第1話 探しものを求めて

文字数 1,209文字

 北の山の森は夏の盛りを迎えたというのに静かなものだった。生き物の気配が薄く、奥に進めば進む程、しんと静まり返っていく。
 他の森ならこうはいかない。木々の葉擦れの音に紛れてアマガエルの甲高い声が響き、遠くからカッコウのとぼけた鳴き声も聞こえる。タヌキが俺の足音に驚いて藪から飛び出し、アジサイの葉の上でカミキリムシが我関せずで交尾に勤しんでいる。
 だのにこの森にはそれがない。奥地に踏み入った俺をブナの木が無言で見下ろし、クマザサやシダの藪がその根元を隠していた。
 俺はそんな木々の間を藪を踏み分けて進んだ。騒がしい葉擦れの音だけが周囲を騒がせていたが、しばらくしてその音がふたり分になり足を止めた。
 小汚ない少年が右手の木陰からひょっこり現れた。年の頃は15、6といったところか。麓の村々でよく見られる型の野良着を着ており、雑多なキノコの詰まった背負い籠を背負っている。いかにもキノコ狩りに来たという格好だ。少年も背負い籠も垢や泥で汚れ、全体的に黒くてかっている。また少年の手足は枯れ枝のように細く、丸い顔に大きな茶色い目が目立っていた。
「おっちゃん、こんなとこでなにしてんの」
 俺は「人を探している」と答えた。少年は不審そうに鼻を鳴らした。
「ここの山ん中にゃあ誰も住んでねえぞ。そいつ、本当にここにいんの?」
 少年は無遠慮に俺の旅装束をじろじろと見た。口では不審がり俺と距離を保っているが、だからといって逃げも隠れもしない。少年は重ねて俺に尋ねた。
「おっちゃんの探してるやつ、この山で迷ったの?」
「まあな」
「止めとけよ。小せえ山だけどひとりは無茶だって。おっちゃんまで帰れなくなるぜ。他に仲間とかいねえの?」
 少年はずけずけと口出ししてきた。得るもののない会話に嫌気が差し「俺を止めたいなら客に言え」と言った。
「客?」
 少年はきょとんとした顔で繰り返した。俺は面倒だが簡単に語った。
「客の子供がこの山で行方知れずになった。山を隈なく捜索したいが、誰も手を貸さんそうだ。だから俺の手を金で貸した。止めたいならその客に言え」
 途端に少年の顔がまた不審そうに曇った。
「おっちゃん、なにしてる人? 傭兵とか?」
「商人だ。旅先で仕入れたものから自分の手まで なんでも売ってる」
「子供の消えた親相手でもかよ。ひっでえな」
「金も払わず流れ者に危険を冒させるのはひどくないのか」
 俺の言葉に少年は不快そうに鼻にしわを寄せた。しかし思い直したようにしわを伸ばし、俺を真剣そうな目で見てきた。
「いなくなったのってなんて奴?」
「知ってどうする」
「俺も手伝う。この山にはキノコ狩りによく来てっから、おっちゃんよか知ってる。ここに入ってくる奴なら知り合いかもしれねえしな。放っておけねえ」
 少年は自分の胸を骨張った拳でどんと打った。俺は正義感に燃えていそうな少年の目を見返し、言った。
「なら、お前の体を渡せ。お前のことも悪いようにはしない」
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