第1話
文字数 1,715文字
撮り鉄の評判が悪い。
しかし常識的な撮り鉄が集まった撮影現場は、皆、それぞれ強烈な個性とこだわりがあって実に面白い。
ある休日の夜明け前、JR東海道線大船駅そばの鎌倉踏切に撮り鉄に出掛けた。撮影場所は片側1車線道路の踏切で、狭い歩道脇の畳1畳もないスペースだった。そこに既に5~6人の撮り鉄が立っていた。
「お早うございま~す。」
私は声を掛けた。何事も挨拶が大切だ。
「お早うございます。」
「あっ、あの~、僕、遮断機が下りたら歩道のこの部分で踏み台に乗って撮影しますから。」
歩行者の邪魔をしないように歩道の脇に並んでよけて立っていた撮り鉄の一人が一歩出てきて、歩道を指さして言った。成る程、場所取り宣言だ。彼は超望遠レンズを装着したカメラを持っていた。
私はほかの撮り鉄の持っているカメラ、特にレンズを見回して状況を判断した。
「どうぞ、いいですよ。僕はこちらから撮りますから。」
さて、日が昇り撮影開始だ。皆、早朝の東海道線上り貨物列車狙いだ。
カンカンカンカン…
警報器が鳴った。遮断機が下りる。皆、一斉にカメラを構える。不思議なことに誰もが、お互いに撮影の邪魔にならないような布陣になる。焦点距離の短いレンズの撮り鉄は前列でしゃがみ込んで構える。次に中距離の焦点距離のレンズの撮り鉄が中腰で、そしてその肩越しから望遠レンズが、さらに外側から超望遠レンズの撮り鉄が狙う。
打ち合わせもないのに、阿吽 の呼吸の展開に感動した。
カシャカシャカシャカシャ
最初に超望遠レンズのカメラの連写音が始まる。(これにつられてシャッターを押してはダメだ。もっと引き付けてからだ。)私のファインダーの中の機関車はまだ、遥 か遠くだった。
カシャカシャカシャカシャカシャ
カシャカシャ
カシャカシャカシャ
1枚の貨物列車の写真でも、連写の始まりとその長さは個々に異なる。写真の構図、撮影条件、シャッターチャンスは十人十色なのだ。
「はい、では新婦のご家族の皆様は前にお並び下さい。ご家族の記念写真を撮ります。」
「それから写真を撮る方はぜひ、撮ってあげて下さい。」
この3月の吉日、私の従妹夫婦の次女の結婚披露宴があった。その親族控室で、結婚式場専属のカメラマンが言った。
出席者が皆、カメラやスマホを持ってカメラマンの周囲に集まってきた。場所取りだ。そこは撮り鉄で鍛えてある。私は咄嗟 にカメラマンの左肩越しの位置を確保した。
「はい、では、こちらを見て下さい。撮りますよ。」
カメラマンは右手に写真機を持って、左手を挙げて言った。
カシャカシャカシャカシャ
私はカマラマンが言い終る直前にシャッターを押した。普段の表情から、さぁ、いい顔をしよう、とする一瞬の表情の変化を狙った。
「はい、どうも有り難うございました。ではもう一枚…」
カシャカシャカシャカシャ
新婦のホッとして緊張が解ける瞬間の表情を狙った。
「あの~、カメラマンは私ですからね、私の方を見て下さいね。」
自分の考えているのと違うタイミングで、左肩越しにシャッターの連写音が聞こえる。きっとカメラマンはイライラしただろう。癇 に障 ったのだろうと思う。
結婚式場専属のプロカメラマンは整った一番美しい表情をカメラに収める。私は、瞬間の自然の姿を追う。こだわりの内容に違いはあっても、こだわりへの思い入れには、プロにも負けない部分があるのだ。
んだんだ。
余談になるが前述の夜明け前から集まった撮り鉄の狙いの本命は、現存する数少ない旧国鉄型の EF65 型機関車が牽引する貨物列車だった。
これが運悪く、貨物線の手前を並走する大船駅6時40分発のJR東海道線上り(上野・東京ライン)の普通列車と重なってしまった。(これを撮り鉄用語で「被 り」という)(写真1↓)
夜明け前から待ちに待った EF65 型機関車のシャッターチャンスはなかった。❨ふ~。落胆のため息❩
普通列車、貨物列車は通り過ぎて、遮断機が開いた。その瞬間、既にカメラを片付け終わった撮り鉄たちは開いた踏切を渡り、散り散りばらばらになって行った。
