第一話『ある日、空から降ってきたのはお姫さまだった』

文字数 2,932文字

 自分の人生について考える。
 自分は何のために生きてきたのか? 何のために生きていくのか?
 高校生になり、高校を卒業すれば大学に進学するか就職するかの選択を迫られる。まあ、中には中学卒業時に高校進学が就職を迫られる人も居るけれど。自分は幸いにも高校への進学がさも当然の如く決まっており、高校受験に失敗すれば就職するのかなあぐらいな感じだった。そしてさして入試の勉強をしたわけではないが自宅から一番近いところの高校に入学する事ができた。近いといってもバス通学になるレベルだ。自転車で行けないこともないけど三十分ぐらいは優にかかる。股ずれを起こすレベルだ。此処は素直にバスで通学するべしだろう。
 まあなんだ、つまるところさしたる考えもなしに高校に進学したわけである。そして何をするわけでもなく二年目を迎えた。そうこうするうちに三年生になってしまうのだろう。そうなれば次どうするか決めなければならない。とはいえ、やりたい仕事も特に無く、かといって勉強したいわけでもない。将来への展望? ビジョン? そういったものが何一つピンと来ないのだ。のんべんだらりと生きている感じがした。まあそれが悪いとは個人的には思っていないのだが、周りはそうは思ってくれない。特に親! まあ、当たり前か。

 入学した高校は、超進学校だった。狙ったわけではないので、よく入学できたものだと思う。ただ単に家から近いという理由で受けたので、本気で目指していた人には申し訳ない気がしないでもない。しかしそのせいか同級生たちとの折り合いが付かない。そもそも人との交流は好きではなく、独りで居る事が多いせいもあるが、彼ら彼女らの話す内容に興味が持てなかった。彼ら彼女らは入学時より進学を見据えており、勉強の話や大学についての話が多い。話を合わせる気にもなれなかったので、極力彼らの視界に入らないように休み時間は教室から出るようにしていた。授業が始まるチャイムがなると教室に戻る具合だ。そしてお昼もいつも屋上で食べる習慣になっていた。雨の日は屋上の扉の前の踊り場だけど。

 今日のお昼は快晴。したがって屋上でおひさまに当たりながら優雅に焼きそばパンを頬張る。最近のマイブームは焼きそばパンだ。マイブームは周期的にやって来て、ある一定期間同じものに固執する。ここしばらくは焼きそばパンばかりを好んで食べていた。

 昼休みの長さに比べ、食事は一瞬に終わる。ペットボトルの紅茶を最後まで飲み終えたらもうする事が無くなってしまった。
 フェンスに近付き、グランドで遊んでいる生徒たちを眺める。和気あいあいと元気そうにサッカーボールを蹴り合っている。制服のままだから本気ではない。身体を動かす事が楽しいのだろう。誘われたらやらなくはないが、率先してやりたいとも思わない。その行為が将来に繋がるわけでもなく、そうする事で何かを得られるとも思えない。そういう意味では、彼らものんべんだらりと生きているのと対して変わらないのではなかろうか? そんなどうでもよい事を真剣に考えて貴重な時間を潰した。まあ時間が在ったとしても別にやる事もないのだが。

 そろそろ昼休みも終わる頃合いになったので、教室に戻ろうと扉の方へ踵を返す。
 そのとき後ろの上空で、何かが裂けるような音が響いた。
 反射的に音のした方に振り向くと、何かが此方に向かって落ちて来ていた。
 緑色と肌色とピンク・・・・・・

 避ける暇なくその物体とぶつかり、そのまま押し倒されて後頭部をコンクリートにしこたま打ち付けた。
 コンクリートと落ちた来た物体にサンドイッチされ、そのままずりずりと引き摺られる。
 経験した事の無い痛みに悲鳴を上げる。ぶつかった胸と鼻がじんじんと痛む。しばらく激痛で動くことが出来ず、呻くのが精一杯だった。
 そんな自分の頭や顔を何かが優しく触れる。そして女の子の声で何か呼びかけられているが、何を言っているのかわからない。

「いってええ」

 やっとまともに声が出せた。目を開くとそこに外国人? のような同い年ぐらいの金髪の碧い瞳の女の子が此方の顔を覗いていた。そっか、外国語だったから言葉の意味がわからなかったのだなとひとりごちた。
 彼女は此方の身体に跨がりながら心配そうに見つめていた。そして此方の後頭部を擦っていた。
 自分はこの子とぶつかったのだと、なんとなく理解した。しかしどこから落ちてきたのだろうか? 屋上の上には何も無いし、上空を飛んでいたものも無ければ彼女がパラシュートを付けている様子も無かった。

「コ・・・コ・・・ハ、ドコ・・・デス・・・カ?」

 片言の日本語で彼女は聞いてきた。

「どこって言われてもなあ。学校の屋上だけど?」

 彼女は此方の後頭部を摩りながら思案げに首を振る。
 何度も口を開きかけては思い留まるを繰り返す。
 言葉を選んでいるのだろう。日本語得意そうじゃないしな。

「あのさ、そろそろどいてくれるかな?」

 此方の上に跨ったままの彼女に告げる。
 言葉の意味が伝わったのか、それとも状況を察したのか、一旦立ち上がって脇に逸れ、側にしゃがんで後頭部を摩り始めた。

「や、それももういいから」

 彼女の手を取って、拒否の意を告げる。どんな形であれ女の子の手に触れるのはドキドキする。今回のはやむを得ない処置だと自分に言い聞かせる。彼女も特に嫌がる素振りは見せなかった。
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。もう少しこのまま手を握っていたい気もするが、そこは自制して立ち上がる。

「じゃあな」

 軽く手を上げて別れの挨拶をし、扉へ向かおうとすると手をぎゅっと掴まれた。
 何かと思って彼女を視ると、そこには真剣に懇願するような碧い瞳があった。
 此処に居てくれという事らしい。

 まあ、授業はたまにさぼってもいいか。だってこの子がこんなに困っているという雰囲気を醸し出しているのだ。ここは男子として、もとい、人間として彼女を助けるべきだろう。
 授業を自主的にさぼった事が無いので少し怖さや罪悪感に襲われるが、これは正義の為と言い聞かせた。

「ワタ・・・ワタ・・・ワタ」

 彼女は必死に何かを語ろうとしているが言葉にならない。いや日本語がわからないのかも知れない。

「落ち着いて、ゆっくり」

 彼女に近付き出来るだけ優しく声をかける。まあ言葉通じないかもだけど。
 彼女はもどかしさに業を煮やしたのか、キッっと決意に満ちた顔になり此方の顔を掴んで頭突きをかました。
 突然の行為に彼女にされるがままになってしまった。彼女は頭突きをした後、そのままお互いの額を擦り付けた。彼女の額から温もりが伝わる。そして伝わってくるのは温もりだけではなかった。

 一通り伝え終えたと思ったのか、彼女はその額を外した。
 そしてその碧い瞳が此方に問いかける。伝わった? と。
 自分は首肯する。

 伝わって来たのは彼女の記憶だった。
 その記憶は、怪物に蹂躙される城と逃げ惑う人々。この世界ではないどこか別の世界。

 そして彼女はその國のお姫さまだった。
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