第1話

文字数 1,269文字

 高齢者の噛むことの重要性は、 虫歯・歯周病の予防や口臭の予防だけではなく、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)予防、姿勢の改善、視力の改善、消化器官の負担軽減 、食欲増進、肥満予防、生きる活力の増進、癌予防、さらには認知症の予防にもつながるなどいいこと尽くめだ。中にはホントかなぁ…?と思う項目もあるが…。
 これは山形県境に近い新潟県日本海沿岸にある、当院が所属する医療グループ病院の外来での話だ。
 その患者さんは80歳後半の男性である。
「今日はお加減はどうですか?」
「はい、順調です。先日、歯医者で残った虫歯を全部抜いてもらいました。」
「そうですか。それは、すっきりしましたねぇ?」
「はい。」
 余談だが、新潟県の患者さんの(なま)りは、庄内弁ほど強くない印象を受ける。活字に起こすと標準語に近い。
 その患者さんが1か月後の外来で、憔悴しきっていた。一見して顔面蒼白である。
「どうしましたか?」
「んだ、先生、こえぇ~*。」(*こえ(こわい):庄内弁で「苦しい」「つらい」など身の置き所のない苦しさを現す)
 眼瞼結膜に貧血を認めた。
「ご飯はちゃんと食べていましたか?」
「んだけど、食パンを牛乳に浸けて食べてた。」
「? 他は?」
「…だけだ。」
「えっ?! ちょっとマスクを外して口の中を見せて下さい。」「あちゃぁ~~」
 驚いた。口腔内には歯が1本もなかった。
 採血で、低蛋白、貧血を認めた。明らかな栄養障害だった。
 反省点を述べる。
 前回の外来で『残った虫歯を全部抜いてもらいました』と患者さんから聞いた時、虫歯はなくなって健全な歯だけが残った、と勘違いしてしまったこと。残った歯が全部、虫歯だったのだ。
 その時、患者さんはコロナ感染予防上、診察室でもマスクをしていて、患者さんの口腔内を診なかったこと。
 この患者さんは一人暮らしであることを後日知り、患者さんの社会的環境や食事のことまで思考が及ばなかったこと。
などである。
 特に高齢者の外来では、最先端の医療機器よりも、問診で話をよく聞くことが大切だと改めて思った。「ああ、○○さんはご家族は関東に居ますが、こちらでは一人暮らしですよ。」と、外来担当の看護師は(そんなの、常~識)といった顔をして言った。患者さんの情報を外来のスタッフから得て、診断に役立て、治療方針に反映させる。これも僻地の地域ならではのチーム医療なのだ、と痛感した。
 MSW(医療相談員)とも連絡を取り、お粥や刻み食が食べられるように手配し、歯科医には義歯を急ぐように連絡した。今は、患者さんは新しい歯ができて健康を取り戻している。
 高齢者にとって噛むことは認知症の予防どころではない、日々を生きるために必要なことなのだ。
 ふ~。

 さて写真は、2023年1月12日、行きつけの居酒屋で撮影した麻婆豆腐である。

 麻辣(マーラー)の辛さは希望次第、辛さで熱々の口腔内を冷やすには地元産の焼酎「(さわやか)」の水割りがいい。梅干よりカットレモンの柑橘系の酸味の方が合う。

 自分に歯がなくなった時は、麻婆豆腐と「爽」の水割りでいこう、と秘かに思った。
(んだんだ)
(2023年5月)

 
 
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