出会い 〜京子とタサキ〜

文字数 2,124文字

グレーのジャケットにスラックス、アイロンのきいたYシャツに手入れの届いた革靴。耳横に刈り込みの入った清潔な髪型にスッと伸びた背筋。成功者特有の引き締まった体と溢れ出る自信。

「ふむ。あれね。なかなかいいじゃん。
まぁでもどうみても既婚者だわね。関係ないけどー。」
京子はヒールの音を立てながらその男へまっすぐ向かう。
「Hello、I'm Kyoko.
I'm from Shanghai Chamber of Commerce.
who called you?」
京子は今日1番の営業スマイルで話しかけた。
「Yes. I called.
きみキョウコっていうの?日本人?」
スーツの男は意外そうに聞き返した。
「あら、日本の人?
よろしくお願いします。京子といいます。」
テツから日本人なんて聞いてなかった。
京子は日本人相手が苦手だった。
言葉がわかる故に日本人はぶしつけになんでも知りたがるし、その権利があると勘違いしているからだ。客だから無下に扱うこともできない。なので京子は日本人相手にまれにだが、カタコトの日本語を使い中国人のフリをしてやり過ごすこともあった。

「では、行きましょうか。」
京子はそう言うとウィンクをした。

京子が男の腕に手を回すと、男はゆっくりそれをかわしながら言った。
「ごめん。どこかで少し話せるかな…」
男はまっすぐ京子をみて言った。
「…実は俺は客じゃない。さっきは君があまりに可愛くてついとぼけて客のフリをしてしまったんだよ。許しておくれ」
「…探してたんだ君を」
京子は営業スマイルをやめ、男をまっすぐに見た。
「…え?どういうこと…
…あなた誰…?」
スーツの男はしばらく黙っていた。
京子もじっと男の返事を待つ。
「場所を変えよう。後で話すよ…」
男の目がじっと京子を捉え離さない。
とても静かだが熱い視線。
京子も何故だか男から目を離せないまま動けないでいる。
京子は一度見た顔は忘れない。たがこの男は初めてみるはずなのにどこか懐かしさを覚えた。

 二人は広場から出たあと賑やかな市場の珈琲屋に入った。
京子は店に入るなり顔馴染みの女店員に顔を向けた。
「ハーイ!シャンツイ!
あたしにアイスティーをちょうだい。こちらのお兄さんには珈琲。でいいわよね?」
「あぁ構わないよ」
「ねぇ、名無しのお兄さん。あたしに何か聞きたいって?自慢じゃないけどあたし口が固くて有名なのよね。あたしに聞き出すには覚悟しなきゃね」
「…そうか、じゃあ君のお兄さんの話が聞きたいって言ったらどうかな?
それも話す気はないかい?それと俺は名無しのお兄さんじゃない。
上海ではタサキで知られてる」
「ふーん、タサキさんね。
で、あなたは兄を知ってるのね。あたしが妹ということも知ってる。それであたしに何をして欲しいの?兄と血が繋がってないのは知ってる?
あぁそう知ってるのね。あたしのことで知らないことはないって顔してるわねあなた。ふふ」
珈琲とアイスティーが席に届く。京子は右手にストローを持ち左手にタバコを挟み上目遣いでストローをくわえてタサキを見た。
「きみは…その…とてもセクシーだ」
タサキは目を逸らさずにつぶやく。
「あらそう?うん知ってるわ。ちなみにいまのはわざとやってるのよ。どうやら私もあなたに色々興味があるようなの。ふふふ
でも今日は仕事終わりに兄と会う約束なの。急用だから会ってくれって連絡あってね。兄のこと聞きたいなら本人に直接聞いてくださいなタ・サ・キさん」
京子は視線をわざと外に向けたまま言った。
「あなたも一緒に来る?」
「…行ってもいいがそこに奴はいないよ。
君は約束を守って待つがそこには誰もこない」
「なぜ?」
タサキは珈琲を飲み干して言った。
「君の兄はうちの事務所からあるものを持ち出した。俺はそれで探している。」

カラン コロン ドン!
喫茶店のドアが勢いよく開いた。
「おい京子っ!なにやってんのお前、
時間過ぎたのに公園にはいねえし電話もでねぇ 街中探したんだぜ」
テツは京子の姿をみて安堵の表情を浮かべる。
「それ…で、おたくさんは?このへんじゃ見ない顔っすね」
言ってすぐテツはギクリと身構えた。
この人のまとう空気は何かが違っている。裏社会の人間のそれと似ているが毛色が違うかんじがする。
テツは本能で感じていた。こいつは関わっちゃまずいぜ…
おい京子なにやらかしたんだよ…
かんべんしてくれ…

「すまない、君の手をとらせたね。
わたしは電話した客だ。時間が余ったからお嬢さんをお茶に誘った。ルール違反なら申し訳なかった。」
客じゃないことはテツにもわかったが事を大きくしたくはなかった
「すいませんがね、京子返してもらっていいすか?大事な女なんで。」
「やだちょっとー!てっちゃんそれすごく面白いわ キュンとしちゃったじゃないのよ…そんであたしたちいつの間に恋仲なのかしら?…ふふ」
「そういう意味じゃねーよお前ちょっと黙っとけ」
「確かに君が言っていたように彼女は頭がいいね。わたし好みだよ。では、続きは次回としよう。楽しかったよお嬢さん」

タサキは席を離れるとき一瞬京子の黒く艶やかな髪に触れた
その時カサッと耳元で何かの音がした
小さい紙切れのようだった
京子はテツにバレないよう紙切れをスカートのポケットに入れた。
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