守ってあげたい

文字数 1,999文字

「みんな集まってるから」
「うん」
実家の集まりに新婚の妻を連れて来た正友は助手席の妻に不安を抱えていた。それは母親が妻の咲良を不服に思っていたからだった。
元彼女を気に入っていた母は、咲良が幼い頃、病弱だった点を未熟だと彼にいつも溢していたからだった。
そんな事を知らない妻は、自分を信じて実家について来てくれていた。
実家には独身で一人暮らしの姉も来ており、家族そろっての自宅での食事会となった。
台所を手伝うと咲良が申し出たが、母と姉がブロックしていた。
優しさなのか、意地悪なのか不明だが、正友は咲良を横に置き、父と話をしていた。そんな時だった。
「お義父さん。ちょっと立ってくれませんか」
「どうした」
「ちょっと気になるの」
妻は父を立たせ、目線を確認していた。
「何かあったの」
「あのですね」
咲良は救急車を呼ぶと言った。


サイレンが恥ずかしいという母に咲良は、外に立ちオーライオーライで救急車を誘導した。
「本当に行くの?」
「お義父さんは脳梗塞かもしれないです。何もない事を調べましょう」
「大袈裟な」
「母さん。姉さん。いいじゃないか」
そして救急病院で初期症状だと判明した。
「入院?ここでいいの?」
「東京の大学病院の方が」
義理母と義理姉に対し、咲良はここにしようと提案した。
「今は血液をサラサラにする点滴です。それにお義母さんが通えませんよ」
「でも」
大きな手術の時は、転院すれば良いと話す嫁に正友は母と姉にこれに従わせた。
やがて病室が空くまでの間。母と姉が落ち着かない中、咲良は入院手続きを済ませた。
「正友さん。保証人は別住所の人なの。正友さんがなってあげて」
「ああ」
「印鑑もあるから」
普段から持ち歩いている三文判を押した咲良は、書類を提出した。
やがて病室が空いたので義父は移動した。看護師は必要なものを言い出した。
「下着、歯磨き、ティッシュ。お父さん。私が家から取って来ますね」
「お母さん。疲れたでしょう。私が行くわ」
「あれ?咲良がいない」
すると彼女は地下の売店で全て購入して来た。
「後の物は明日でいいですよ。さあ、帰りましょう」
看護師もそうしてくれというので、四人は病院を出て来た。
「お義母さん。車で来る時はあそこに停めたらいいですよ」
「そうね」
「お義姉さん。バス停はあそこです」
「本当だ。わかりづらいわね」
「タクシー来たぞ」
こんな入院騒動。若い嫁の手際の良さに家族は密かに驚いていた。

この日。正友は咲良とマンションに帰って来た。
「はあ。お前がいて助かったよ」
「今度はお義母さんが心配だね」
看護する母を心配してくれた妻に感謝を述べた彼は疲れて早寝した。
この日以来、彼は会社帰りに見舞いをした。
「咲良ちゃんはどうした」
「病院に何人も押し掛けちゃダメだろう」
「そうか」
入院の父はどこか寂しそうだった。付き添う母に妻からの差し入れを渡した彼は、マンションに帰って来た。
「お義父さんはどうだった?」
「お前の事ばっかり呼んでるよ」
この話の翌日。正友は姉から激怒の電話を受けた。
「は?」
『大部屋よ?あれじゃ可哀想よ』
病室の移動に立腹の姉に対し、彼は咲良に見舞いを頼んだ。


その夜。妻は早く帰って来た。
「どうだった」
「問題ないよ」
ナースステーション横だった病室は、重篤な患者用。快方に向かう義父は大部屋の方が楽しいと妻は笑った。
「いびき対策に耳栓あげたら喜んでいたよ」
「親父のいびきがすごいのにな」
「私はこんな事しかできないから」
これに憂いを感じた彼は、妻に確認した。彼女は彼の家族に元彼女と比較されている事を知っていたと話した。
「お義父さんは、その事でいつも私に謝るの」
「そうだったのか」
「そんな顔しないで。気にしてないから」
正友は弱々しい彼女を守ってあげたい気持ちで結婚した。しかし強いのは妻の方だったと知った。
「咲良」
「はい。ビール。いいんだよ。これからだもの」
自分を知ってもらうためにゆっくり付き合いたいと妻は微笑んだ。彼は妻の頬にキスをした。


「退院おめでとうございます」
「ああ。咲良ちゃんのおかげだよ」
「それと。今度の検査はいつですか」
実家での快気祝いの席、妻は義母に確認した。
「その時、お義母さんも検査したら?」
「私は平気だよ?」
「いやいや。咲良さんの言う通りよ。母さんもしてよ」
「俺も姉さんに賛成」
そして義父母は咲良にお礼をしたいと言ったが、嫁は辞退した。
「それは正友さんにしてもらうので」
「ぶ!」
「そうだ。お前がやれ」
「お金は母さんが出すよ」
「あーあ。私も咲良ちゃんみたいなお嫁さんが欲しいな……」
窓の外。庭の樹は南へ腕を広げていた。春のそよ風の中。そのピンクの蕾は笑うようにふっくらと膨らんでいた。







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