第1話

文字数 9,997文字

 一目見た瞬間、彼だけが輝いて見えた。
 三人並んだ男の子のうち左端に立っていた背の高い男の子が手を上げた。
「久浦廉。18歳、高校三年生です。廉って呼んでください」
 その男の子は自己紹介をするとはにかむように笑った。さらっと流れる前髪、笑ったときにできるえくぼ、恥ずかしそうに頭を掻く姿、全てに目を奪われる。
「――あの?」
「あっ」
 廉君に見とれているうちに順番が来ていたようで、注目されていることに気付き慌てて頭を下げた。
「き、桐谷琴葉、高校二年生です。琴葉って呼んでください」
 顔を上げた私と目が合うと、廉君はにっこりと笑ってくれる。たったそれだけで心臓が鳴り響く。いったい私はどうしてしまったんだろう。
「それじゃあ行こうか」
 廉君の言葉でみんなが歩き始める。その後ろを、心臓のドキドキがおさまらないまま私も慌てて追いかけた。

 向かったのは水族館やショッピングモールが入っている大型の施設だった。
「腹減ったー」
「とりあえず飯だね」
 私の斜め前で廉君と男子が話しているのをこっそりと見つめる。改めて見てもやっぱり凄く格好いい。一つ年上らしいけど、同じ学校の先輩にだってこんなに格好いい人はいないと思う。
 そんなことを考えていると、突然廉君が振り返った。
「琴葉ちゃんは何食べたい?」
「え、あ、あの」
「俺、オムライスが好きなんだよね」
 子どもっぽいなーなんて言って隣の男子が廉君を笑うから、私は慌てて答えた。
「わ、私も!」
「え?」
「私もオムライス好きだよ」
「ホント? ほら、琴葉ちゃんもこう言ってるしオムライスがある店にしようぜ」
 嬉しそうに笑うと廉君はお店を探し始める。好きな物が同じだった、たったそれだけなのにこんなにも心臓がドキドキするなんて。
 もっと話をしてみたい。そんな感情がくすぐったい。もしかしたら私はこの人を好きになるのかもしれない。そんな予感が私の中で湧き上がった。

 お店に入ると私と廉君はオムライス、他の子たちもそれぞれ好きな物を注文する。食べながら話し始めたのは、私も含めきっとみんなが気になっていたことだった。
「第一印象誰だった?」
 ショートボブでサバサバとした雰囲気のみくるちゃんがみんなを見回して言った。第一印象……。廉君の第一印象は誰なんだろう。思わず視線を向けると、廉君が口を開いた。
「俺、みくるだよ」
 瞬間、心臓が締め付けられたように苦しくなる。もしかしたらほんの少しだけ期待してたのかも知れない。そんなことあるわけないのに。
「俺もみくるちゃんかな」
 廉君の隣に座っていた短髪の男の子もそう言う。たしかにみくるちゃんは可愛いし話しやすいから、みんなが気にするの分かる気がする。それに比べて私は……。
 って、ダメダメ。頑張るために来たんだから!
 顔を上げた私の斜め向かいで雄大君が、そして私の隣で静香ちゃんがお互いの名前を答えた。
 二人は第一印象両思いらしい。……いいなぁ。
「琴葉は?」
 ついに私の順番が来てみくるちゃんがこちらを振り返る。私は、覚悟を決めると口を開いた。
「私は廉君、かな」
「あ、私も一緒!」
 嬉しそうに言うみくるちゃんとは裏腹に私の気持ちは重くなる。廉君の第一印象もみくるちゃんということは、二人は第一印象両思いってことになる。頑張ろうって思う気持ちと、無理だって思う気持ちが入り交じる。
 落ち込む私をそよに、食べ終わったみくるちゃんが立ち上がった。
「と、いうことで。廉、ツーショット行こうよ」
「いいよ。行こうか」
 そう言って二人はお店を出て行ってしまう。残された私たちは微妙な空気のままなんとかお昼ご飯を食べ終えた。
 お店を出たところで雄大君が静香ちゃんをツーショットに誘い、私と昴君が残された。
「俺らもどこか行く?」
「そう、だね」
 私たちは少し歩き二人で近くのベンチに座った。何を話したらいいのかわからず黙っていると、昴君がこちらを向いた。
「ね、廉のこと、琴葉ちゃんも誘わなくてよかったの?」
「それは、その」
 誘いたくなかったと言えば嘘になる。でも、そんな勇気、私にはない。期限があるのだからもっと積極的にいかなくちゃと思うのに、どうしても動き出せない。
「なーんてね。思ってても行けないよなー。俺もそうだからわかるよ」
「……誘わないと駄目だってわかってるんだけどね」
「そうそう」
 思わずため息をついた私の隣で、昴君がうなだれながらこちらを向いた。
「俺たちさ、何か似てるね」
「そうかもしれないね」
 昴君と話しているうちに緊張も少しずつほぐれていく。こんなふうに自然に廉君とも話ができたらいいのに。
「でも、とにかく頑張ろう。ツーショット誘える機会があったら誘うこと。俺も頑張るから琴葉ちゃんも頑張って!」
「……うん」
 拳を突き出す昴君に、ためらいながらも私はグーを作ってそっと突き合わせた。
 
