第1話

文字数 549文字

「いいですよ。ちょうどよいところにみえられた」
「みえられたもなにも、ここのヤツが便所いったのか、席があいたから」
「まあ、そう謙遜なさらずに」
「謙遜もなにも、おらは、席があいたのが見えたもんで。便所からあん人がけえってきたら、それは……」
「おどきになるんですか? 謙遜ですなあ」
「おらは学がねえけんど、謙遜てのはチトちがうのじゃ――」
「まあ、アレごらんなせえ。あの川面(かわおもて)」
「ああ! 浴衣だ!」
「そうでしょう。おかしくありませんか。あやかしを感じませんか」
「あやかしとかじゃねくて、あれは、あの柄は、おら記憶いいから、あれは、さっきここにいた――」
「そうでしょう、そうでしょう。だからあやかしだとわたしは申すのです」
「ってえと?」
「かわやに行ったなら、浴衣を脱ぐはずがありません。ちがいますか?」
「便所で浴衣脱がねえのは、たしかにおらの村のたしなみだ」
「そうです。そしてジックリみてください。どうです?」
「どうって……草にでも引っかかったみてえにチッともうごかねえ」
「ご名答! ほかには?」
「だれかとマグワってでもいるみてえに、おなじ場所でピョコピョコ」
「ハズレ。あれは川の流れがつくる自然な隆起的運動で、浴衣には関係ない。それ以外に、なにか?」
「ああ! おら……けえん(帰ら)ねえと――」
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