第1話
文字数 1,984文字
人は彼を怪異探偵と呼ぶ。怪奇現象専門の探偵という意味だそうだ。
僕が彼と初めて会ったのは、僕が人に相談できない悩みを抱えていた時だった。
「話してみたまえ。それが真実なら、私は君の力になると約束する」
真剣な瞳の彼にそう諭され、僕は悩みを打ち明けることにした。
子供の頃、蔵の中で恐ろしい物を見た。
僕の生まれた村には、悪い事をした子供を蔵に閉じ込める習慣がある。
蔵の中には【ふゑあり様】という神様が住んでいて、その神様に会った子供達はみんないい子になると信じられていた。
ある時、僕は父を怒らせて蔵に閉じ込められた。
そして——彼に会った。
蔵の中には、僕そっくりの子供がいた。双子だとか、そういう次元の話じゃない。背丈も声も、顔にあるほくろの位置さえも全く同じ、もう一人の自分がそこにいた。
「代わって」
彼はそう言って、僕の手を掴んで蔵の奥に引きずり込もうとした。僕は咄嗟に手を振り払い、逃げ場を求めて狭い蔵の中を走った。
——ガシャン!
ぶつかった拍子に棚が倒れ、小さなうめき声が聞こえた。
少しして、様子を見に来た母が蔵の戸を開けた。棚の下敷になっていた彼は、戸の隙間から差し込んだ光に当たると、ドロドロに溶けて消えてしまった。
「大人になっても忘れられないんです。ふゑあり様とは、あの時見た彼の事だったんでしょうか」
僕が話し終えると、探偵はこう言った。
「本当にそれが君の悩み?」
「え?」
「まあいいさ。ふゑありとは、妖精 が訛ったものだろう。元は別の名前で呼ばれていたが、昔の村人がチェンジリングの伝承を聞いて、妖精の仕業ということにしようとしたんじゃないだろうか」
「チェンジリング?」
「取り替え子を意味するヨーロッパの伝承さ。妖精が人間の子供を攫う際、用意した身代わりとすり替えることを指す」
「でも、僕の村は日本のド田舎にあるんですよ」
「別の名前で呼ばれていたと言ったろ。それは妖精と呼ばれているものの、妖精じゃない。その土地に昔からいるものだ」
「正体がわかったんですか?」
問いかけると、探偵は頷いた。
「『悪い事をした子供を蔵に閉じ込める習慣がある』と言ったね。その習慣は、昔はもっと酷いものだった。蔵を座敷牢として使い、私的な理由で人を閉じ込める因習。それが躾として閉じ込める、という形に変化したんだ」
僕は内心ギクリとした。僕の村の習慣は、彼が今言った通り、因習が形を変えたものだったからだ。
「それが、どうふゑあり様の正体に繋がるんです……」
辛うじて絞り出した声は震えてしまった。
「ふゑあり様とは、閉じ込められた人間達の未練が形を成したものだ。悪霊とまでは言わないがね。その姿のままでは外に出してもらえないと考えたから、中に入ってきた者の姿を借りて外に出ようとしているんだよ。だから、『代わって』と言ったんだ」
探偵が僕を見据えた。
「本当は、君も気付いていたんじゃないか?」
僕は何も言えなかった。
僕が蔵での事を他人に話せないと感じるのは、怪異と遭遇したのを信じてもらえるかどうかだけじゃなくて、この話をすると、僕自身が責められているように感じてしまうからだった。
僕の心を見抜いたように、探偵は続けた。
「昔の人達は、世間体を気にするあまり蔵の中に特別な事情を抱えた身内を隠し、亡くなった後もふゑあり様と偽って、隠し続けた。でも君は違うだろ」
僕は自分の生まれが、ふゑあり様を成した先祖達が、恐ろしい。
「責任を取れとおっしゃるんですね。命と引き換えに、ふゑあり様を外に出せ、と」
口を衝いて出た言葉に、探偵は目を丸くした。
「それは違う。入れ替わっても、ふゑあり様は蔵の外に出られないんだ。光の届かない場所で一生を終えたから、光に弱くなってしまったんだよ」
「じゃあ、ふゑあり様に会った子供が良い子になるのは、ふゑあり様と入れ替わったからじゃなくて——」
「ああ。大人しくなった子供達は、ふゑあり様のようになりたくないと思うあまり、求められるように振舞ったのさ。君もそうだったろ」
愕然とした。
蔵の中で光に焦がれて亡くなった人達は、死して尚、そのままの姿で外に出られない。しかも、それほどまでに求めた光に触れただけで、消えてしまうというのだ。
「何か、方法はないんですか? ふゑあり様を救う方法は……」
「それが本当の悩みだね」
探偵は立ち上がると、
「ふゑあり様の未練を断ち、蔵から解放する。私の仕事は、怪奇現象の原因を突き止めて依頼人の悩みを解決するまでがセットだ」
そう言って歩き出した。
「協力します!」
思わず後を追いかけて叫ぶと、探偵は振り返り、微笑んだ。
それから探偵は僕を助手にして村に乗り込むと、因習を断ち、あっという間にふゑあり様を成仏させてしまった。
光の中で安らかな笑みを浮かべたまま天に昇った霊達を見て、僕はようやく赦された気がした。
僕が彼と初めて会ったのは、僕が人に相談できない悩みを抱えていた時だった。
「話してみたまえ。それが真実なら、私は君の力になると約束する」
真剣な瞳の彼にそう諭され、僕は悩みを打ち明けることにした。
子供の頃、蔵の中で恐ろしい物を見た。
僕の生まれた村には、悪い事をした子供を蔵に閉じ込める習慣がある。
蔵の中には【ふゑあり様】という神様が住んでいて、その神様に会った子供達はみんないい子になると信じられていた。
ある時、僕は父を怒らせて蔵に閉じ込められた。
そして——彼に会った。
蔵の中には、僕そっくりの子供がいた。双子だとか、そういう次元の話じゃない。背丈も声も、顔にあるほくろの位置さえも全く同じ、もう一人の自分がそこにいた。
「代わって」
彼はそう言って、僕の手を掴んで蔵の奥に引きずり込もうとした。僕は咄嗟に手を振り払い、逃げ場を求めて狭い蔵の中を走った。
——ガシャン!
