よくある断罪物語

文字数 2,000文字

「クリスティア・ラーナ!貴様を断罪する!」
 扉が開かれ、荒々しい言葉と共に勢い勇んで入って来たのは、白を基調とした豪華な衣装に身を包み、深青(ダークブルー)の髪を短く切り揃えた青年、この国の第一王子だ。
 ソファでお茶を嗜んでいた令嬢が何事かと振り返る。
「はあ」
 しかし、王子の姿を見ると興味がないとばかりに気のない返事を返し、共にお茶を楽しんでいた相手に向き直った。
 王子は、彼女の素っ気ない態度にむっとして口を開こうとし、声が遮った。
「おぉ、息子よ。今日も元気でよろしい。―――して、断罪とは?」
 彼女と向かい合っていたのは、王子の父、即ち、この国の王である。口元には柔和な微笑みが浮かんでいるが、目は少しも笑っていない。国王として発する威圧とは別の何かが含まれる様子に、王子はたじろぎ身を竦ませる。向かいで聞いていたクリスティアは小さく溜息をついた。
「国王様、アレン様はこう仰りたいのです。(わたくし)が―――アレン様の恋人を虐めた、と」
「・・・なに?」
 国王の片眉が吊り上がった。室内に暖かい陽光が降り注いでいるにも関わらず、真冬のような冷たさが満ちた。
 クリスティアは、そっと王子を仰ぎ見た。顔色が青褪めていく。何かを話そうと空気を求める魚の様に口を動かすが上手く言葉に出来ない。
 (仕方ない(かた)、私が手伝って差し上げます)
 彼女は、微笑みながら扇で口元を隠した。
「アレン様は、学園で一生を誓い合う素敵なご令嬢とそれはそれは運命的な出逢いをなさったのです。それも、私や侍従の目を盗んでは彼女と逢瀬を重ね合わされ。私との婚約破棄をご決意なされたのです。そして、私が彼女を陰湿に虐めた、という架空の証拠を揃え、今に至るのですわ」
 そっと目を伏せ悲しげに溜息を吐く。クリスティアは国の中でも随一の美女として名を馳せている侯爵令嬢。たったそれだけの仕草で絵になる美しさがある。
 アレンは、震えながら彼女を見た。父王に対する怯えか、彼女に対する怒りか、どちらともつかない震えだ。
 確かに、彼女の言っていることは概ね事実だ。だが、彼女が自分の恋人を虐めていたのは確かで恋人とその友人達も証言している。
「ク、クリスティアっ!そ、そなたが、ゆ、友人の令嬢を唆して、キャシィを虐めていたことは、う、裏が取れている!こ、これがその証言をまとめたものだ!」
 ばさ、と机の上に紙束が投げつけた。
 クリスティアは手に取り、(めく)っていく。
「・・・これが、その証拠ですの?」
「そ、そうだ!架空とは言えまい!」
 彼女は、ふん、とほんの少し得意気になった王子を一瞥し、大きく溜息を吐いた。
 こんな、人の証言だけが証拠だなんて。
 今時、投影魔法で記録すら取れていないものを証拠と扱う国がどこにあるのか。そも、此処に書かれている人達は、友人ではない。そんなことすら知らないこの婚約者は、とことん私に興味がなかったのだと痛感する。
 向かい側から国王が無言で見せなさいと促してきた。正直、この拙い物を見せる必要があるのかと思ったが、早く寄越せと手で催促されてしまっては仕方がない。そっと手渡し、代わりに少し冷めてしまったカップを手にする。
 ぱらぱらぱらと紙束が捲られる。
 そして、ばさ、と乱暴に机に投げ捨てられた。
「―――アレン・スティアード・フォルン。第一王子としての自覚を忘れたというのならば、即刻叩き出してやろう」
 クリスティアは、目を丸くした。例え王子の婚約者といえども、婚姻していない状態では王族の一員ではない。それなのに王族のしかも第一継承権を持つ王子の処分を言い渡すなど。
 アレンの少し血色の戻った顔が再び青褪めた。青を通り越して白になりつつある。
「なっ、ち、父上!そ、それはあんまりです!僕が一体何を「黙れ」
「愚息だとは思っていたが、よもやこれ程とは。貴様はこれを証拠としたが、此処に書かれている者共の名は、クリスティア嬢とは特別親しくない者達だ。その者達の言葉を鵜呑みにし、この王の前で断罪とは片腹痛い。よって、アレン・スティアード・フォルン、貴様をこの王宮より叩き出してくれる」
 王が合図をすると衛兵が入ってきて、王子を拘束した。連れて行け、と命じると元王子は何かを叫びながら引きずられていった。
「さて、クリスティア嬢よ、問題は解決した。余の申し出を受け入れてくれるな?」
 にこと微笑んだ王にはもう先ほどの厳しさはなかった。今、目の前で行われたことは現実なのか、と疑ってしまうほどに。
 クリスティアは、目を瞑り、紅茶を口にした。暫くして、静かに口を開いた。
「・・・はい、お受け致します」


 こうして、クリスティアは、リチャード・スティアード・フォルン王の第二正妃となった。
 ちなみに元第一王子は、国王の第二正妃を冤罪にしようとした罪で王位継承権を剥奪され、懇意にしていた令嬢とは離縁を言い渡され、ラーナ侯爵家にて下男として下働きをしているという。
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