後には乾いた砂のような連帯感が残った。
(2024年3月)
しかし常識的な撮り鉄が集まった撮影現場は、皆、それぞれ強烈な個性とこだわりがあって実に面白い。
ある休日の夜明け前、JR東海道線大船駅そばの鎌倉踏切に撮り鉄に出掛けた。撮影場所は片側1車線道路の踏切で、狭い歩道脇の畳1畳もないスペースだった。そこに既に5~6人の撮り鉄が立っていた。
「お早うございま~す。」
私は声を掛けた。何事も挨拶が大切だ。
「お早うございます。」
「あっ、あの~、僕、遮断機が下りたら歩道のこの部分で踏み台に乗って撮影しますから。」
歩行者の邪魔をしないように歩道の脇に並んでよけて立っていた撮り鉄の一人が一歩出てきて、歩道を指さして言った。成る程、場所取り宣言だ。彼は超望遠レンズを装着したカメラを持っていた。
私はほかの撮り鉄の持っているカメラ、特にレンズを見回して状況を判断した。
「どうぞ、いいですよ。僕はこちらから撮りますから。」
さて、日が昇り撮影開始だ。皆、早朝の東海道線上り貨物列車狙いだ。
カンカンカンカン…
警報器が鳴った。遮断機が下りる。皆、一斉にカメラを構える。不思議なことに誰もが、お互いに撮影の邪魔にならないような布陣になる。焦点距離の短いレンズの撮り鉄は前列でしゃがみ込んで構える。次に中距離の焦点距離のレンズの撮り鉄が中腰で、そしてその肩越しから望遠レンズが、さらに外側から超望遠レンズの撮り鉄が狙う。
打ち合わせもないのに、
カシャカシャカシャカシャ
最初に超望遠レンズのカメラの連写音が始まる。(これにつられてシャッターを押してはダメだ。もっと引き付けてからだ。)私のファインダーの中の機関車はまだ、
カシャカシャカシャカシャカシャ
カシャカシャ
カシャカシャカシャ
1枚の貨物列車の写真でも、連写の始まりとその長さは個々に異なる。写真の構図、撮影条件、シャッターチャンスは十人十色なのだ。
「はい、では新婦のご家族の皆様は前にお並び下さい。ご家族の記念写真を撮ります。」
「それから写真を撮る方はぜひ、撮ってあげて下さい。」
この3月の吉日、私の従妹夫婦の次女の結婚披露宴があった。その親族控室で、結婚式場専属のカメラマンが言った。
出席者が皆、カメラやスマホを持ってカメラマンの周囲に集まってきた。場所取りだ。そこは撮り鉄で鍛えてある。私は
「はい、では、こちらを見て下さい。撮りますよ。」
カメラマンは右手に写真機を持って、左手を挙げて言った。
カシャカシャカシャカシャ
私はカマラマンが言い終る直前にシャッターを押した。普段の表情から、さぁ、いい顔をしよう、とする一瞬の表情の変化を狙った。
「はい、どうも有り難うございました。ではもう一枚…」
カシャカシャカシャカシャ
新婦のホッとして緊張が解ける瞬間の表情を狙った。
「あの~、カメラマンは私ですからね、私の方を見て下さいね。」
自分の考えているのと違うタイミングで、左肩越しにシャッターの連写音が聞こえる。きっとカメラマンはイライラしただろう。
結婚式場専属のプロカメラマンは整った一番美しい表情をカメラに収める。私は、瞬間の自然の姿を追う。こだわりの内容に違いはあっても、こだわりへの思い入れには、プロにも負けない部分があるのだ。
んだんだ。
余談になるが前述の夜明け前から集まった撮り鉄の狙いの本命は、現存する数少ない旧国鉄型の EF65 型機関車が牽引する貨物列車だった。
これが運悪く、貨物線の手前を並走する大船駅6時40分発のJR東海道線上り(上野・東京ライン)の普通列車と重なってしまった。(これを撮り鉄用語で「
夜明け前から待ちに待った EF65 型機関車のシャッターチャンスはなかった。❨ふ~。落胆のため息❩
普通列車、貨物列車は通り過ぎて、遮断機が開いた。その瞬間、既にカメラを片付け終わった撮り鉄たちは開いた踏切を渡り、散り散りばらばらになって行った。
後には乾いた砂のような連帯感が残った。
(2024年3月)