妖精の居所

文字数 2,000文字

「妖精を探してほしいんです」
 探偵事務所の扉の前に、男の子が小さなケージを抱えて立っていた。小学校低学年くらいだろうか。
 どうしたもんか、と僕が戸口で考えていると、奥から仙岳の偉そうな声がした。
「依頼人だろう。お通ししなさい」
 所長兼探偵の仙岳は、僕の二つ年上のいとこだ。
 小さなアパートの一室の応接用ソファに案内すると、少年は抱えていたケージを出した。小動物用のカゴのようだ。
「僕、朝野ユウキです。あの、ここにいたカプが今朝いなくなってしまったんです」
 仙岳が依頼人の向かい側のソファに座った。テンガロンハットに皮ベスト、スキニージーンズ。まるでテーマパークのお兄さんだ。隣にいる僕が恥ずかしい。
 ユウキの話によると、カゴの中で昔ハムスターを飼っていたそうだ。可愛がっていたが、寿命を迎えて死んでしまった。その数日後にカプは現れた。少年の姿をした妖精のカプは、ずっとユウキの話し相手になってくれたらしい。
 ああ、イマジナリーフレンドだな。僕は仙岳に目配せした。
 所説あるが、5歳から6歳程度の年齢の子供に多くみられる現象だ。とくに内向的な性格の子が、安心できる話し相手として「想像上の友達」を作り出してしまう。
 仙岳は真面目な顔でユウキをみつめた。
「仕事としての依頼であれば依頼料が発生するんだけど、君にその準備はありますか?」
 ユウキはズボンのポケットから五百円玉を取り出して、神妙な面持ちでテーブルの上に置いた。
「なるほど、ではお受けしましょう」
「おい」
 仙岳はさっさと立ち上がると、バサッと住宅地図を広げた。
「まず、君の家はどこですか? ……妖精カプの移動手段は『飛行』と考えていいですかね。では昨夜の風向きと風速を調べて……」
 ユウキに質問し、少し調べものをすると、仙岳は地図にくるりと円を描いた。
「この圏内にいる可能性が高いな。では、保護するためにこれをお借りしても?」
 仙岳はユウキの持ってきたケージを持った。反対の手には捕獲網。
 お前本気かよ、と目顔で訴えると、仙岳はウインクを返した。
「助手のお前は依頼人からもっと情報を引き出してくれ。俺は俺のできることをする」
 颯爽と出て行った。たしかにペットの捕獲は時間との勝負なのだが。

 僕はユウキと話すことにした。
 あたりさわりのない話題が続いたあと、ユウキはうつむいて、「数か月前に両親が離婚して、母親とこの街へ引っ越してきた」と打ち明けはじめた。
「ママが仕事に行ってる時を狙って、パパとお祖母ちゃんがうちにくるんだ。ママがドアを開けちゃダメって言うから、絶対にドアは開けないんだけど。でも、ドンドン叩いて言うんだ」

――パパと暮らそう。ママは自分勝手だ。
――このままじゃユウキは不幸になる。パパと帰ろう。

「僕は黙ってやり過ごすんだけど、後で不安になってカプに尋ねるんだ」

――ねえ、僕は間違ってないよね。不幸にならないよね。

「するといつもカプは答えてくれる」

――当り前じゃないか!

「そっか。カプはいつも君の味方なんだね」
「なのに僕、カプに嘘をついちゃったんだ。昨夜」
 ユウキの目にみるみる涙がうかんできた。
「嘘?」
「昨日、ママが『新しいパパ』になる人をうちに連れてきたんだ。それで、ユウキはどう思う? ってママにきかれて。僕は――ほんとは不安だった。新しいパパが、前のパパみたいに怒鳴ったり、物を投げたりしたら怖いなって思ったから。でもママが幸せそうだったから『僕はいい人だと思うよ』って答えちゃったんだ」

 その夜、カプはユウキに囁いたという。

――怖いよね、ユウキ。本当は嫌なんだよね。

「カプはいつも僕の本当の気持ちがわかるんだ。なのに僕は嘘をついた」

――怖くなんてないよ。もし新しいパパが悪い奴だったら、僕がママを守るから大丈夫だよ。

「カプは黙ってた。でも、僕に怒ってたと思う」
 そうかな。カプは、自分はもうユウキには必要ないって思ったんじゃないかな。
 思わずそう言いかけた僕に、ユウキは涙声で続けた。
「朝になったら、カプがいなかった。僕やっぱり……カプがいないと不安でどうしていいかわからないんだ」
 僕は、ユウキの肩に手を置いた。人の成長はゆっくりだもんな。
「もし、君やママが危険な目に遭ったら、そのときはまたお兄さんたちを頼ってくれよな。依頼料は出世払いでいいからさ」
 代わりにそう言った。


 数分後、音を立てて事務所の扉が開いた。
 先程のケージを抱えた仙岳が立っていた。髪は葉っぱまみれ、服にも小枝がぶら下がっている。
「いたよ。遊歩道のケヤキにひっかかって降りられなくなっていたようだよ」
 ケージをユウキに手渡した。
 ユウキは何度も礼を言って、空のケージを抱え、帰っていった。
 仙岳はテーブルに残されたコインを、ひらりと空中に放って、ぱしっと握る。
「どうよ、近所の大人として、これが妥当な対応ってもんじゃないの?」
 にやりと笑った。


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