしているのかもよくわからないね。
僕にはなんとなく、君に対してはメール、というイメージがあるから全くこれで構わないんだけど。
mimi:
そうですね。
今熱心にプレイはしていませんけど、仮にしていたとしても、わたしはネタバレは気にしない派です。
とりあえず、押し入れからゲームを引っ張り出してきて、隠しルートに行ってみます。
もしかして、ゲームのバージョン違いで入手できるモンスターも違いますか?
このやりとりのきっかけですね、わたし覚えてますよ。
というか、ケイさんが忘れてることが地味にショックですね。
桜山大付属高校と県立校のどっちがいい高校かという質問をわたしが質問サイトに上げて、県立校生のケイさんが回答をくれたんですよ。
エスカレーター式でそのまま桜山大付属にいくか、学費の安い県立校にいくか、ちょうど父の会社の経営が怪しくなった時期だったから、迷っていたんです。
結果、会社は持ち直して学費の心配もいらなくなり、さらにケイさんのアドバイスも手伝って、今は付属にいるんですけどね。
本当、文通のようで、時代遅れな感じがしますね。
でも、わたしもケイさんとはこれが一番しっくりくる気がします。
他の友人とは、リアルでもネットでもあまり考えずに、パターン化された会話ばかりしているので、別にそれが悪いわけでもないですが、長文のメールを送れる相手は貴重だと思っています。
kei:
そうか。
そうだったね。
確か、僕はあのとき君に、県立校だけはやめておけと言ったんだ。
どこが悪いのかと具体的な話を要求されて、僕は「ここには書きにくいことばかりだから書けない」と書いた。
すると君は「それなら」とアドレスを教えてきて、このやりとりが始まったんだった。
あのときは教師やクラスメイトの愚痴等、ひどいメールばかり送ったね。
まぁ、付属の方に進学したのはどう考えても正解だと思う。
パターン化された会話か。
一見上辺だけの関係の象徴のようで、ああいうのは実際、高度に息が合わないとできない、そんな気がするのは僕だけかな。
君とのメールは、急がなくていいのがいいね。
だいたい一日から長くて三日返さなかったりするけど、他の知人にはそうはいかないものな。
察しの通り、隠しルートにいるのはバージョン限定モンスターだ。
ネタバレOKだったね。ゲームソフトが男バージョンだと天使のモンスター、女バージョンでは悪魔のモンスターが入手できる。
どちらも強いよ。
mimi:
あの愚痴は、わたしはそんなに愚痴とは感じませんでした。
むしろ事実をありのままという感じで、純粋に情報として受け取れましたよ。
それに、わたしが県立校に行かない決め手になったのは、結局のところ授業の質なんですが、クラスメイトや教師の質の悪さも全部そこに繋がってくるように思えたので、判断材料としてとても役に立ちました。
そうですね。
パターンな会話は多分、仲の良さの証明ですね。
そうやって人間関係に安心感を得られるおかげで、パターンから離れた会話にも踏み出せるのかもしれません。
じゃあ、わたしは悪魔のモンスターですか。
ていうか今捕まえました。
正直、天使の方がいいですね。
ネットで画像を見たところ、天使の方がかわいくて好みです。
なんで逆じゃないんでしょうね。
kei:
天使と悪魔もそうだし、バージョン限定モンスターが各バージョンの想定プレイヤーと合っていないのは発売当時からよく指摘されている。
通信交換を前提とした仕様じゃないかな。
安心感のおかげで他の関係に踏み出せる。
僕は大学で心理学をとってるんだけどね、心の安全基地という考え方がまさにそれだよ。
親との関係が良好な子供は積極的に外に出ていくようになる。
だとしたら、パターン化された友人との会話は、君の原動力なのかもしれない。
ところで、最近はコンビニで夜食を買うことが多いんだ。
おすすめのお菓子があったら教えてほしい。
mimi:
心理学、面白そうですね。
私も、大学で学ぶなら心理学かな。
コンビニのお菓子なら任せてください。
まずはスマイルマートの細切りポテトスナックチーズ味ですね。
これがいけるなら、ヨンクスのブランドポテチチーズ味も美味しいはずです。
チーズ自体が無理ならごめんなさい。
あの、思いついたんですけど、
ケイさん、わたしと会って通信交換しませんか。
わたし、通信ケーブル持ってます。
kei:
心理学は面白いよ。
きっと君にも合ってるんじゃないかな。
チーズ味は僕の好物だから心配いらない。
ありがとう、どちらもすぐ試してみるよ。
通信交換の件だけど、やめておいた方がいいと思う。
三年間メールはしてきたけれど、人間、文字ではわからないことも多い。
前にも書いたように、君とはこのやりとりが一番自然だ。
不自然なことは、したくない。
mimi:
そうですか。
わたし、正直、ケイさんのことを、ある部分では親や友達より信頼していますし、全然平気なんですけど。
確かに、不自然かもしれませんね。
わたしも、実際どんなふうに話したらいいかわからないですし。
ごめんなさい。気にしないでください。
わたしとしては、ケイさんのことがそれくらい抵抗ないというだけのことです。
ケイさんの方がわたしのことを無理だったら、本当にすみませんでした。
kei:
一応、断っておくけど、僕が君を嫌なんてことはない。
ただ、僕と会うことは、君のためにはならないと思うだけだ。
県立校を勧めなかったのと同じようなものだよ。
君は僕を信頼していると言ってくれたけど、それならなおさら会うのは良くない。