 水族館の入り口でみんなと合流して中に入ると、館内は魚だけでなくホワイトタイガーなどいろんな動物がいた。ボーッと見ていると水槽ごしに、昴くんと目が合う。その目は、行けと言っていた。
 そうだよね。いくら気になっていても話してみないとわからないことはたくさんある。もっと廉君のことを知りたい。廉君にも私のことを知ってほしい。
「あ、あの!」
 勇気を出して廉君の隣に行くと、声をかけた。一瞬、驚いたような表情を浮かべたあと、廉君はにっこりと笑った。
「どうした?」
「あの、ね……その」
 でも、いざ誘うとなると上手く声が出ない。指先が、足が震える。断られたらって思うと、怖くて怖くて仕方がない。
「琴葉ちゃん?」
 でも、今誘わないと今日はもう廉君と二人で話ができないかもしれない。もしも廉君の恋チケが二週間だとしたら、来週にはいなくなってしまうかもしれない。そのときに、後悔するぐらいなら……!
「ツ、ツーショット、行きませんか?」
 私の言葉に、廉君はフッと笑った。
「なんで敬語なの」
「だ、だって」
「まあいいや。じゃ、行こっか」
「う、うん!」
 歩き出した廉君の後ろを、みんなの方を気にしながらも慌ててついて行く。
 本当に、誘っちゃった……。
 今も心臓がバクバクしている。こうやって廉君と二人きりになれて、嬉しい。でもそれ以上に恥ずかしくて照れくさい。無意識のうちに距離を取っていた私に、廉君は不思議そうに言った。
「なんでそんな離れてるの」
「え、えっと」
「隣に来なきゃ意味ないじゃん」
 わざと歩調をゆっくりにすると、廉君は私の隣に並ぶ。肩と肩が触れそうな距離に逃げてしまいそうになるのを必死にこらえていると廉君が口を開いた。
「何か見たいのある?」
「うーん、廉君は?」
「ペンギンかな」
「私もペンギン!」
「ホント? 琴葉とは気が合うなー」
 あ……。今、琴葉って呼んでくれた……。
 たったそれだけで距離が縮まったような気がするのはどうしてだろう。些細なことがこんなにも嬉しく思うのはどうして――。
「お、いたいた。ほら、行こう」
 少し先に見えたペンギンの姿に、廉君は小走りでそちらへと向かう。そんな姿が可愛くて、おいでと手招きする廉君に、私は笑いながら近付いた。
「何笑ってんの」
「その、可愛いなぁって」
「えー。男は格好いいって言われた方が嬉しいんだけど……。まあいっか」
 照れくさそうに笑うと廉君はペンギンに視線を向ける。その姿に――。
「やっぱり私、廉君のこと好きだなぁ」
 思わず呟いてしまった言葉に、私は慌てて口を両手で押さえた。でも一度出てしまった言葉はもう元には戻らない。隣で少し驚いたような表情の廉君が私をじっと見ていた。
「今の……」
「あ、え、えっと、その……。き、聞かなかったことにして!」
「いいの?」
 私の言葉に、廉君は真剣な表情でこちらを見つめていた。
「聞かなかったことにして、いいの?」
「うん。今は、まだ。……お願い」
「わかった」
 そう言って優しく微笑む廉君の顔が、今までよりもずっと優しく見えた気がした。

