第1話

文字数 1,629文字

 爽やかな空と風に揺れるポプラの葉。無数の葉が元気におしゃべりをしているみたいだ。視線を遠くやると瀬田川の水面が陽の光を反射してキラキラと光っていた。
 入学した高校の3Fから見える景色は格別だった。だから、私は頬杖をついて窓の外を見ていた。
「本橋、もう解けたんか?」
 先生の声が聞こえた。
「はい?」
「本橋、ぼーとすんな。次の問題は解けたんか」
「はい、えーと√3a-5です」
 ノートを見て答える。
「……合っとるな。本橋、ぼんやり外なんか見とらんで、しっかり勉強せえ」
 数学教師は言った。クラスの皆が注意されている私を面白そうに見ている。
 私は小さく「はい」と言うとまた外に目をやった。
 何もかもが平和でそして酷く退屈だと思った。

 この高校には私の卒業した彼岸花中学からは誰も来ていない。レベルが高すぎるのだ。
 彼岸花中学。そして、港野ヨーコとの出会い、あれは私の人生の転機だったと思う。
 あれで私は人と関わる事の大切さを知ったのだった。

 彼岸花中学は単学級の小さな中学だった。
 中2の時に母が私を連れて彼岸花町の母の実家にやって来た。離婚では無い。
 私は町でたった1つの中学校に転校した。学校を牛耳っていたのは、港野ヨーコと言う子だった。建設業のその父親は町では絶大な権力を持っていた。

 それは無視から始まった。
 けれど、元々私は独りでいるのが好きだったし、ずっと小さい頃から脳内友人とおしゃべりをしていたので、それ程辛いとは思わなかった。私の脳内には人外を含め多様な友人が住んでいるのだ。
 私が響いていないのに気が付いたヨーコは違う作戦を考えた。

 私の物を隠す作戦だ。
 これには閉口した。私の物が色々と消えた。体操着やら上履きやら。仕方が無いから私は最小限の荷物をリュックに入れて登校し、体操着は制服の下に着用し、脱いだ制服はそのリュックに仕舞って体育に臨んだ。背中にリュックを背負って活動している私を先生達は誰も注意しなかった。理由を知っているからだ。上履きを使っている時は下履きをリュックに入れて、下校時には上履きを入れて持ち帰った。
 机は酷い落書きだらけだったが、私は登校するとヤトリで購入したお気に入りのテーブルクロスを乗せて勉強した。

 次に彼等は私の給食にチョークの粉を入れた。
 温厚な私も流石にこれには腹を立てた。油性マジックで落書きされた机と粉の入った給食の写真を撮って、それをすぐにSNSにアップした。序に学校のアドレスと電話番号も貼って置いた。すぐに拡散。物凄い数の苦情電話が学校に殺到し、学校宛のメールには爆破予告まで届いたらしい。それはニュースで取り上げられ、教育委員会が調査にやって来た。ヨーコとその一味、まあクラス全員なのだが、は何度も取り調べを受けた。
 担任も校長も苛めは認められないと言った。あれはちょっとしたフザケだったと言ってまた炎上した。私はこの人達は何でもう少しものを考えないのだろうと思った。
 母は転校を勧めた。東京にいる父の所から向こうの中学へ通いなさいと言った。
 私はそれを断った。

 
 ある日登校したら私の机に白い花が飾られていた。「ご愁傷様」と黒くて太いマジック書きの文字。自分の写真に大きく✖が書かれ、黒枠で囲まれ貼り付けられていた。
 クスクスという忍び笑いがあちこちから聞こえた。
 流石に悪質だと思った。これは人の尊厳を酷く損なう。これは私に死ねと言っているのと同じじゃ無いか。しかし、懲りない連中だと半分呆れてもいた。何でこんな事ばかりしているのか。暇なのか? 構ってチャンなのか?
 これはとことん付き合わないと駄目なのだろうか? だったら、とことん付き合ってやろうじゃ無いか。

 私は花瓶を持つとヨーコの所に行って頭からそれを掛けた。ヨーコは水浸しになった。ばらばらと白い花が頭から落ちる。
 クラス中がしんとした。先生も固唾を飲んで見ていた。
「何すんの!」
 ヨーコが叫んだ。
「お返し」
 私は無表情に言った。
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