僕はそんなにいい人間ではないからね。
mimi:
それなら、本当に心配ないですよ。
わたしだってそんなにいい人間ではないです。
文章からわかるかもしれませんけど、結構暗いヤツですし。
なんか、他の子みたいに絵文字とか感嘆符で盛るってことができないんですよね。
ただ、そんなわたしがケイさんには似たようなものを感じたというか(失礼だったらすみません)。
リアルで話せたら楽しそうだなと思ったんです。
あえてこんなことを言ってしまいますけど、別に特別な関係とかは期待していませんし、わたしは多分かわいくないので逆に期待もさせないと思います。
というか、前に少し話したことがあったかもしれませんけど、わたしはまだ恋愛に興味がないんです。
だからきっと、会っても大丈夫じゃないかと思うんです。
でも本当にケイさんが迷惑で、やんわりと断っているのなら潔く引きます。
ただ、わたしは、もし何かの誤解で会えないのなら、それは嫌だなと思うだけです。
なんか必死ですみません。
恋愛には興味がないけど、ケイさんには興味があるんです。
あと、天使のモンスターが欲しい(笑)
kei:
僕はレイパーだ。
君は恋愛に興味がないと言ったが、性については最低限知っているだろうと思う。
それでも念のため説明するが、レイパーとはレイプをする者だ。
レイプとは相手を無理矢理、性的に犯すこと。
もしこれ以上の説明が必要なら、自分で調べてほしい。
僕はこれまで、君ぐらいの歳の子を含めて、百人以上の女性をレイプしてきた。
僕は自分の性欲が特別強いとは思わない。
それでもなぜレイプを繰り返すのかというと、それは習慣になっているからだ。
そしてなぜ習慣化したかというと、それはこの国でレイプが許されているからだ。
日本の法律で、殺人や傷害を伴わない純粋な性犯罪者が死刑になることはない。
それは暗に許されてるのだと、僕は思う。
きっと被害女性たちも怒りを込めて同じことを言うだろう。
それに、バレなければ捕まることもない。
バレないための方法は簡単だ。
レイプの様子を撮影して、その録画データをばらまくと脅しをかける。
実際、僕のパソコンにはこれまでのレイプ動画がアップロード一歩手前で保存されていて、僕が毎日パスワードを入れてアップロードをキャンセルすることで拡散を免れている。
そこまでを説明すれば、被害者は泣き寝入りするしかなくなる。僕が逮捕されれば自分たちの将来が終わることになるから。
これは犯罪だし、他人を悲しませる行為だけど、罪悪感はないんだ。
何に罪悪感が湧くかなんて結局人それぞれだしね。
僕は創作行為に対して敬意を持っているからネット上の著作権法違反動画は絶対に観ないけど、平気で観て友達に勧めたりまでする人もいる。
でもその人はレイプなんてしないだろう。
結局これはその程度のことなんだと僕は認識している。
ところで、今、僕はオナニーをしている。
今、というのは、この文章を書いている今ではなく、学校が終わって君がこのメールを読む『今』のことだ。
オナニーというのは何か。
これもわからなければ調べてくれ。この場で説明するのは野暮だ。
僕のメールを読む君のことを考えながら、僕はオナニーをしている。
君自身が自覚しているとおり、君の文体は女の子にしては質素で簡潔だ。
暗い、と君は自己評価したが、それは謙遜で、実際は冷静な思考力や落ち着きの現れだと僕は思っている。
そして、恋愛に無関心。性には全く無知というわけではないにしろ同じように無関心かもしれない。
そんな君が、三年間の付き合いで信頼する相手の、異常性癖を突きつけられる。
その心の動きを想像して、僕はオナニーをする。
予想では、君がメールを読了する、その瞬間の君を想像することが、僕に絶頂をもたらすと思われる。
以上、これらのことを知った上で僕と会うのなら構わない。
ただし君の身の保証はしない。
僕が犯した相手は、君と同じようにネットで知り合った子がほとんどだ。
こんなふうに何年も友達付き合いをしてから犯した子もいた。
ただ、一度やったパターンを繰り返すのは面白みがない。
それに君は他の子とはどこか違う印象があるから、こういう告白をしたときにどんな反応をするのか、無性に知りたかった。
ただ単純に会って犯すよりも、君という人間を味わえると思ったんだ。
だからこういうやり方をとらせてもらった。
僕がレイパーである証拠として、これまで撮った動画をまとめて短く編集したものを添付しておく。
メールを開いてから一時間で自動消去されるから、すぐに見たほうがいい。
ただ、再生時の音量には気をつけてほしい。
追伸
このメールに対して君からどんな返事が来ても、僕は読んだ瞬間に射精する予感しかしない。
2
「――さあ、どうしよう」
机の上に携帯を置いて、わたしはつぶやいた。
その画面には、激しく交わる男女の様子が複数のカメラで撮られたものが流れ続けていた。
男性の方は顔にモザイク処理がされている。
イヤホンで音を聴きながら観たのだが、聴こえるのは女の子の悲鳴や喘ぎばかりで、ケイさんは一言も声を出していなかった。
正直なところ、ショックだった。
机に添えた手が震えるくらいに。
ケイさんは、こうなったわたしを正確に想像できているのだろうか。
彼が学んでいる心理学はそこまで万能なのだろうか。
机の上には、彼が通っている大学のパンフレットが置かれている。
開かれているのは心理学科のページだ。
恋愛はわからなくても、単なる友達以上の想いはあった。
感覚としてはもう身内のようなものだ。だとしたら、兄というのが近いだろうか。