 みくるちゃんがやってきたのは、ペンギンを見終わり、次はどこに行こうかと話をしていたときだった。
「次、私と一緒に回ろっ」
「あ……」
 私に微笑んだあと、みくるちゃんは可愛らしく廉君を誘う。何も言えずにいる私の隣で廉君は頷いた。
「おう。んじゃ、行くか」
 二人きりの時間が終わって残念、そう思っているのは私だけのような態度にショックを受ける。さっきまでの時間がまるで砂時計の砂のようにさらさらとこぼれ落ちていくようで。
 ううん。でも、このままじゃあ……!
「れ、廉君!」
「ん?」
 歩き出す二人を追いかけると、私は廉君の腕を掴んだ。
「あ、あのね。その、明日もツーショット、誘っていい?」
「もちろん。楽しみにしてる」
「うん!」
 バイバイと手を振りながら歩いて行く二人を見つめながら、私は鞄の中に入ったままの恋チケットのことを思い出していた。
 私の恋チケットは六枚。つまり三週間の旅だ。廉君はいったい何枚だったんだろう。たとえば廉君が四枚だったとしたら来週の二日目で廉君の旅は終わってしまう。そうなったら、私は……。
 時間はあまりないのだから、少しずつでも前に進んでいきたい。そう思いながらも特に行動できないまま、私の恋ステ一日目は終了した。

 翌日、朝食を食べ私たちは植物園と動物園が一緒になっている施設へと向かった。その入り口に七人目のメンバーが立っていた。
「はじめまして。山村順太、十八歳。高校三年生です」
 そう言って自己紹介をした順太君の第一印象は静香ちゃんだったらしい。植物園の中でツーショットに誘っている現場を目撃してしまった。
「積極的だなぁ……」
 でも、私だって昨日、廉君と約束したんだもん。今日も誘うって。
「私、誘ってくる!」
「頑張れ!」
 昴君に背中を押され、私は少し離れたところにいた廉君のところへと向かった。
「れんく――」
「廉、一緒に回ろう!」
「いいよ、行こうか」
 でも、私が声をかけるよりも先に、みくるちゃんが廉君を誘ってしまった。
「っ……」
 仕方がないってわかってる。みくるちゃんだって廉君と話をしたいと思うのは当然のことだもん。でも……。
「っ……」
「――琴葉ちゃん」
「昴、くん……?」
「俺とツーショット行こうか」
 みくるちゃんが廉君を誘うところを見ていたのかもしれない。昴君があまりにも優しくそう言うから、私は泣きそうになるのをこらえて小さく頷いた。
 楽しいはずの植物園は辛い気持ちの方が大きくてなかなか楽しめなかった。今頃、廉君とみくるちゃんは何をしてるんだろう、とか二人でどんな話をしているんだろうと思うとどんどん悲しくなていった。
 そんな様子に気付いてか、私が俯くたびに昴君はいろんなものを指さして声をかけてくれた。
「――ありがとう」
「何が?」
 休憩しようか、と座ったベンチで、お礼を言う私に昴君は不思議そうに首をかしげた。
「私が廉君をツーショットに誘えなかったから声かけてくれたんでしょ。ごめんね、気を遣わせちゃって」
「そんなことないって。俺が琴葉ちゃんと一緒に回りたいなって思ったから声かけただけだよ。だからそんな申し訳なさそうな顔しないで」
「……うん」
「次はうまくいくかもだし、もう一回頑張ってみようよ」
「……うん」
 でも結局、廉君を誘えることなく私の恋ステ二日目は終わった。
 
 こんなにも話したいと思っているのに、うまくいかない。
 会えない五日間、私は廉君のことばかり考えていた。
 次会ったらどんな話をしようか、とか。ツーショットに誘うときの言葉とか。そんなことを考えているうちに、あっという間に週末になっていた。

