ラストレター
文字数 2,621文字
はじめまして。わたしはこの手紙を書いた人間です。
突然ですが、もうわたしが手紙を出す相手は、みんないなくなってしまいました。
なので趣向を変えて、まだ会ったこともない、名前も知らない、あなたへ向けて書くことにします。
まず始めに、世界がどうなったのかを知りたいです。わたしの知っている世界は、人口がとても減り、代わりに、新種の植物や動物が急激に増えました。電気も、遺されたバッテリーパックや、自然エネルギーから少しずつ分けてもらって使っています。おかげでわたしは、火を起こすのが上手くなりました。料理もたくさん覚えましたよ。昔の保存食は少ないですが、新種の植物は、焼くと美味しいものもありますからね。意外と人間はしぶといです。
そういえば、わたしの故郷はどうなったでしょう。海の近くの町で、海産物がそれはそれは美味しい町です。噂では、海はあまり変わらなかったようですから、もしかしたら、今でも美味しい魚が釣れるかもしれません。
そうそう、新種の動物には、よく注意してくださいね。体は小さいですが、中には遅効性の毒を持ったものがいました。体が小さな仔犬みたいな獣です。噛み跡がなかなか治らなかったら、気を付けて。解毒には、大きなギザギザの丸っこい葉の植物が効きます。黒っぽい小さな丸い実は、加熱してすり潰して飲み、大きな葉は、葉を傷付けてから傷口に巻きつけて。葉から出る白い液が、どうやら毒に効くようです。
あとは…そうですね。この際だから言ってしまいましょう。
…一度くらい、恋をしてみたかった。
この家に残っていた本に、旅をしている最中に出逢った人と、恋に落ちるというお話がありました。そのような出会いに、とても憧れていました。ですが、主人公のような勇気は、残念ながらわたしには無かった。
…と言いたいところなのですが、
…きっとわたしはただ単にこの場所が好きで、離れたくなかったんでしょう。
冒険好きなきょうだいには、『なんて馬鹿なことを。この終末に同じ場所にずっといるなんて、時間の無駄遣いだ』と言われてしまいました。
最近、『この終末に』という言葉を、よく聞くようになりました。
でも、わたしは今いちピンとこないんです。だって、やっている事はきっと、昔となんら変わりない。
腹が減ったら何か食べ、疲れたら休む。年長者は年少者に教え、くだらない話で盛り上がる。綺麗なものを見て感動し、悲しいことがあれば泣く。楽しい時にはめいっぱい笑い、嬉しい時には笑顔をこぼす。新しいものには恐怖と警戒心を抱き、好奇心に負けたものだけが、その先へ進み、時に新たな道を切りひらく。
ほら、やっている事に変わりはない。
終末は、別に特別なことではないと思うのです。そういう時代というだけ。
だからわたしは、自分の好きなように生きます。取り敢えず、この場所が大好きなので、当分ここは離れません。
…まぁ、途中で気は変わるかもしれませんが。
最後に…いいえ最期に。
久し振りに人と話せた気がして、書いていてとても楽しかった。ありがとう。
この家にあるものは、どうぞ何でも好きな物を使って下さい。持って行っても、住んでも、壊しても構いません。
こんなに長い手紙を最後まで読んでくれて、本当にありがとう。
それでは。
「…あなたのこの先の人生が、
どうかどうか素敵なものでありますように…か」
手紙はそう締め括られていた。書いたのは、きっとベッドで寝ていたあの骸だろう。
「…どうせなら、生きている間に会いたかったな…」
手紙の文章は、どこか楽しそうに踊っていて、これを書いた人物が、充実した日々を送っていただろうことが分かる。
骸は既に風化していて、性別は判別しづらかったが…恐らく、この手紙の主は…
「カナデ、何か良いものあった?」
部屋の入り口から、ピンクのワンピースを着た少女が、ぴょこんと顔を覗かせた。同行人の彼女は、年相応に好奇心旺盛な性格らしく、この家を見つけた時も、躊躇する事なく入って行った。