それが犯罪者で、しかも自分に危害を加える質の存在だった。
会えば犯される。
撮られて脅される。
そのこと自体は、別にいいかもしれない、と考えるわたしはどうかしているのだろうけど、わたしが本当に嫌なのはそこじゃない。
「ケイさんと、友達として会えない」
言葉にしたら予想以上に悲しくて、目頭がじんとした。
それで収まるかと思ったけれど、涙は急激に溢れ出して、掌にぽつぽつと落ちた。
泣くのなんて何年ぶりだろう。
「ケイさん、やっぱり、パターンの会話なんて上辺だけの会話だよ」
携帯の画面を指で叩いて言った。
「わたしは、あなたが本当の友達だと思ってた」
しばらく経った。
返信をしなくてはならない、とわたしは思った。
だけどその内容が決まらない。
結局は、会うか会わないかだ。
それが決まらないとメールは書けない。
「美波、美波」
とそのとき母の呼ぶ声がした。
その悲鳴めいた切迫具合から、わたしはだいたいの状況を察した。
部屋を出て階段を駆け下り、台所に飛び込むと、視界に入った黒い影に勢いそのまま掌を打ち付けた。
きたない音と柔らかな感触があり、確認するまでもなかったが掌にはゴキブリが潰れていた。この家はよく出るのだ。
丸めた新聞紙を構えた父が、
「素手か」
と言った。
母は吐きそうな顔をして、
「助かったけど、ありえない。早く手を洗って」
と言った。
流しで手を洗っていると、父が、
「美波は思い切りがいいな。格闘技とか向いてるんじゃ」
言い終わらないうちに母が、
「女の子になに言ってるの。あなたってことあるごとに美波を空手に誘い込もうとするのね」
と言った。
「いや、空手っていいんだぞ」
と言う父を無視して、
「それに」
と母は続けた。
「ゴキブリに対しては躊躇なんて要らないのよ。害虫なんだから。放っておいたらこっちが困るんだから」
そして手にしていたゴキブリ用スプレーを棚に仕舞い込んだ。
わたしは上の空だった。
ゴキブリも、両親の会話も意識の外で、ずっとケイさんのことを考えていた。
二階に戻って椅子に座ったとき、心は決まった。
ケイさんに会おう。
でも……、それは今すぐじゃダメだ。
mimi:
返信が遅れてすみません。
なんというか、驚きました。
ケイさんはそんな冗談を言う人ではないから、きっと全部、本当なんだと思います。
それでも、わたしにとってケイさんはケイさんです。
ケイさんがどんな人でも、これまでわたしにくれた言葉は変わりません。
会います。
日時と場所を添付します。
大丈夫なら返事をください。
待っています。
あと、ケイさんはわたしのことを期待しすぎです。
わたしが変わった反応をすると思っているようですけど、わたしは普通に怖いです。
けど、怖くても、ケイさんという友達をなくしたくないです。
ケイさんだから何されてもいいとは思えないし、むしろ大好きなケイさんだから嫌です。
わたしの気持ちは以上です。
ただそれだけで何も求めません。
kei:
日時、場所、問題ない。
変わった反応、というか僕好みの反応、充分していると思うね。
そもそも普通の子はメール自体返さない。
当日、楽しみにしているよ。
3
ケイさんと会う日がきた。
わたしが指定したのは人気のない公園で、しかも時刻は午前一時。レイパーには都合のよすぎるセッティングだ。
こういうところが普通と違うのだろうか。
わたしはただ、彼がメル友のケイさんなのか、それとも最悪な犯罪者なのかをはっきりさせたい。曖昧なのは嫌なだけだ。
友人宅に泊まると親に言って、夕方に家を出た。
ネットカフェで少し寝て、今公園にやってきた。
待ち合わせ十分前、人の気配はない。
ケイさんの動画での犯行場所はバンタイプの車内だった。周囲に車も停まっていないから、まだ来ていないのだろう。
五分前。
全部嘘なら……という期待が湧いてくる。
メールに書いたとおり、そんな嘘こそケイさんのイメージにはそぐわないのだが、彼が見せてきた動画がまるで犯行の証拠になっていないのも事実だ。
詳しくはないが、あのような動画はネットで入手できるんじゃないのか。
もちろん、簡単にとは言わない。でも、ある程度隠されたやり方で、どこかで行われたレイプ記録が手に入るのではないか。
彼はそれを、自分がやったと偽ってわたしに見せた。
なんのために?
わからない。けど、可能性だけなら、そういう真相もあり得る。
あと二分。
夏の夜、街頭の下に一人立っている。
車の音はなく、人の足音すら聞こえない。
わたしは目を閉じて待った。
イメージの中で、後ろから忍び寄り口を塞いでくる男性の存在を感じた。
そしてわたしは車に連れ込まれ、服を脱がされる。
彼の一部がわたしに侵入する、
寸前でその動きは止まる。
あたたかい涙がむき出しの腹に落ちた。
彼は「ごめん」と言う。
わたしは「いいんだよ」と言う。
そして二人は抱き合うとか、ひどい妄想だ。
または、レイプされてしまうけど、涙、「ごめん」「いいんだよ」、で抱き合うとか、わたしはそれでも全然いいんだけど。
変わってるのかな、とまた思った。
いつの間にか、約束の時刻を二分ほど過ぎてきた。
そこからは、ぼうっとして過ごした。
だんだん心がざわついてきて、三十分が過ぎたとき、わたしは公園を離れた。
さっき、全部嘘ならと思った。
本当に、嘘だったのかもしれない。
そのときわからなかった嘘の理由が、今はわかる。
彼は、とにかく会いたくなかったんだ。
わたしがしつこく会おうとしたから、あんなふうに、絶対に会えないような理由を作った。
なぜ会いたくなかった?