 会えない平日の五日間にどんどんと廉君への想いが大きくなっていった。今なら、この気持ちの名前がちゃんとわかる。私は、廉君が好きなんだ。
 でも、廉君は――。
 顔を上げると、廉君が笑っているのが見える。二週目の今日も廉君の隣にいるのはみくるちゃんだ。あそこにいるのがどうして私じゃないんだろう。そんなことを考えるだけで涙が出そうになる。
「琴葉ちゃん?」
「でも、誘わなきゃ、だね」
 溢れそうになる涙をなんとかこらえると、私は隣を歩いていた昴君に言った。口に出して言わなきゃ決心が揺らぎそうになるから。そんな私の気持ちが分かったのか、昴君はにっこりと笑って私の背中を押した。
「頑張れ」
「うん」
 少し前を歩く二人のところへと小走りで向かう。ドキドキが止まらない。でも、廉君と話をしたい。そのために頑張るんだ。
「れ、廉君」
「琴葉?」
 私の声に廉君が後ろを向いた。みくるちゃんもこちらを向く。
「あ、あのね。ツーショット、行きたいんだ」
「あー……」
 けれど廉君は困ったように私と、それから隣に立つみくるちゃんの顔を交互に見た。そして。
「ごめん。俺、少しみくると話したいことあるから、あとでもいいかな」
「っ……」
 断られた。
「そ、そっか! ごめんね、邪魔しちゃって」
「お、おい」
「今の忘れて! じゃあね!」
「まっ……」
 廉君が何か言おうとしているのはわかった。でも、私は一秒でも早くこの場所から消えたかった。
 ツーショットに誘って断られるなんてきっと前代未聞だ。こんなの私に一ミリだって気持ちがないって言っているようなもんじゃない。
 恥ずかしい、悲しい、辛い、痛い。
 いろんな感情が溢れて心の中がグチャグチャになる。
 こんなことなら好きだなんて気付かなければよかった。
「琴葉ちゃん!?」
「っ……」
 逃げるように走る私に誰かが声をかけた気がした。でも、今は確認する余裕もなくて、その声を振り払うように走り去る。
「……琴葉!」
 でも、そんな私の腕を、誰かが掴んだ。
 一瞬、もしかして、なんて思ってしまう。でも、そこに立っていたのは――息を切らせた昴君だった。
「だい、じょうぶ?」
「大丈夫、だよ」
「じゃあ、どうしてそんなに傷ついた顔、してるの」
「っ……ふっ……うっ……うぅっ……」
 昴君の優しい声に、せき止められていた涙が溢れていく。
 こんな顔、見られたくない。
 必死に俯く私の身体を、昴君が優しく抱きしめてくれる。そのぬくもりがあまりにも優しくて、私は昴君の腕の中で小さな子どもみたいに泣いた。