今も、俺のいるリビングらしき部屋を、キョロキョロと興味深そうに見回している。俺は手紙を上着のポケットに仕舞いながら、彼女に手紙の主の意向を伝える。
「…この家の物、好きに使って良いってさ」
「えっ、ほんとにっ⁈…わぁ〜…これ全部…!」
少女は顔を綻ばせ、目をキラキラと輝かせると、早速…と、部屋の中を物色し始めた。
「…この机、まだ気がしっかりしてるわ。良い材料になりそうね…あっ、こっちの布も痛みが少ない…あ!これも」
彼女の迷いの無い動きに、俺は思わず溜息をこぼす。
「たくましい奴だなぁ…」
すると彼女は、少しムッとした表情でこちらを振り返った。
「だって新しい家を建てるのよ?とびきり素敵な家にしなきゃ!…ほら、カナデも!座ってないで早く手伝って!」
「はいはい…」
…前略。手紙の主よ。
俺達の知っている世界は、あなたが知っている世界から、少し進んでいるようだ…。
…世界の人口が、十分の一にも満たなくなった頃。
物資も少なく、危険も多い。そんな世界に、新しく生まれたもの達の中から、動植物と意思疎通出来るものが出てきたのだ。
…そう。
即ち、人類は進化を遂げた。
そんな子供達のお陰で、新種の植物と動物の解析は、この数十年で大きく進んだ。
…その結果、わたし達は今、ある程度安定した生活を送れるようになっている。
人は動物に乗って移動するようになり、移動時間が大幅に短縮された。そうすると、移動距離も必然と伸びる。それは、遠く離れ途絶えてしまっていた交流を、徐々にまた繋げ。すると人々はだんだんとと一箇所に集まり始め…
…もうすぐ、新たな町が生まれる。
「…カナデ!手止まってる!早くしないとクルーが怒っちゃうよ!」
クルーは、頭と胸と翼の一部に白い毛の生えた、全身が黒い羽毛で覆われた大型の鳥類に付けた名前だ。足が速く、人懐こい性格の為、今の人間のほとんどが、この鳥と共に生活している。
あいつは機嫌損ねるとテコでも動かないからなぁ…。
「…分かったよ。倍速で終わらせる」
「そうこなくっちゃ!」
俺は上着を脱ぎ、そこらに放ると、少女の机解体作業を手伝い始めた。
ー 終わりー
突然ですが、もうわたしが手紙を出す相手は、みんないなくなってしまいました。
なので趣向を変えて、まだ会ったこともない、名前も知らない、あなたへ向けて書くことにします。
まず始めに、世界がどうなったのかを知りたいです。わたしの知っている世界は、人口がとても減り、代わりに、新種の植物や動物が急激に増えました。電気も、遺されたバッテリーパックや、自然エネルギーから少しずつ分けてもらって使っています。おかげでわたしは、火を起こすのが上手くなりました。料理もたくさん覚えましたよ。昔の保存食は少ないですが、新種の植物は、焼くと美味しいものもありますからね。意外と人間はしぶといです。
そういえば、わたしの故郷はどうなったでしょう。海の近くの町で、海産物がそれはそれは美味しい町です。噂では、海はあまり変わらなかったようですから、もしかしたら、今でも美味しい魚が釣れるかもしれません。
そうそう、新種の動物には、よく注意してくださいね。体は小さいですが、中には遅効性の毒を持ったものがいました。体が小さな仔犬みたいな獣です。噛み跡がなかなか治らなかったら、気を付けて。解毒には、大きなギザギザの丸っこい葉の植物が効きます。黒っぽい小さな丸い実は、加熱してすり潰して飲み、大きな葉は、葉を傷付けてから傷口に巻きつけて。葉から出る白い液が、どうやら毒に効くようです。
あとは…そうですね。この際だから言ってしまいましょう。
…一度くらい、恋をしてみたかった。
この家に残っていた本に、旅をしている最中に出逢った人と、恋に落ちるというお話がありました。そのような出会いに、とても憧れていました。ですが、主人公のような勇気は、残念ながらわたしには無かった。
…と言いたいところなのですが、
…きっとわたしはただ単にこの場所が好きで、離れたくなかったんでしょう。
冒険好きなきょうだいには、『なんて馬鹿なことを。この終末に同じ場所にずっといるなんて、時間の無駄遣いだ』と言われてしまいました。