顔がかっこよくないから。
太っているから。
人が苦手だから。
そんな些細な理由。
keiのイメージを作りすぎたから、とか。
彼自身も言ってた、不自然だから。
結局はそれなのかもしれない。
とにかく、彼はわたしと会いたくなかったし、あの時点でもう関係を切りたくなった。
だとしたら、壊したのはわたしだ。
「わたしはバカ」
涙が出てきた。
頭を殴りたいけど、家に帰るまで我慢だ。
暗い道を歩いて、歩いて、
泣きながら歩いて、
こんな時間だ、道にはわたしだけしかいない。
と思っていたら違った。
電柱の陰から出てきた男に口を塞がれた。
横道に停車していたバンに連れ込まれた。
ずっと監視していた上での先回りだろうか。その用意周到さはまさに彼だ。
細身の男は、乱暴に服を脱がしにかかった。
暗がりの中で、その顔が見えた。
「ケイさん」
口から手が外れた瞬間にわたしは叫んだ。
だが布を詰め込まれてまた声は出せなくなった。
彼は、全然、人に会うのを躊躇うような外見ではなかったし、ケイさんの文章のイメージが覆るようなそれでもなかった。
むしろ、美形の部類で、知的で、どこか陰があって、ケイさんそのもので、
そうか、とわたしは思った。
だから彼の言ったことは全部本当で、彼はレイパーなんだ。
これからわたしを犯すんだ。
自分でバカだなと思いながらもわざわざ買ってしまったフリル付きのキャミソールが破かれた。
一番似合ってると思っていたスカートは、脱がされるときに足に引っかかって強い痛みを残していった。
彼は、上下の下着に手をかけた。
力ずくでめくって脱がすつもりらしかった。
焦っているのか、興奮しているのか、それは動画で見たやり方と違った。でも、……下着全体に細工をしておいて良かった。
「うっ」
彼は低くうめいて手を離した。
生温かい液体が胸にかかった。血液だ。
「何だこれは」
彼は言った。
その質問に返す必要はないと思った。
下着には、剃刀の刃を仕込んでいた。
その刃には、花屋で買ったトリカブトの毒を塗っていた。
もっといいやり方もあったのかもしれない。でも、ネットで軽く調べて見つけたこの方法をわたしは選んだ。
体が痺れて最悪死に至るらしいが、目の前の相手はどうだろう。少なくとも呂律がまわっていなくて、何も仕掛けてこなくなったのは確かだ。
わたしは自分の口に詰め込まれていた布を吐き出すと、そのまま彼の口に詰めこんだ。
そして馬乗りになって、彼の喉仏を膝で押しつぶすような姿勢をとった。
さらに車の天井に手をついて、体重をかけた。
毒が効いているのか、抵抗はまるでなかった。
声も聞こえてこない。
「ケイさん」
わたしは言った。
「さようなら、ケイさん」
言いながら涙が頬をつたっていた。
「あなたが変わってると言ったのは、このことかもしれません。
わたしは、人を殺してみたかったんです。
小学生くらいのときから、ずっとです。
ただ、そんなことはこの社会で許されません。
虫を殺すのとは違うんです。
親だって悲しみます。
だけど、あなたのような人なら。
あなたのように、生きることが他人の害になっている人なら。
殺しても構わない。
そう思ったんです。
さようなら、ケイさん。
わたしのこの渇望を、
ケイさんが満たしてください」
彼は、多分、とっくに動かなくなっていた。
わたしは彼の心音を聴こうとしてみたが、最初から人形だったのではないかというほどそれは静かだった。
人を殺した感覚は…………蚊やゴキブリを殺したときと何も変わらなかった。
ただ、友達だったケイさんが永遠にいなくなってしまったという喪失感だけが残った。
「……あった」
車内に埋め込まれた小さいカメラを見つけた。
全部で四つのそれを辿った先に四角い箱の機械があった。HDDレコーダー的なものだろう。コードを外してバッグに入れた。
それから、予備で持ってきたTシャツとジーンズを着て、破れた服をバッグに直して車から降りた。
相変わらず道に人気はなかった。
家に帰る途中、川にレコーダーを投げた。けっこう大きな音と水しぶきが上がった。
翌朝起きて、改めて冷静に考えてみると、死体は放置しっぱなしだし、車内にはわたしの髪の毛ぐらいは落ちているだろうし、レコーダーは無造作に川に捨てたしで、痕跡を残しすぎていた。そのうち警察が家に来てしまうのではないか。
でも正当防衛が主張できると思ったので、わたしはあまり気にせず堂々とすることにした。
罪悪感はない、というケイさんの言葉を思い出す。
わたしたちはどこか似ていたのかもしれない。
学校に向かう途中、メールがきた。
kei:
調子はどうかな。
僕は元気だよ。
君が昨日殺したのは、僕の影武者だ。
万一警察に目をつけられたとき僕の身代わりにする予定だった、僕によく似た他のレイパーだよ。
大丈夫、あのあと僕がきれいに始末したから、君が疑われたり不利益なことにはならないだろう。
君が僕を殺そうとすることはわかっていた。
というのは嘘だ。普通に驚いた。
でも、全く予感していなかったわけじゃない。だから僕自身は行かずに離れた場所から様子を見ていた。
車内の映像は常時、僕の携帯やパソコンに送られるようになっている。
君の殺人の瞬間を見ながらもう何回抜いたかわからないし、とにかく楽しませてもらったよ。
ありがとう。
ところで、教えてもらったコンビニ菓子を食べたけれど、正直かなりハマった。
他のおすすめも教えてほしい。
✣
わたしは立ち止まって、しばらくその文面を眺めていた。
携帯をしまって歩き出すと、色々な事柄が頭を順々に巡っていった。
レイプと殺人はどちらが重罪なのだろうとか。
そもそも人とはなんなのか、とか。
そういえば、結局モンスターを交換していない、とか。
しばらく歩いた。
また立ち止まって、メールを打った。
mimi:
ケイさん。
今度は普通に会いましょう。
mimi:
へえー。
あそこのダンジョンってそんな行き方があったんですね。
だけどわたしとしては、かれこれ三年もネット友達をしてきたケイさんと今更好きなゲームの話をして、しかも同じマイナーゲーをやりこんでいたことがとにかく驚きです。
やっぱりダンジョンの隠しルートにはレアなモンスターがいたりするんですか?
