第1話 試合終了

文字数 1,443文字

 試合終了を告げる笛が鳴る。チームメイトがピッチに倒れ込んだ。泣き崩れる者や天を見上げる者がほとんどだった。僕は彼らの様子を呆然とベンチから眺めていた。笛はただの試合終了を告げる音ではない。僕たちの三年間を強制的に奪う音だった。

 早過ぎる引退。夏の全国大会を目指した僕たちの挑戦は県予選の二回戦であっさりと終わった。まだ五月に入ったばかりだった。悲しい、情けない、悔しいといった色んな感情がチームを襲う。選手や監督、マネージャー含め全員がチームの敗北を受け入れることができなかった。

 いや、全員ではない。僕だけは違った。僕はチームが負けたことに安堵していた。別に嬉しいわけではない。ただ安心していた。やっと解放されたと感じた。長かった。全てを諦め、絶望したあの日から。辞めたいと思ったことは一度ではない。それでも最後まで辞めることはできなかった。そんな三年間がようやく終わったんだ。念願の瞬間を迎えたはずだったけど、心はあまり晴れなかった。


 保護者と応援団の待つスタンドへ挨拶に行く。人数の割に小さな拍手が僕たちを迎えてくれた。泣いている保護者や選手もちらほらといた。彼らを見ると、負けて安心している自分がどうしようもなく卑しい奴だと感じ、胸が締め付けられた。それでも悔しい、悲しいといった感情は湧いてこなかった。

 これではいけないと思い、打ちひしがれるチームメイトの肩に手を置き、励ますことで悲しみに包まれるチームに必死に溶け込んだ。僕は今悲しそうな顔ができているだろうか。感謝を伝える最後の挨拶で僕はそんなことばかり考えていた。僕は最低な人間だ。

 挨拶の後は最後のミーティングが開かれた。最後のミーティングといえば、監督が感動的な言葉を投げかけ選手、監督共に涙するといったイメージだろう。僕もそう思っていた。しかし僕らの最後のミーティングは全然違っていた。

「俺の監督人生でこんなすぐに負けたのは初めてやわ。ホンマに恥かかせやがって」

 監督は吐き捨てるように言った。これで最後のミーティング終了。監督は帰っていった。何年か経って、この言葉を振り返ったときに今とは違う捉え方ができるのだろうか。ただ厳しいだけに思えるこの言葉に高校生では理解できない真意があるのだろうか。

 とにかく今は監督を殺したい気持ちになった。この人は僕らのことを駒としか見ていなかった。勝利に導けない駒なんて、彼からしたらゴミ同然だった。選手全員で監督の悪口を言いながらダウンをした。

 いつものように選手全員で一つの円を作り、ストレッチをする。僕の隣には必ず正ゴールキーパーの生駒がいた。学年で唯一同じポジションの彼とは三年間で多くの時間を共に過ごした。トレーニングはもちろん学校生活でも一緒にいることが多かった。引退することは何も悲しくなかったが、彼と過ごす時間が大きく減ることは寂しかった。そんなことを考えていると、彼が僕の目を見て言葉を絞り出すように言った。

「吉野ごめん。こんなところで終わって……」

 やめてくれ。僕にそんなこと言わないでくれ。お前の目の前にいるのは引退できて喜んでいる最低なチームメイトなんだよ。生駒はチームの中心選手で責任感の強い男だ。「ずっと支えてくれたベンチや応援席のみんなに申し訳ない」と彼は謝っていた。

 心底自分が嫌になる。僕は高校でどれだけ自分に失望したらいいんだ。こんなはずではなかった。僕はこんな結末を望んで、高校に入学したのではない。どうしてこうなってしまったのだろうか。
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