精神障害者の貧しさ

文字数 2,075文字

コロナにより貧しくなった人がたくさんいる。お気の毒である。でも、そんな貧しさが昔から当たり前の世界がある。精神障害者の世界である。敢えて精神障害者に限らせてもらう。なぜかというと、身体障害者の方は健常者の共感を呼ぶし、認識度も高いからである。パラリンピックはあっても、精神障害者のオリンピックはない。私自身が精神障害者であることもあり、ここでは精神障害者をピックアップさせてもらうことにする。
 私が精神障害を発症したのは35歳の時である。かなり遅い範疇に入る。「急転直下の一撃」、そんな感じだった。職場でのいじめがきっかけで発症したのだが、私はただのノイローゼだと思っていた。家族にすすめられて精神科ヘ通い始めたのだが、あまり状態はよくならず、入院になった。
 初めての入院が「急転直下の一撃」だった。急に裸になる人、下着姿で走り回る人、キーキー声で歌う人、同じことを何回も繰り返す人、暴力を振るう人、その他いろんな人がいた。「この中で数カ月過ごさなければいけないのか」と途方に暮れた。まともに話せる人があまりいないのも不安だった。中には何十年も入院している人もいた。
 私は1日のほとんどをベッドの上で過ごした。誰とも喋らず、音楽を聞き、本を読んだ。私の主な症状は幻聴だった。不思議なことに、入院すると治まり、家にいるとものすごく酷くなる。一日中寝ていて、寝返りもうてないほどいろんな悪口が聞こえる。「アル中だったのと違うか!」、「麻薬やってたのと違うか!」、「真面目に働いていなかったんだろう!」、「死んでしまえ!」、「いじめてやる!」。そんな声が一日中聞こえるのである。入院して数日が経った頃、主治医が私に言った。
 「精神障害者手帳を作りましょう」
それでわかった。私は発症しているのだと。ただのノイローゼではなくなってしまったのだと。
 そして障害者年金を申請することになった。私の障害の等級は2級。1ヶ月に6万2千円もらえるという。仕事を辞めていた私には、喉から手が出るほど欲しいものだった。ところが申請は却下された。精神障害者としては認められているのに、障害者年金をもらう条件を満たしていないというのだ。保険を払った年月が2ヶ月足りないという。たった2ヶ月の差で、私は1円ももらえなくなった。
 何回も入院しながらも、私は障害者登録をして10年間働いた。障害者枠のパートの給料で暮らしていくのは本当に貧しかった。いつもお腹が空いていた。仕事に持って行く弁当は、いつも白ご飯にカニカマ3本だった。他の障害者は皆、障害者年金を貰ってのんびり過ごしているのに、何故私だけがこんなに働かないといけないのかと腹がたった。
 そのうち両親が亡くなって、私は生活保護になった。やっと救われた気がした。そして新たに見えてきたことがある。障害者年金だけで生活している人がどれだけ貧しいかということである。
 彼らの1日の楽しみは、ジュース1本か煙草数本だけである。何の生きがいもない。精神障害者だから、なかなか趣味を持ったり、生きがいを持つのは難しい。特に家族や家のない人は大変である。6万2千円で家賃を払って食べていくのだから、生きがいだなんだと言っていられない。ジュース1本の楽しみすら危うい。最低限の衣食住すらなく、服の1枚も買えずに困っている人もたくさんいる。その中から少しでも貯金しないと、入院した時に大変である。そんな生活が精神障害者の世界では当たり前なのである。コロナに始まったことではない。施設に入所したり、何十年も入院している人もいる。帰る家がなく、一人暮らしもできない人である。私も両親が死んだら自殺するつもりだった。絶望している人はたくさんいるのである。
 そんな人達が少しでも安心できるように、障害者年金の金額を上げて欲しい。そして何かに目覚めるような制度を作って欲しい。例えば、この人はどのようなことを喜ぶのか、どのようなことに興味を示すのかを見極めて、その方向へ導いてあげるための専門家の制度を作って欲しい。デイケアや介護士では範囲が狭すぎる。入院している人、施設に入所している人、一人暮らしの人も含めて、少しでも精神障害者の五感を刺激し、いろんなことが体験できる時間が持てるように、そんな制度を作ってあげて欲しい。例えば私は両親が残してくれた小さな家庭菜園を作っていくのが生きがいになっている。何年かかかってそうなってきたものである。生活保護の範囲でやっているので、100円ショップで道具を揃えている。それでもいい生きがいになっている。好きなこと、心惹かれることは人それぞれ違うから、できることとできないことがあるけれど、お金がないなりに、例えばテレビ番組の見方だとか、意味はわからなくても楽しい音楽などを教えてくれる専門職の人がいたらどうだろう?。その時間が楽しみになるような、せめてそんな人生を歩めるようにしてあげて欲しいのである。精神障害者は金銭的にも精神的にも貧しい。それが当たり前になっている。コロナに始まったことではないのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み