kei:
レアモンスター、いるよ。
何がいるかは、ここで書いて楽しみを奪わないほうがいいかな。
まぁ、もうだいぶ昔のゲームだ。現在熱心にプレイしていないのなら詳細に書いてしまってもいいだろうけど。
というか、もう三年になるのか。
君が当時は中一で、僕が高一か。
何がきっかけでこのようにメールのやりとりをするようになったのか、もう忘れてしまったな。
しかも今はもっと手軽な短いメッセージのやりとりがネットコミュニケーションの主流だというのに、なぜこんな文通めいたことをしているのかもよくわからないね。
僕にはなんとなく、君に対してはメール、というイメージがあるから全くこれで構わないんだけど。
mimi:
そうですね。
今熱心にプレイはしていませんけど、仮にしていたとしても、わたしはネタバレは気にしない派です。
とりあえず、押し入れからゲームを引っ張り出してきて、隠しルートに行ってみます。
もしかして、ゲームのバージョン違いで入手できるモンスターも違いますか?
このやりとりのきっかけですね、わたし覚えてますよ。
というか、ケイさんが忘れてることが地味にショックですね。
桜山大付属高校と県立校のどっちがいい高校かという質問をわたしが質問サイトに上げて、県立校生のケイさんが回答をくれたんですよ。
エスカレーター式でそのまま桜山大付属にいくか、学費の安い県立校にいくか、ちょうど父の会社の経営が怪しくなった時期だったから、迷っていたんです。
結果、会社は持ち直して学費の心配もいらなくなり、さらにケイさんのアドバイスも手伝って、今は付属にいるんですけどね。
本当、文通のようで、時代遅れな感じがしますね。
でも、わたしもケイさんとはこれが一番しっくりくる気がします。
他の友人とは、リアルでもネットでもあまり考えずに、パターン化された会話ばかりしているので、別にそれが悪いわけでもないですが、長文のメールを送れる相手は貴重だと思っています。
kei:
そうか。
そうだったね。
確か、僕はあのとき君に、県立校だけはやめておけと言ったんだ。
どこが悪いのかと具体的な話を要求されて、僕は「ここには書きにくいことばかりだから書けない」と書いた。
すると君は「それなら」とアドレスを教えてきて、このやりとりが始まったんだった。
あのときは教師やクラスメイトの愚痴等、ひどいメールばかり送ったね。
まぁ、付属の方に進学したのはどう考えても正解だと思う。
パターン化された会話か。
一見上辺だけの関係の象徴のようで、ああいうのは実際、高度に息が合わないとできない、そんな気がするのは僕だけかな。
君とのメールは、急がなくていいのがいいね。
だいたい一日から長くて三日返さなかったりするけど、他の知人にはそうはいかないものな。
察しの通り、隠しルートにいるのはバージョン限定モンスターだ。
ネタバレOKだったね。ゲームソフトが男バージョンだと天使のモンスター、女バージョンでは悪魔のモンスターが入手できる。
どちらも強いよ。
mimi:
あの愚痴は、わたしはそんなに愚痴とは感じませんでした。
むしろ事実をありのままという感じで、純粋に情報として受け取れましたよ。
それに、わたしが県立校に行かない決め手になったのは、結局のところ授業の質なんですが、クラスメイトや教師の質の悪さも全部そこに繋がってくるように思えたので、判断材料としてとても役に立ちました。
そうですね。
パターンな会話は多分、仲の良さの証明ですね。
そうやって人間関係に安心感を得られるおかげで、パターンから離れた会話にも踏み出せるのかもしれません。
じゃあ、わたしは悪魔のモンスターですか。
ていうか今捕まえました。
正直、天使の方がいいですね。
ネットで画像を見たところ、天使の方がかわいくて好みです。
なんで逆じゃないんでしょうね。
kei:
天使と悪魔もそうだし、バージョン限定モンスターが各バージョンの想定プレイヤーと合っていないのは発売当時からよく指摘されている。
通信交換を前提とした仕様じゃないかな。
安心感のおかげで他の関係に踏み出せる。
僕は大学で心理学をとってるんだけどね、心の安全基地という考え方がまさにそれだよ。
親との関係が良好な子供は積極的に外に出ていくようになる。
だとしたら、パターン化された友人との会話は、君の原動力なのかもしれない。
ところで、最近はコンビニで夜食を買うことが多いんだ。
おすすめのお菓子があったら教えてほしい。
mimi:
心理学、面白そうですね。
私も、大学で学ぶなら心理学かな。
コンビニのお菓子なら任せてください。
まずはスマイルマートの細切りポテトスナックチーズ味ですね。
これがいけるなら、ヨンクスのブランドポテチチーズ味も美味しいはずです。
チーズ自体が無理ならごめんなさい。
あの、思いついたんですけど、
ケイさん、わたしと会って通信交換しませんか。
わたし、通信ケーブル持ってます。
kei:
心理学は面白いよ。
きっと君にも合ってるんじゃないかな。
チーズ味は僕の好物だから心配いらない。
ありがとう、どちらもすぐ試してみるよ。
通信交換の件だけど、やめておいた方がいいと思う。
三年間メールはしてきたけれど、人間、文字ではわからないことも多い。
前にも書いたように、君とはこのやりとりが一番自然だ。
不自然なことは、したくない。
mimi:
そうですか。
わたし、正直、ケイさんのことを、ある部分では親や友達より信頼していますし、全然平気なんですけど。
確かに、不自然かもしれませんね。
わたしも、実際どんなふうに話したらいいかわからないですし。
ごめんなさい。気にしないでください。
わたしとしては、ケイさんのことがそれくらい抵抗ないというだけのことです。