「落ち着いた?」
 昴君のその声で、私はようやく顔を上げた。そこには心配そうに私を見つめる昴君の姿があった。
「ご、ごめん!」
「いや、俺はいいけど……。何があったのか、聞いてもいい?」
 昴君に手を引かれるように近くのベンチに座った私は、なんとか声を絞り出した。
「ツーショット、誘いに行ったんだけど断られちゃった……。みくるちゃんと、話したいから、って……」
 私の言葉に、昴君が息をのむのが分かった。だから、私は心配かけないように慌てて笑顔を作った。
「で、でも仕方ないよね! そういうときもあるよ! 私がタイミング悪かっただけだから、だから……そんな顔、しないで」
 私よりも辛そうな顔をした昴君が小さな声で「ごめん」と呟いた。
「なんで、昴君が謝るの……」
「なんて言っていいか、わからなくて……。琴葉ちゃんが傷ついてるのに、俺……」
「だいじょう、ぶだよ。だから……」
「琴葉」
 昴君が私の手をギュッと握りしめた。
「もう、廉のところに行くの、やめろよ」
「昴、君……?」
「俺、琴葉がこれ以上傷つくところ見たくない。俺は……」
 真剣な表情で言う昴君から目が離せない。握りしめられた手のひらは、痛いぐらいに熱かった。
「いや、ごめん」
 でも、そう言うと昴君の手のひらは私の手から離れていく。
「今言うことじゃなかったね。……それに」
「え?」
「琴葉」
「っ……廉、君」
 昴君につられるようにして視線を向けると、そこには廉君の姿があった。
「どう、して……」
「そいつ、借りてもいい?」
「……今、俺とツーショットしてるって言ったら?」
「悪い。それでも話がしたいんだ」
「……そう」
 昴君はベンチから立ち上がると、私の方を向いて優しく微笑むとその場から立ち去っていく。
 私には何がどうなっているのかわからない。昴君の言葉の意味も、廉君がどうしてここに来たのかも。それから――廉君が不機嫌な理由も。
 昴君と入れ替わるようにして隣に座る廉君の姿を盗み見るけれど、廉君はずっと黙り込んだままだった。みくるちゃんとのツーショットは終わったのだろうか。だから、私のところに来てくれたのかな。可哀想に思って……。でも、そんなのって……。
 何か話をしたいのに、何も言えなくて。そのまま時間だけが過ぎていく。
 そんな気まずい沈黙を先に破ったのは、廉君だった。
「昴と、何話してたんだ?」
「何って……」
 そんなの、廉君には関係ないじゃない。そう言いたいのに、どうしてか言えなくて。結局「特に、何も」なんて答えになっていないような返事しかできなかった。
 でも、そんな私に、廉君は不機嫌そうに言った。
「琴葉の第一印象って変わったの?」
「変わってない!」
 反射的に言ってしまって、気付いた。さっきあんなふうに断られたのに、結局今もまだ廉君のことが好きなんだ。泣きたいぐらいに、情けないほどに。
「じゃあ」
 でも、そんな私の返事に、廉君は真剣な表情で私を見つめた。
「他のやつと、ツーショットするなよ」
「え……?」
「あとで琴葉とツーショットするって言っただろ。待ってろよ」
 そう言って、廉君は――私の肩に頭をもたれかからせた。
「都合のいいこと言ってるってわかってるけど、でも琴葉が他のやつとツーショットしてるの、見たくない」
「な、んで……」
 廉君は、ズルい。こんなこと言われたら、私……。
「わかった?」
「……わかった」
 私の返事に、廉君はニッと笑うと、私の手を取った。
「んじゃ、行こうぜ」
「え?」
「俺まだショッピングモールの中、全然見て回ってないんだよなー」
「あ、ちょ、ちょっと」
 手を繋いだまま進む廉君の隣を歩く。さっきも同じように昴君に手を繋がれたはずなのに、全然違う。まるで手のひらが心臓になったみたいにドキドキしている。指先から、廉君への想いが伝わってしまいそうなぐらい。
「にしてもさ」
「え?」
「明日には誰かの旅が終わるんだな」
「そう、だね」
 そうだ、もう明日には4枚の人の恋ステは終わる。それはつまり「また来週」と言ってわかれられないということだ。それは廉君かも知れないし、廉君じゃないかも知れない。でも、もしも廉君だとしたら、私は気持ちを伝えないまま廉君とさよならすることになってしまう。そんなの……。
「悲しいね」
「だなー。……でも、そうなったとしても後悔しないようにしないとな」
「そうだね」
 後悔しないために、私ができることは。
「廉君」
「ん?」
 私は廉君の手をギュッと握り直した。
「いっぱい思い出作ろうね!」
「そうだな」
 いつこの旅が終わってしまったとしても、後悔しないように。そのために、今私ができることは――。

