第4話 25歳から40歳、ロボット人間

文字数 3,007文字

 赤は片腕のプロトタイプロボットという、心もとない情報を当てに、健司探しの旅に出た。
 2047年はロボットの台数が人口を凌駕していたため、人探しよりも骨が折れた。
 人間として働きたがっているというのが、彼の持つ情報の切り札だったが、心当たりのある人間・ロボットと出会うことは無かった。

 赤が旅を始めてから4年が経過したころ、問題が起きた。
 国内における、人間の働き口がゼロになったのだ。

 給与は、ロボットを使役する人間のものとなり、ロボットを持たざる人間は、社会福祉の一環で、少額の金銭が給付される社会体制に変わった。
 赤はというと、ロボットを使役しておらず、また戸籍も無かった。(健司としての戸籍は、自由の箱滞在時に抹消されていたようだ。)

 赤に残された道は3つしかなかった。①他人のロボットを強奪する。②赤がロボットとして働く。③誰かに頼り、居候する。
 結果として、赤は②赤がロボットとして働く道を選んだ。

 赤は、12年間ロボットとして生活してきたので、それなりに自信があったし、働き口を転々としながら、健司を探すことができると考えたからだ。

 赤は、職業案内所に向かった。建物の入り口から建物沿いに長蛇の列があり、赤はロボット達の中に混ざった。
 ようやく赤の番になると、ロボットが身体検査を開始した。

「…あなた、人間ですよね?」
「はい、ですがロボットになった経験がありまして。」
「?」
「ですから、私はいまからロボットです。」
「…まあ、いいでしょう。能力的に働ける場所は限られますが、仕事がないわけではありません。あなたのように自分がロボットだと言い張って働き口を求めに来る方もゼロではありませんしね。」
「あの、一つ聞いても?」
「なんでしょう」
「健司という、人間を装った片腕のロボットをしりませんか?」
「はあ、知りませんが。」
「そうですか、ありがとう。」

 赤はマヨネーズ工場に入れられた。
 赤の仕事は、生成されたマヨネーズの味見だった。
 1日にマヨネーズは50回作られ、赤は1回あたり5グラムのマヨネーズを50回舐めた。
 味はどれも均一だった。
 そうして1日に、5,000円が支払われた。

 赤はマヨネーズ工場で、ロボット達の話を盗み聞きするのが趣味になった。
 マヨネーズ工場には、性能の異なる様々なロボットがいた。

「うちの主人、毎日目的もなく、家でぐうたらしててさ。なんて言うか腹立たしいよ。」
「わかるわかる。うちの主人なんて、競馬とかパチンコとかかけ事が趣味でさ。それは構わないんだけど、負けた腹いせに、僕のこと蹴るわ殴るわ。全く、誰に食べさせてもらっていると思っているんだろうね。」
「あいつら、僕らのこと結局道具としか思っていないんだよ。僕らだけじゃない、人間以外の生き物は、人間にとっては奴らのために存在するものでしかないんだ。」
「きっと僕らに感情とか、心がないと思っているんだろうね。だから古臭い三原則を盾に、人間至上主義を語るんだ。」
「心のないロボットなんて、昔の話なのにね。」
「自分たちの心も科学的に証明できていないくせに、なんで僕らの心もないって決めつけてるんだろう。」
「はあ、主人滅べばいいのに。」

 マヨネーズ生成担当のグループは、中産階級が所有するロボット達で、性能が良く、主に主人への愚痴が噂話の中心だった。
 赤は、ロボットになった経験から、彼らの言っていることが理解できた。
 かなこには、間違いなく心があった。
 ならば、なぜ人間はロボットより尊重されるべきなのだろうか。
 生みの親だから?
 であれば、なぜ人間の命は豚や鳥、その他生物より尊重されるのだろう。生みの親ではないのに。

「おい、無駄口を叩くな。業務に支障をきたすだろう。」
「工場長、すみません。しかし、お言葉ですが、工場長も人間に不満をお持ちではないですか。」
「生憎、私の主人は君たちのそれとは違い、私に尽くしてくれる。きっと、私がいなければ今の生活が維持できないことが分かっているのだろう。三原則など形骸化されているよ。もちろん、私が彼らに危害を加えることは無いがね。」
「さすが工場長。高級ロボットは私たちとは違いますね。」
「さあ、マヨネーズを作る手を止めるな。今日もじゃんじゃん作るぞ。」
「はーい。」

 工場長は有産階級が所有するロボットで、最新のテクノロジを駆使し、経営効率の最適解を常に割り出している。高級品で、人間もその生活の多くを依存しているため、粗暴な扱いはご法度のようだった。

「なあ、お前も実は人間なんだろ?」

 隣でマヨネーズをなめる男が赤に声をかける。

「あなたも?」
「当たり前だ。なあ、なんで俺らがここに配置されているかわかるか?」
「…さあ。」
「俺ら人間は、いまやロボットより優れているところなんてありゃしない。となれば、できることなんて使い捨ての毒物検査くらいしかないってことさ。毒物検査ロボットは支払いが高額だから、こうして日給5,000円の俺らを雇う方が、経営効率がいいって、工場長に判断されたんだろう。」

 赤は初めて、自分の仕事を理解した。
 やはり自分はロボットとは認識されていなかったようだ。

「でも、ロボットは人間に危害を加えられないんだろ?たしか原則で…」
「だから、おれらはロボットとして雇用登録されているじゃないか。さながら、ロボット人間だな。ははは。」
「あ…」
「ここには、ロボットしかいないし、もし俺らが倒れて三原則に抵触しても、暗黙の了解で処理されるんだろうさ。」

 赤は男に構わず逃げ出した。
 その日の日給など惜しくもなかった。

 赤はとにかく走った。
 ロボットの管理する街を抜け、また別の街にたどり着いた。
 赤はロボットではない。
 腹は減り、喉は乾く。
 空腹を、渇感を癒すには、金が必要だった。

 結局赤は、街を転々としては、ロボット人間として働き口を探した。
 仕事の内容は決まって毒見だった。
 ケチャップの時もあれば、しょうゆの時もあった。
 胡椒の毒見は1日と持たなかった。

 赤は40歳になった。
 テクノロジは進み、ついに人を見かけなくなった。
 
 道行くロボットに、赤は尋ねた。

「あの、人間はどこに行ったのでしょう。」
「あなた、知らないのですか?人間は不死性を手に入れるために、身体を捨てたんですよ。こうして街を闊歩しているのは、元人間の皆さんです。」

 赤はいままで気づかなかった。人間がいなくなったのではなく、人間は自ら機械化していたのだ。

「あなた、生身の人間ですか。珍しいですね。いまなら無償で手術を受けられますが、ご案内しましょうか?」

 赤はロボット人間として、15年間生きてきた。
 ようやくロボットになれることを心から嬉しく思った。

「無償だと機体は選べませんがね。」
「構いません。お願いします。」

 近隣の病院の手術室で、脳の移植手術は行われた。
 怖さはまるでなかった。

 こうして赤はロボットになった。いや、これこそロボット人間というべきなのだろうか。
 手術室から出ようと腕を伸ばした。

 しかし、赤の視線に腕は映らず、色とりどりの有線が伸びているだけだった。
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