ケイさんの方がわたしのことを無理だったら、本当にすみませんでした。
kei:
一応、断っておくけど、僕が君を嫌なんてことはない。
ただ、僕と会うことは、君のためにはならないと思うだけだ。
県立校を勧めなかったのと同じようなものだよ。
君は僕を信頼していると言ってくれたけど、それならなおさら会うのは良くない。
僕はそんなにいい人間ではないからね。
mimi:
それなら、本当に心配ないですよ。
わたしだってそんなにいい人間ではないです。
文章からわかるかもしれませんけど、結構暗いヤツですし。
なんか、他の子みたいに絵文字とか感嘆符で盛るってことができないんですよね。
ただ、そんなわたしがケイさんには似たようなものを感じたというか(失礼だったらすみません)。
リアルで話せたら楽しそうだなと思ったんです。
あえてこんなことを言ってしまいますけど、別に特別な関係とかは期待していませんし、わたしは多分かわいくないので逆に期待もさせないと思います。
というか、前に少し話したことがあったかもしれませんけど、わたしはまだ恋愛に興味がないんです。
だからきっと、会っても大丈夫じゃないかと思うんです。
でも本当にケイさんが迷惑で、やんわりと断っているのなら潔く引きます。
ただ、わたしは、もし何かの誤解で会えないのなら、それは嫌だなと思うだけです。
なんか必死ですみません。
恋愛には興味がないけど、ケイさんには興味があるんです。
あと、天使のモンスターが欲しい(笑)
kei:
僕はレイパーだ。
君は恋愛に興味がないと言ったが、性については最低限知っているだろうと思う。
それでも念のため説明するが、レイパーとはレイプをする者だ。
レイプとは相手を無理矢理、性的に犯すこと。
もしこれ以上の説明が必要なら、自分で調べてほしい。
僕はこれまで、君ぐらいの歳の子を含めて、百人以上の女性をレイプしてきた。
僕は自分の性欲が特別強いとは思わない。
それでもなぜレイプを繰り返すのかというと、それは習慣になっているからだ。
そしてなぜ習慣化したかというと、それはこの国でレイプが許されているからだ。
日本の法律で、殺人や傷害を伴わない純粋な性犯罪者が死刑になることはない。
それは暗に許されてるのだと、僕は思う。
きっと被害女性たちも怒りを込めて同じことを言うだろう。
それに、バレなければ捕まることもない。
バレないための方法は簡単だ。
レイプの様子を撮影して、その録画データをばらまくと脅しをかける。
実際、僕のパソコンにはこれまでのレイプ動画がアップロード一歩手前で保存されていて、僕が毎日パスワードを入れてアップロードをキャンセルすることで拡散を免れている。
そこまでを説明すれば、被害者は泣き寝入りするしかなくなる。僕が逮捕されれば自分たちの将来が終わることになるから。
これは犯罪だし、他人を悲しませる行為だけど、罪悪感はないんだ。
何に罪悪感が湧くかなんて結局人それぞれだしね。
僕は創作行為に対して敬意を持っているからネット上の著作権法違反動画は絶対に観ないけど、平気で観て友達に勧めたりまでする人もいる。
でもその人はレイプなんてしないだろう。
結局これはその程度のことなんだと僕は認識している。
ところで、今、僕はオナニーをしている。
今、というのは、この文章を書いている今ではなく、学校が終わって君がこのメールを読む『今』のことだ。
オナニーというのは何か。
これもわからなければ調べてくれ。この場で説明するのは野暮だ。
僕のメールを読む君のことを考えながら、僕はオナニーをしている。
君自身が自覚しているとおり、君の文体は女の子にしては質素で簡潔だ。
暗い、と君は自己評価したが、それは謙遜で、実際は冷静な思考力や落ち着きの現れだと僕は思っている。
そして、恋愛に無関心。性には全く無知というわけではないにしろ同じように無関心かもしれない。
そんな君が、三年間の付き合いで信頼する相手の、異常性癖を突きつけられる。
その心の動きを想像して、僕はオナニーをする。
予想では、君がメールを読了する、その瞬間の君を想像することが、僕に絶頂をもたらすと思われる。
以上、これらのことを知った上で僕と会うのなら構わない。
ただし君の身の保証はしない。
僕が犯した相手は、君と同じようにネットで知り合った子がほとんどだ。
こんなふうに何年も友達付き合いをしてから犯した子もいた。
ただ、一度やったパターンを繰り返すのは面白みがない。
それに君は他の子とはどこか違う印象があるから、こういう告白をしたときにどんな反応をするのか、無性に知りたかった。
ただ単純に会って犯すよりも、君という人間を味わえると思ったんだ。
だからこういうやり方をとらせてもらった。
僕がレイパーである証拠として、これまで撮った動画をまとめて短く編集したものを添付しておく。
メールを開いてから一時間で自動消去されるから、すぐに見たほうがいい。
ただ、再生時の音量には気をつけてほしい。
追伸
このメールに対して君からどんな返事が来ても、僕は読んだ瞬間に射精する予感しかしない。
2
「――さあ、どうしよう」
机の上に携帯を置いて、わたしはつぶやいた。
その画面には、激しく交わる男女の様子が複数のカメラで撮られたものが流れ続けていた。
男性の方は顔にモザイク処理がされている。
イヤホンで音を聴きながら観たのだが、聴こえるのは女の子の悲鳴や喘ぎばかりで、ケイさんは一言も声を出していなかった。
正直なところ、ショックだった。
机に添えた手が震えるくらいに。
ケイさんは、こうなったわたしを正確に想像できているのだろうか。
彼が学んでいる心理学はそこまで万能なのだろうか。
机の上には、彼が通っている大学のパンフレットが置かれている。
