文章を作成するのが好きだったから、やってみた。

文字数 1,978文字

 何の特技も資格もなく専業主婦をやっていて、社会経験ないまま五十才を過ぎてしまった時。そうだ! アルバイトをやってみようと思い立って、アルバイトができるほど、世の中は甘くないわけである。

 結局。家の中でできる仕事として目を付けたのがクラウドソーシングサービスを使ったライティングであった。
 なんせ初心者歓迎の仕事が山のようにあって、実際、初心者にとって敷居は非常に低いのである。
 なぜ敷居を低くできるのか? 発注者は、何人でも採用すればいいのだ。記事の下書きの納品が完了しない限り、報酬は発生しないからだ。
 数うちゃ当たる方式で、人を集めるわけだから、敷居なんてないわけだ。

 文章を書くのが好きだったから、勇気を振り絞って応募した。テスト記事を書く指示が出た。面接がわりである。最初、それを「リライト」と呼ぶことも知らなかった。

 テスト記事。大人気「シリーズ」ドラマについて三千字以上書く指示を受ける。が、私はその大人気「シリーズ」ドラマを一切見たことがなかった。一作品でも見ていない物を書くのは無理と思うのに。お題はシリーズ全般について書けときた。シリーズごとに微妙にストーリーの柱があるそれを、一回も見たことがない自分が「記事」にできるわけ? 無理じゃん と思うよね。
 その発注者の謳い文句は「見なくても書ける、読んでいなくても書ける方法教えます」で、まぁ要はネットで検索して「リライト」してまとめることだったのだ。ゆえに、私は「見ていないからテスト記事書けません」と言えなくなってしまった。
 
「慣れたら二時間弱」というその記事を私は八時間以上かけてようやく書き上げた。途中で、心が折れて、放り投げてしまいそうになったので、お酒飲んで酔っぱらって仕上げた。そして酔っている勢いをかりて、書き上げた旨の連絡したのである。
 「これが私の限界です、実力不足を痛感しました。送信した文章が採用されなくても全く反論の余地ありません」
 そうメッセージを添えた。酔いも手伝って、これでクラウドソーシングともあっさりおさらばしようか、そう思っていた。
 しかし、真夜中返ってきた回答は、「本当の初心者なら、そこそこ書けているので、採用します」だったのだ。
 嬉しかったのはホント。そのまま、私は記事の下書きという仕事に入っていっていく。
 それは「広告収入を得るためのまとめ記事作成の下書き」の沼に足を踏み入れたことだった。

 人生を半世紀もやっている割に、社会経験が乏しい人間というものは!
 発注者に真摯に対応したい、自分の文章を採用してくれる人に認めてもらえるように頑張りたい、実社会の仕事に対応できなかった人間は、卑屈になっている傾向があるのだ。
 ネットリテラシーってなんだっけ? 引用って責任回避のための免罪符? 発注者に対して次々湧き上がる疑問も、発注者の詭弁ともいえる回答もうのみにしてしまった。
 なぜなら、私の下書き文章に百円玉数個の「価値」を付けてくれたのは間違いないから。

 お金というのは、人間の善悪を歪めるものなのだ。
 自分の文章のクセを全て消し、発注者の求める内容(私には何の興味もわかない記事)を書く。それでも文章を書くことがお金になるのが嬉しくて私は「ネットのゴミ記事」を作成していった。
 報酬の発生は、発注者が文章をチェックして了承された時点。修正は報酬に反映された試しはなかった。
 記事内容に忠実でありたいと、文字作成者なのに、作図までしたこともあるけれど
「素晴らしい!」
 の一言が報酬だった。
 
 私は文章を愛している。ゴミ記事と言われても、少なくとも読んでくれる方に「無駄だった」と思われない文章を書きたかった。結果的に生産性は経験を積むごとに落ちていった。

 発注者が私との契約を継続したのは、遅くても記事ができたら報酬払えばいいだけだからだ。発注者との関係に見切りをつけるのに一年かかってしまった。
 「ただで教えてあげている、それどころか、報酬が発生して成果になるんだから、良心的」という発注者の言葉をうのみにしていたのだ。
 次の一年、付き合った発注者が驚くほど良心的で、私は付き合いをやめてほんとに良かったと思った。そこで目が少し覚めた、と思う。
 数人付き合った発注者さんの中で一番、良心的な人が発注を辞めるということで、私もクラウドソーシングから距離を置く決心を固めることができた。

 「大手まとめ記事サイト」が二千二十年秋、閉鎖した。寂しいとは全く思わない。このようなリライト手法の「ゴミ記事」を下支えしてしまった者として、まとめ記事文化は廃れていて欲しいと心の底から思う。
 ネットの情報品質を上げることが、今後重要になってくるはずだからこそ。

 (おわり)
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