ぶつかった拍子に棚が倒れ、小さなうめき声が聞こえた。
少しして、様子を見に来た母が蔵の戸を開けた。棚の下敷になっていた彼は、戸の隙間から差し込んだ光に当たると、ドロドロに溶けて消えてしまった。
「大人になっても忘れられないんです。ふゑあり様とは、あの時見た彼の事だったんでしょうか」
僕が話し終えると、探偵はこう言った。
「本当にそれが君の悩み?」
「え?」
「まあいいさ。ふゑありとは、
「チェンジリング?」
「取り替え子を意味するヨーロッパの伝承さ。妖精が人間の子供を攫う際、用意した身代わりとすり替えることを指す」
「でも、僕の村は日本のド田舎にあるんですよ」
「別の名前で呼ばれていたと言ったろ。それは妖精と呼ばれているものの、妖精じゃない。その土地に昔からいるものだ」
「正体がわかったんですか?」
問いかけると、探偵は頷いた。
「『悪い事をした子供を蔵に閉じ込める習慣がある』と言ったね。その習慣は、昔はもっと酷いものだった。蔵を座敷牢として使い、私的な理由で人を閉じ込める因習。それが躾として閉じ込める、という形に変化したんだ」
僕は内心ギクリとした。僕の村の習慣は、彼が今言った通り、因習が形を変えたものだったからだ。
「それが、どうふゑあり様の正体に繋がるんです……」
辛うじて絞り出した声は震えてしまった。
「ふゑあり様とは、閉じ込められた人間達の未練が形を成したものだ。悪霊とまでは言わないがね。その姿のままでは外に出してもらえないと考えたから、中に入ってきた者の姿を借りて外に出ようとしているんだよ。だから、『代わって』と言ったんだ」
探偵が僕を見据えた。
「本当は、君も気付いていたんじゃないか?」
僕は何も言えなかった。
僕が蔵での事を他人に話せないと感じるのは、怪異と遭遇したのを信じてもらえるかどうかだけじゃなくて、この話をすると、僕自身が責められているように感じてしまうからだった。
僕の心を見抜いたように、探偵は続けた。
「昔の人達は、世間体を気にするあまり蔵の中に特別な事情を抱えた身内を隠し、亡くなった後もふゑあり様と偽って、隠し続けた。でも君は違うだろ」
僕は自分の生まれが、ふゑあり様を成した先祖達が、恐ろしい。
「責任を取れとおっしゃるんですね。命と引き換えに、ふゑあり様を外に出せ、と」
口を衝いて出た言葉に、探偵は目を丸くした。
「それは違う。入れ替わっても、ふゑあり様は蔵の外に出られないんだ。光の届かない場所で一生を終えたから、光に弱くなってしまったんだよ」
「じゃあ、ふゑあり様に会った子供が良い子になるのは、ふゑあり様と入れ替わったからじゃなくて——」
「ああ。大人しくなった子供達は、ふゑあり様のようになりたくないと思うあまり、求められるように振舞ったのさ。君もそうだったろ」
愕然とした。
蔵の中で光に焦がれて亡くなった人達は、死して尚、そのままの姿で外に出られない。しかも、それほどまでに求めた光に触れただけで、消えてしまうというのだ。
「何か、方法はないんですか? ふゑあり様を救う方法は……」
「それが本当の悩みだね」
探偵は立ち上がると、
「ふゑあり様の未練を断ち、蔵から解放する。私の仕事は、怪奇現象の原因を突き止めて依頼人の悩みを解決するまでがセットだ」
そう言って歩き出した。
「協力します!」
思わず後を追いかけて叫ぶと、探偵は振り返り、微笑んだ。
それから探偵は僕を助手にして村に乗り込むと、因習を断ち、あっという間にふゑあり様を成仏させてしまった。
光の中で安らかな笑みを浮かべたまま天に昇った霊達を見て、僕はようやく赦された気がした。