開かれているのは心理学科のページだ。
恋愛はわからなくても、単なる友達以上の想いはあった。
感覚としてはもう身内のようなものだ。だとしたら、兄というのが近いだろうか。
それが犯罪者で、しかも自分に危害を加える質の存在だった。
会えば犯される。
撮られて脅される。
そのこと自体は、別にいいかもしれない、と考えるわたしはどうかしているのだろうけど、わたしが本当に嫌なのはそこじゃない。
「ケイさんと、友達として会えない」
言葉にしたら予想以上に悲しくて、目頭がじんとした。
それで収まるかと思ったけれど、涙は急激に溢れ出して、掌にぽつぽつと落ちた。
泣くのなんて何年ぶりだろう。
「ケイさん、やっぱり、パターンの会話なんて上辺だけの会話だよ」
携帯の画面を指で叩いて言った。
「わたしは、あなたが本当の友達だと思ってた」
しばらく経った。
返信をしなくてはならない、とわたしは思った。
だけどその内容が決まらない。
結局は、会うか会わないかだ。
それが決まらないとメールは書けない。
「美波、美波」
とそのとき母の呼ぶ声がした。
その悲鳴めいた切迫具合から、わたしはだいたいの状況を察した。
部屋を出て階段を駆け下り、台所に飛び込むと、視界に入った黒い影に勢いそのまま掌を打ち付けた。
きたない音と柔らかな感触があり、確認するまでもなかったが掌にはゴキブリが潰れていた。この家はよく出るのだ。
丸めた新聞紙を構えた父が、
「素手か」
と言った。
母は吐きそうな顔をして、
「助かったけど、ありえない。早く手を洗って」
と言った。
流しで手を洗っていると、父が、
「美波は思い切りがいいな。格闘技とか向いてるんじゃ」
言い終わらないうちに母が、
「女の子になに言ってるの。あなたってことあるごとに美波を空手に誘い込もうとするのね」
と言った。
「いや、空手っていいんだぞ」
と言う父を無視して、
「それに」
と母は続けた。
「ゴキブリに対しては躊躇なんて要らないのよ。害虫なんだから。放っておいたらこっちが困るんだから」
そして手にしていたゴキブリ用スプレーを棚に仕舞い込んだ。
わたしは上の空だった。
ゴキブリも、両親の会話も意識の外で、ずっとケイさんのことを考えていた。
二階に戻って椅子に座ったとき、心は決まった。
ケイさんに会おう。
でも……、それは今すぐじゃダメだ。
mimi:
返信が遅れてすみません。
なんというか、驚きました。
ケイさんはそんな冗談を言う人ではないから、きっと全部、本当なんだと思います。
それでも、わたしにとってケイさんはケイさんです。
ケイさんがどんな人でも、これまでわたしにくれた言葉は変わりません。
会います。
日時と場所を添付します。
大丈夫なら返事をください。
待っています。
あと、ケイさんはわたしのことを期待しすぎです。
わたしが変わった反応をすると思っているようですけど、わたしは普通に怖いです。
けど、怖くても、ケイさんという友達をなくしたくないです。
ケイさんだから何されてもいいとは思えないし、むしろ大好きなケイさんだから嫌です。
わたしの気持ちは以上です。
ただそれだけで何も求めません。
kei:
日時、場所、問題ない。
変わった反応、というか僕好みの反応、充分していると思うね。
そもそも普通の子はメール自体返さない。
当日、楽しみにしているよ。
3
ケイさんと会う日がきた。
わたしが指定したのは人気のない公園で、しかも時刻は午前一時。レイパーには都合のよすぎるセッティングだ。
こういうところが普通と違うのだろうか。
わたしはただ、彼がメル友のケイさんなのか、それとも最悪な犯罪者なのかをはっきりさせたい。曖昧なのは嫌なだけだ。
友人宅に泊まると親に言って、夕方に家を出た。
ネットカフェで少し寝て、今公園にやってきた。
待ち合わせ十分前、人の気配はない。
ケイさんの動画での犯行場所はバンタイプの車内だった。周囲に車も停まっていないから、まだ来ていないのだろう。
五分前。
全部嘘なら……という期待が湧いてくる。
メールに書いたとおり、そんな嘘こそケイさんのイメージにはそぐわないのだが、彼が見せてきた動画がまるで犯行の証拠になっていないのも事実だ。
詳しくはないが、あのような動画はネットで入手できるんじゃないのか。
もちろん、簡単にとは言わない。でも、ある程度隠されたやり方で、どこかで行われたレイプ記録が手に入るのではないか。
彼はそれを、自分がやったと偽ってわたしに見せた。
なんのために?
わからない。けど、可能性だけなら、そういう真相もあり得る。
あと二分。
夏の夜、街頭の下に一人立っている。
車の音はなく、人の足音すら聞こえない。
わたしは目を閉じて待った。
イメージの中で、後ろから忍び寄り口を塞いでくる男性の存在を感じた。
そしてわたしは車に連れ込まれ、服を脱がされる。
彼の一部がわたしに侵入する、
寸前でその動きは止まる。
あたたかい涙がむき出しの腹に落ちた。
彼は「ごめん」と言う。
わたしは「いいんだよ」と言う。
そして二人は抱き合うとか、ひどい妄想だ。
または、レイプされてしまうけど、涙、「ごめん」「いいんだよ」、で抱き合うとか、わたしはそれでも全然いいんだけど。
変わってるのかな、とまた思った。
いつの間にか、約束の時刻を二分ほど過ぎてきた。
そこからは、ぼうっとして過ごした。
だんだん心がざわついてきて、三十分が過ぎたとき、わたしは公園を離れた。
さっき、全部嘘ならと思った。
本当に、嘘だったのかもしれない。
そのときわからなかった嘘の理由が、今はわかる。
彼は、とにかく会いたくなかったんだ。
わたしがしつこく会おうとしたから、あんなふうに、絶対に会えないような理由を作った。
なぜ会いたくなかった?