 翌日、私は一枚の恋チケットをチケットボックスに入れた。まだ黒いチケットは残っているけれど、告白の、赤いチケットを。
 もしも廉君が二週間だとしても、三週間だとしても、想いを伝えないままお別れしてしまうことだけは、絶対に嫌だ。
 それなら、この旅を終わりにしてしまったとしても、廉君に気持ちを伝えたい。
 夕方、スタッフさんがみんなに気付かれないように私を呼んだ。
 ついに、告白をするんだ。
 なんて言おう。まずはお礼を言ってそれで……。
「え……?」
 でも、スタッフさんに言われた場所に行くと、すでに誰かの姿があった。あれは……。
「昴君?」
「やっほー琴葉ちゃん」
「どうして、ここに……?」
 だって、私は廉君を呼び出して、ここで廉君が来るのを待つはずだったのに、どうして……?
「俺が琴葉ちゃんを呼んだんだ」
「え……?」
 昴君の言葉の意味が分からなかった。いったいどういう――。
「最初はさ、俺と同じように好きな子には第一印象両思いの人がいて、なんていうか戦友みたいに思ってた。お互い頑張ろうねって、それだけで。でも、気付いたら琴葉ちゃんのことばっかり気になるようになってた。泣いてないかな、傷ついてないかな。どうしたら笑ってくれるんだろう、俺だったら琴葉ちゃんのこと泣かさないのにって」
「昴君……でも、私……」
「琴葉ちゃんが廉のことを好きなのは知ってる。それでも、どうしても諦めきれない。好きだ。好きだよ、琴葉ちゃん。大事にするから、廉じゃなく、俺を選んで」
 胸が苦しくなる。いつからそんなふうに想ってくれてたんだろう。そばにいてくれたのも、慰めてくれたのも私のことを想ってくれてたから……? どんな想いで昴君は私の話を聞いてくれてたんだろう。
「わ、私……」
 でも、それでも。
「私は……廉君が、好きなの」
「うん、知ってる。……ごめん、泣かないで。琴葉ちゃんには笑っててほしいのに、俺が泣かしてちゃ駄目だね」
「ごめんなさ、い。廉君が私のことを好きじゃないのなんてわかってる。でも、フラれたとしても、私は私の気持ちを廉君に伝えたいから。だから、昴君の想いには、答えられません」
「わかってたよ」
 くしゃっと泣きそうな顔で笑うと、昴君は私に背中を向けた。
 あんなに支えてくれたのに、私は、私は……!
「昴君!」
「……何?」
「好きに、なってくれて……ありがとう」
 私の言葉に一瞬足を止めた昴君は、片手を揚げると、そのまま私の前から姿を消した。
 残された私の頬を涙が伝う。泣く資格なんて、私にはないのに。泣き止めって思うのに、溢れだした涙は止まらない。しゃがみ込んだ私の足下に、こぼれ落ちた涙が小さな水たまりを作っていく。
「うっ……うぅっ……」
「なんで、泣いてんだよ」
 そんな私の頭上で、聞き覚えのある声が聞こえた。
「廉、君……」
「まだ何にも言ってないのになんで……。まさか、俺が呼び出す前に誰かにフラれたのか? もしかして昴か? あいつ……!」
「ちが……」
 慌てて立ち上がった私の目の前で、廉君は辛そうな表情を浮かべていた。どうしてそんな顔をしてるの……?
「誰がお前のこと、泣かせたんだよ」
「……廉君だよ!」
「え?」
 私の言葉に、廉君は驚いたように声を上げる。私は覚悟を決めると、小さく息を吸い込んだ。
「私が泣いているのは、いつだって廉君のことだよ。優しくされたり冷たくされたり廉君のちょっとした行動で泣いちゃうの! 私は廉君が好きなの! たとえ廉君の好きな人が私じゃなかったとしても、私は……!」
「勝手に決めるな」
 廉君は私の言葉を遮ると、そっと手を伸ばして私の手を握りしめた。
「好きでもない相手、呼び出すわけないだろ」
「え、だって廉君は私が呼んだから来てくれたんでしょ?」
「ちが……。ああ、くそっ。そういうことかよ」
 訳が分からない私と違い、廉君は何かに気付いたようで小さくため息をつくと私の目を見つめた。
「……正直、最初はずっとみくるのことが好きだって思ってた。明るくて話しやすかったし、一緒にいて気が楽だった。でも、なんでか知らねえけど琴葉のことがずっと気にかかってて。俺以外のやつと一緒にいるところ見るとイライラするし、誘うって言ってたのに誘って来ねえし。それで最後にみくるともう一度話をして、それでやっと気付いたんだ。俺が好きなのはお前だって」
「嘘……」
「嘘じゃねえよ」
「だって私、ずっと片思いだと思ってた。今日告白して、それでフラれて帰るんだって覚悟決めてたのに、そんな――」
 最後まで言い終わるより早く、私の身体は廉君の腕に抱きしめられていた。
「好きだよ。琴葉のことが好きだ。だから……俺と、付き合ってください」
「……はい! 私も、廉君のことが大好き!」

 こうして私たちの恋の旅は終わりを迎えた。
 でも――。
「今度、さ。学校終わったら会いに行くから」
「え?」
「だから週末以外も一緒に過ごそう。俺、もっとたくさん琴葉に会いたい」
「……私も廉君と一緒の時間を過ごしたい」
 きっとここが私たちの恋の本当のスタートライン。
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