最近、『この終末に』という言葉を、よく聞くようになりました。
でも、わたしは今いちピンとこないんです。だって、やっている事はきっと、昔となんら変わりない。
腹が減ったら何か食べ、疲れたら休む。年長者は年少者に教え、くだらない話で盛り上がる。綺麗なものを見て感動し、悲しいことがあれば泣く。楽しい時にはめいっぱい笑い、嬉しい時には笑顔をこぼす。新しいものには恐怖と警戒心を抱き、好奇心に負けたものだけが、その先へ進み、時に新たな道を切りひらく。
ほら、やっている事に変わりはない。
終末は、別に特別なことではないと思うのです。そういう時代というだけ。
だからわたしは、自分の好きなように生きます。取り敢えず、この場所が大好きなので、当分ここは離れません。
…まぁ、途中で気は変わるかもしれませんが。
最後に…いいえ最期に。
久し振りに人と話せた気がして、書いていてとても楽しかった。ありがとう。
この家にあるものは、どうぞ何でも好きな物を使って下さい。持って行っても、住んでも、壊しても構いません。
こんなに長い手紙を最後まで読んでくれて、本当にありがとう。
それでは。
「…あなたのこの先の人生が、
どうかどうか素敵なものでありますように…か」
手紙はそう締め括られていた。書いたのは、きっとベッドで寝ていたあの骸だろう。
「…どうせなら、生きている間に会いたかったな…」
手紙の文章は、どこか楽しそうに踊っていて、これを書いた人物が、充実した日々を送っていただろうことが分かる。
骸は既に風化していて、性別は判別しづらかったが…恐らく、この手紙の主は…
「カナデ、何か良いものあった?」
部屋の入り口から、ピンクのワンピースを着た少女が、ぴょこんと顔を覗かせた。同行人の彼女は、年相応に好奇心旺盛な性格らしく、この家を見つけた時も、躊躇する事なく入って行った。
今も、俺のいるリビングらしき部屋を、キョロキョロと興味深そうに見回している。俺は手紙を上着のポケットに仕舞いながら、彼女に手紙の主の意向を伝える。
「…この家の物、好きに使って良いってさ」
「えっ、ほんとにっ⁈…わぁ〜…これ全部…!」
少女は顔を綻ばせ、目をキラキラと輝かせると、早速…と、部屋の中を物色し始めた。
「…この机、まだ気がしっかりしてるわ。良い材料になりそうね…あっ、こっちの布も痛みが少ない…あ!これも」
彼女の迷いの無い動きに、俺は思わず溜息をこぼす。
「たくましい奴だなぁ…」
すると彼女は、少しムッとした表情でこちらを振り返った。
「だって新しい家を建てるのよ?とびきり素敵な家にしなきゃ!…ほら、カナデも!座ってないで早く手伝って!」
「はいはい…」
…前略。手紙の主よ。
俺達の知っている世界は、あなたが知っている世界から、少し進んでいるようだ…。
…世界の人口が、十分の一にも満たなくなった頃。
物資も少なく、危険も多い。そんな世界に、新しく生まれたもの達の中から、動植物と意思疎通出来るものが出てきたのだ。
…そう。
即ち、人類は進化を遂げた。
そんな子供達のお陰で、新種の植物と動物の解析は、この数十年で大きく進んだ。
…その結果、わたし達は今、ある程度安定した生活を送れるようになっている。
人は動物に乗って移動するようになり、移動時間が大幅に短縮された。そうすると、移動距離も必然と伸びる。それは、遠く離れ途絶えてしまっていた交流を、徐々にまた繋げ。すると人々はだんだんとと一箇所に集まり始め…
…もうすぐ、新たな町が生まれる。
「…カナデ!手止まってる!早くしないとクルーが怒っちゃうよ!」
クルーは、頭と胸と翼の一部に白い毛の生えた、全身が黒い羽毛で覆われた大型の鳥類に付けた名前だ。足が速く、人懐こい性格の為、今の人間のほとんどが、この鳥と共に生活している。
あいつは機嫌損ねるとテコでも動かないからなぁ…。
「…分かったよ。倍速で終わらせる」
「そうこなくっちゃ!」
俺は上着を脱ぎ、そこらに放ると、少女の机解体作業を手伝い始めた。
ー 終わりー