第1話

文字数 1,967文字

 モーニングルーティンの動画が嫌いだ。あんなものの、どこが面白いのだろう。見ていて、絶対ウソでしょうと思ってしまう。朝からヨガとか瞑想したり、スムージー作ったり。そんなことをする余裕あるのかと言いたくなる。普通は顔を洗い、パンなど軽く食事をとって、歯磨きをした後はメイクと着替えで身支度を整えて出かけるものではないのか。わざわざ動画に記録するなんて、おしゃれな人、自意識が高い人がやっていることなんだろうけど。動画に残すほどでもない、さんざんな朝を振り返りたい。
 まず起きた時、携帯に表示される時刻に青ざめる。アラームを止めて、スヌーズまで止めてしまっていた。途中で寝落ちしたものの、軽い気持ちで動画を見始めたら止まらなくて、次から次へと進めてしまったからだ。細かすぎて伝わりにくいモノマネの動画は危険だ。関連動画まで進めていくと、どこで止めればいいのか分からなくなる。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。それこそ朝食をとったり、メイクをしたりしている時間なんてない。急いで顔を洗って歯磨きをし、着替える。すっぴんを晒せるような顔でもないけど、どうせマスクで誤魔化せる。それに、誰もすっぴんかどうかなんて気にしていない。優先すべきなのは、会社へ行くことだ。
 全速力ダッシュでバス停に行くと、ちょうどバスが停まっていた。ラッキーと思ったのも束の間、発車してしまった。着いた途端に発車させるなんて、きっと運転手は確信犯だ。むしゃくしゃした気持ちを持て余しながら、タクシー乗り場に向かった。次のバスを待っている余裕はないし、ここまででかなり体力を消耗しており、これ以上疲れることはしたくない。月末で懐が苦しいところに、思わぬ出費だが、仕方ない。タクシーに乗り、急ぐようにと、行き先を告げる。何とか間に合いそうだ。少し、気持ちも落ち着いてきた。やっぱり人間は、心に余裕がないとどうもダメだ。
 心が穏やかになってくると、運転手に話しかけたくなった。
「今日はいい天気ですね」
「そうですね」
 と返してくれたが、そこから話がはずまない。もちろん、運転には集中しないといけないのは分かっている。ただ、客商売ならてっぱんの天気話から世間話に広げていくものでしょうと、言いたくなる。そこからは必要以上に話しかけないと決めた。朝の情報番組も見れなかったから、今のうちに情報をチェックしておこう。携帯を片手に検索し始める。芸能人の結婚、離婚、不倫。そういうことが話題になっているくらいだから、今日も平和だ。SNSでフォローしている人でもないので、特にコメントはしない。
 ついでに占いもチェックしよう。今日のやぎ座は最下位だ。別に占いを信じるわけではないが、最下位だとあまり気分はよろしくない。たしかに今日は、朝から気分は最悪だ。少しでも気持ちを上げようと他の占いサイトでも調べてみる。やっぱり最下位だ。こうなったらと、意地になってさらに他のサイトを調べる。こんなことってあるのだろうか。どのサイトを調べても、最下位としか出てこない。今日は、やっぱり最悪な一日なのだろうか。これ以上、嫌なことは起きてほしくないところだけど。もう、開き直るしかないのか。
 会社までだいぶ近づいてきた。このまま順調に行くかと思えば、やはりそうは行かない。混んでいる。先ほどまで、滑らかに進んでいたのが嘘のように止まった。ここにきて、まさかの渋滞とは。最下位というのは、どうやら本当らしい。このまま進まないと、本当に遅刻してしまう。我慢できなくなり、
「すみません。ここで降ります」
 と言った。
「もうすぐ信号も変わるから、動きますよ。それに、ビルの目の前まで行きますよ」
「いえ、もういいです」
「でも、ここで降りるのは危ないですから。少し動いてからでないと降ろせません」
 と、そんなやり取りをしている間にも時間が過ぎていく。そして、車も動き出した。
 結局、会社のビルの前まで乗ることにした。着いたと同時にメーターがカチッと動き、コイツは確信犯だと思った。メーターを上げたいがためにビルの前まで行くように仕向けたのか。料金を読み上げた声が、どこか嬉しそうに聞こえたのは、気のせいではないだろう。ここで客商売らしさを発揮しているんじゃないよと、ツッコミたくなる。叩きつけるようにしてお金を置いて、タクシーを降りた。
 タイミングよく来たエレベーターに乗り込み、所属する部署のフロアに着いたのは、始業時間の一分前だった。ギリギリ間に合ったと、タイムカードを打刻すると、何だか一仕事終えたような気になった。
「おはよう、小森さん。あれっ、今日はリモートじゃなかったの?」
 同僚の八谷さんにそう声をかけられ、一気に体の力が抜けた。頑張って急いで来たのにと、泣きたくなる。もう、今日は何て日だ。
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