顔がかっこよくないから。
太っているから。
人が苦手だから。
そんな些細な理由。
keiのイメージを作りすぎたから、とか。
彼自身も言ってた、不自然だから。
結局はそれなのかもしれない。
とにかく、彼はわたしと会いたくなかったし、あの時点でもう関係を切りたくなった。
だとしたら、壊したのはわたしだ。
「わたしはバカ」
涙が出てきた。
頭を殴りたいけど、家に帰るまで我慢だ。
暗い道を歩いて、歩いて、
泣きながら歩いて、
こんな時間だ、道にはわたしだけしかいない。
と思っていたら違った。
電柱の陰から出てきた男に口を塞がれた。
横道に停車していたバンに連れ込まれた。
ずっと監視していた上での先回りだろうか。その用意周到さはまさに彼だ。
細身の男は、乱暴に服を脱がしにかかった。
暗がりの中で、その顔が見えた。
「ケイさん」
口から手が外れた瞬間にわたしは叫んだ。
だが布を詰め込まれてまた声は出せなくなった。
彼は、全然、人に会うのを躊躇うような外見ではなかったし、ケイさんの文章のイメージが覆るようなそれでもなかった。
むしろ、美形の部類で、知的で、どこか陰があって、ケイさんそのもので、
そうか、とわたしは思った。
だから彼の言ったことは全部本当で、彼はレイパーなんだ。
これからわたしを犯すんだ。
自分でバカだなと思いながらもわざわざ買ってしまったフリル付きのキャミソールが破かれた。
一番似合ってると思っていたスカートは、脱がされるときに足に引っかかって強い痛みを残していった。
彼は、上下の下着に手をかけた。
力ずくでめくって脱がすつもりらしかった。
焦っているのか、興奮しているのか、それは動画で見たやり方と違った。でも、……下着全体に細工をしておいて良かった。
「うっ」
彼は低くうめいて手を離した。
生温かい液体が胸にかかった。血液だ。
「何だこれは」
彼は言った。
その質問に返す必要はないと思った。
下着には、剃刀の刃を仕込んでいた。
その刃には、花屋で買ったトリカブトの毒を塗っていた。
もっといいやり方もあったのかもしれない。でも、ネットで軽く調べて見つけたこの方法をわたしは選んだ。
体が痺れて最悪死に至るらしいが、目の前の相手はどうだろう。少なくとも呂律がまわっていなくて、何も仕掛けてこなくなったのは確かだ。
わたしは自分の口に詰め込まれていた布を吐き出すと、そのまま彼の口に詰めこんだ。
そして馬乗りになって、彼の喉仏を膝で押しつぶすような姿勢をとった。
さらに車の天井に手をついて、体重をかけた。
毒が効いているのか、抵抗はまるでなかった。
声も聞こえてこない。
「ケイさん」
わたしは言った。
「さようなら、ケイさん」
言いながら涙が頬をつたっていた。
「あなたが変わってると言ったのは、このことかもしれません。
わたしは、人を殺してみたかったんです。
小学生くらいのときから、ずっとです。
ただ、そんなことはこの社会で許されません。
虫を殺すのとは違うんです。
親だって悲しみます。
だけど、あなたのような人なら。
あなたのように、生きることが他人の害になっている人なら。
殺しても構わない。
そう思ったんです。
さようなら、ケイさん。
わたしのこの渇望を、
ケイさんが満たしてください」
彼は、多分、とっくに動かなくなっていた。
わたしは彼の心音を聴こうとしてみたが、最初から人形だったのではないかというほどそれは静かだった。
人を殺した感覚は…………蚊やゴキブリを殺したときと何も変わらなかった。
ただ、友達だったケイさんが永遠にいなくなってしまったという喪失感だけが残った。
「……あった」
車内に埋め込まれた小さいカメラを見つけた。
全部で四つのそれを辿った先に四角い箱の機械があった。HDDレコーダー的なものだろう。コードを外してバッグに入れた。
それから、予備で持ってきたTシャツとジーンズを着て、破れた服をバッグに直して車から降りた。
相変わらず道に人気はなかった。
家に帰る途中、川にレコーダーを投げた。けっこう大きな音と水しぶきが上がった。
翌朝起きて、改めて冷静に考えてみると、死体は放置しっぱなしだし、車内にはわたしの髪の毛ぐらいは落ちているだろうし、レコーダーは無造作に川に捨てたしで、痕跡を残しすぎていた。そのうち警察が家に来てしまうのではないか。
でも正当防衛が主張できると思ったので、わたしはあまり気にせず堂々とすることにした。
罪悪感はない、というケイさんの言葉を思い出す。
わたしたちはどこか似ていたのかもしれない。
学校に向かう途中、メールがきた。
kei:
調子はどうかな。
僕は元気だよ。
君が昨日殺したのは、僕の影武者だ。
万一警察に目をつけられたとき僕の身代わりにする予定だった、僕によく似た他のレイパーだよ。
大丈夫、あのあと僕がきれいに始末したから、君が疑われたり不利益なことにはならないだろう。
君が僕を殺そうとすることはわかっていた。
というのは嘘だ。普通に驚いた。
でも、全く予感していなかったわけじゃない。だから僕自身は行かずに離れた場所から様子を見ていた。
車内の映像は常時、僕の携帯やパソコンに送られるようになっている。
君の殺人の瞬間を見ながらもう何回抜いたかわからないし、とにかく楽しませてもらったよ。
ありがとう。
ところで、教えてもらったコンビニ菓子を食べたけれど、正直かなりハマった。
他のおすすめも教えてほしい。
✣
わたしは立ち止まって、しばらくその文面を眺めていた。
携帯をしまって歩き出すと、色々な事柄が頭を順々に巡っていった。
レイプと殺人はどちらが重罪なのだろうとか。
そもそも人とはなんなのか、とか。
そういえば、結局モンスターを交換していない、とか。
しばらく歩いた。
また立ち止まって、メールを打った。
mimi:
ケイさん。
今度は普通に会いましょう。